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第31話

「えっと、まず確認したいのは……」

 俺は目の前に立つ、巫女服姿の女の子を見下ろした。

 身長は十歳くらいの子どもに見える。

 けれど、普通の子どもじゃない。

 さらさらと流れる髪は、夕焼けを閉じ込めたような鮮やかな紅色。

 頭の上には、紅い毛並みに白い内側を持つ狐耳。

 背中には、ふわりと大きな紅白の尻尾。

 白地に紅の差し色が入った巫女装束は、淡い光をまとっているようにも見えた。

 さっきまでの子狐とは、まるで別の存在に見える。

 いや。

 面影はある。

 琥珀色の瞳。

 俺をまっすぐ見上げてくる、疑いのない表情。

 間違いなく、いなりだ。

「いなり。前みたいに、小さくなって隠れられるのか?」

「はい。狐の姿にもなれます。こんな感じです」

 いなりの身体が、ぽふん、と淡い光に包まれた。

 次の瞬間、そこにいたのは肩に乗れるくらいの小さな狐だった。

 ただし、以前とは色味が違う。

 淡い金色だった毛並みは、今は紅を帯びた艶やかな毛色になっていた。

 耳の内側と胸元、尻尾の先は白い。

 額の赤い模様も、前よりはっきりしている。

 まるで、稲荷の社に咲いた紅い花みたいだった。

「……狐の姿でも、雰囲気が変わったな」

「神使になったから、でしょうか」

「たぶん、そうなんだろうな」

 いなりは小さな狐姿のまま、俺の肩へぴょんと飛び乗った。

 軽い。

 でも、首元に触れる毛並みはふわふわで、ほんのり温かい。

「他にも、こんな風になれます」

 また、ぽふん。

 今度は、肩に乗れるくらいの小さな人型になった。

 手のひらサイズの巫女服いなり。

 紅い髪。

 小さな狐耳。

 小さな紅白の巫女装束。

 背中には、身体と同じくらいふわふわした尻尾。

 ……これはこれで、かなりまずい。

 可愛すぎる。

「あるじ?」

「いや、何でもない」

「本当ですか?」

「本当だ」

 俺は咳払いして、無理やり冷静さを取り戻した。

 今は可愛いとか言っている場合じゃない。

 いや、可愛いのは事実だけど。

 問題は、どうやって家まで帰るかだ。

「隠形はできるんだよな?」

「はい」

 いなりの姿が、すっと薄くなる。

 俺には肩にいる感覚が残っている。

 けれど、周囲からはほとんど見えなくなったようだった。

「よかった……」

 俺は本気で胸を撫で下ろした。

「帰れなくなるのかと思ったよ」

「帰れなくなる、ですか?」

 いなりが隠形を解き、小さな人型のまま首をかしげる。

「俺がいなりを連れて電車に乗ったりしたら、誘拐犯と間違われるだろ。それに、うちにはそんな小さい子どもはいないことになってるし、近所で見つかったら普通に警察を呼ばれる」

「……人の世は、難しいですね」

「本当に難しいんだよ」

 昨日から、俺の周りは急に人の世では説明しづらいことばかりになっている。

 ダンジョン。

 妖狐。

 神様。

 神使。

 そして、人型になったいなり。

 これをどうやって日常に押し込めばいいのか。

 正直、分からない。

 でも、分からないままでも帰らないわけにはいかない。

 俺は改めて社の方へ向き直った。

「とりあえず、ちゃんとお参りしておこう」

 さっき宇迦之御魂神に会ったばかりだ。

 でも、だからこそ普通の参拝としても、きちんとしておきたかった。

 賽銭箱に小銭を入れる。

 二礼。

 二拍手。

 目を閉じる。

 いなりと一緒に、無事に過ごせますように。

 ダンジョンで無茶をしすぎませんように。

 家族や、関わってくれた人たちを巻き込みすぎませんように。

 そして。

 いなりが幸せでいられますように。

 最後に、一礼する。

 隣では、小さな人型のいなりも真似をするように、ぺこりと頭を下げていた。

「わたしも、お願いしました」

「何を?」

「あるじと、ずっと一緒にいられますように、です」

「……そっか」

 胸の奥が、少し温かくなる。

「叶えような」

「……はい」

 いなりは少しだけ目を丸くしてから、嬉しそうに笑った。

 その後、いなりはもう一度小さな狐姿になり、隠形を使って俺の肩に乗った。

 住吉町駅へ戻り、電車に乗る。

 帰り道。

 窓の外を流れる景色を見ながら、俺は肩にいるいなりの気配を感じていた。

 妖狐だったいなりは、神使になった。

 そして、その姿は紅い髪と紅白の巫女装束をまとった、狐耳の小さな巫女へと変わった。

 俺には、《神使導師の心得》が与えられた。

 神使を導く者への道が開かれた。

 何がどう変わったのか、まだほとんど分からない。

 けれど、確実に何かが変わった。

「……家に帰ったら、母さんが暴走する未来しか見えないな」

「母様が暴走するのですか?」

「いなりがこんなに可愛い姿になったら、喜んでお世話をしそうだ」

「母様が喜ぶなら、わたしもうれしいです」

「母さん、娘を欲しがっていたからな。かなりいろいろされるぞ。覚悟しておけよ」

「覚悟、ですか?」

 肩の上で、いなりが少し不安そうに耳を揺らした。

「わたし、本当に喜ばれるのでしょうか」

「喜ばれるのは間違いないな」

「……では、頑張ります」

「何を頑張るんだよ」

「母様に、喜んでもらうことです」

 真面目な声で言うから、俺は少しだけ笑ってしまった。

「それなら、もう十分できてると思う」

「そうですか?」

「ああ。たぶん、母さんは見るだけで喜ぶ」

 そう言いながらも、俺はもう半分諦めていた。

 紅い髪。

 紅白の狐耳。

 ふわふわの尻尾。

 そして、巫女服姿の幼いいなり。

 それを母さんが見たらどうなるか。

 考えるまでもない。

 俺は少しだけ遠い目をしながら、家路についた。

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