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第3話

 ヘルメットのライトを点ける。

 白い光が、薄暗い洞窟の中を照らした。

 思っていたより広い。

 天井は、俺が手を伸ばしても届かないくらい高い。

 通路の幅も、二、三人なら並んで歩けそうなくらいある。

 壁はごつごつした岩肌で、ところどころ湿っていた。

 足元は意外と平らだ。

 自然の洞窟というより、誰かが歩きやすいように整えた通路みたいに見える。

「……本当にダンジョンなんだな」

 つぶやきが、洞窟の奥へ小さく反響した。

 奥へと続く道がある。

 その先は、ライトの光が届かない闇に沈んでいた。

 念のため、スマホを取り出して画面を見る。

 電波は――圏外。

「ですよねー」

 そりゃそうだ。

 ダンジョンの中で普通にスマホが使えたら、それはそれで怖い。

 俺はスマホをポケットにしまい、息を殺した。

 物音を立てないように、耳を澄ませる。

 しばらくは、自分の呼吸音しか聞こえなかった。

 けれど。

 ずず……。

 ずず……。

「……っ」

 通路の奥から、何かを引きずるような音が聞こえてきた。

 俺は鉈を握りしめる。

 心臓が、一気にうるさくなった。

 いる。

 何かがいる。

 それも、たぶん人間じゃない。

 足音を殺しながら、通路の奥が見える位置までゆっくり移動する。

 岩壁に身を寄せ、そっと覗き込んだ。

「……なんだ、あれ」

 通路の先にいたのは、五十センチほどの土偶みたいな何かだった。

 ずんぐりした胴体。

 短い手足。

 顔らしき部分には、穴のような目が二つある。

 そいつは身体を左右に揺らしながら、ずず、ずず、と音を立ててこちらへ向かってきていた。

 距離は十メートルほど。

 まだ、こっちに気づかれているのかは分からない。

 俺は周囲を見回した。

 足元に、手頃な大きさの石が落ちている。

 大きすぎず、小さすぎず。

 投げるには、ちょうどいい。

 いきなり鉈で近づくよりは、まだ安全なはずだ。

 俺は鉈を左手に持ち替え、右手で石を拾った。

「……当たれよ」

 小さくつぶやき、土偶みたいな魔物に向かって石を投げる。

 石は思ったよりまっすぐ飛んだ。

 そして、土偶の胴体の真ん中に命中する。

 べちゃっ。

 乾いた音ではなかった。

 湿った土の塊を叩いたような、嫌な音。

 だが。

 土偶は止まらなかった。

「……え?」

 胴体の中央が少しへこんだだけだ。

 それどころか、穴のような目がこちらを向いた気がした。

 ずず……。

 さっきより少し速い足取りで、土偶が近づいてくる。

「嘘だろ」

 ゲームなら、最初の敵はもっと弱いものじゃないのか。

 俺はもう一つ石を拾い、続けて投げた。

 今度は頭の横に当たる。

 ごつっ、と鈍い音。

 土偶の頭が少し傾いた。

 でも、やっぱり倒れない。

 距離はもう五メートルほど。

「来るな来るな来るな……!」

 三つ目の石を投げる。

 胴体に当たる。

 ひびが入ったように見えた。

 けれど土偶は止まらない。

 その短い腕を、ぎこちなく持ち上げた。

 殴るつもりなのか。

 俺は反射的に後ろへ跳んだ。

 ぶんっ。

 土偶の腕が、俺のいた場所を振り抜く。

 遅い。

 でも、重そうだった。

 あれをまともにもらったら、ただでは済まない。

 背中に冷たい汗が流れる。

「っ、これで!」

 四つ目。

 今度は、最初の石で少しへこんだ胴体の中央を狙った。

 石が当たる。

 ばきっ。

 小さな亀裂が、土偶の胸元から広がった。

 土偶の動きが、ほんの一瞬だけ止まる。

「今だろ!」

 俺は左手の鉈を握り直した。

 ここで逃げるべきだ。

 頭のどこかでは、そう叫んでいる。

 でも、背を向けて逃げたら追いつかれるかもしれない。

 白い出口まで、無事に戻れる保証もない。

 だから俺は、一歩だけ踏み込んだ。

 鉈を振り上げる。

 狙うのは、ひびの入った胴体。

「うおおっ!」

 力任せに振り下ろした。

 がっ!

 鈍い衝撃が、両腕に突き抜ける。

 鉈の刃は土偶の胴体に食い込んだ。

 だが、深くは入らない。

「硬っ……!」

 土偶の腕が、こちらへ振られる。

 俺は慌てて身体を引いた。

 ぶんっ、と風を切る音。

 ぎりぎりで避けたが、腕が震えた。

 土偶は、まだ立っている。

 胸元には大きなひび。

 鉈が入った傷。

 それでも、穴のような目は俺を見ていた。

「しつこいな……!」

 距離を取る。

 石を探す。

 だが、すぐ近くにはもう手頃な大きさの石がない。

 俺は歯を食いしばった。

 土偶が一歩近づく。

 ずず。

 また一歩。

 ずず。

 鉈を両手で握る。

 怖い。

 普通に怖い。

 でも、ここで止まったら殴られる。

「来るなら……来いよ!」

 土偶が腕を振り上げた。

 俺は横へ踏み込む。

 振り下ろされた腕を避けながら、その脇をすり抜けた。

 そして。

 ひびの入った背中へ、鉈を振り下ろす。

 がっ。

 一度。

 がっ。

 二度。

 腕が痛い。

 手のひらが痺れる。

 それでも、もう一度。

「倒れろ!」

 がんっ!

 大きな音が洞窟に響いた。

 土偶の身体が、ぐらりと傾く。

 胸元から背中へ走っていたひびが、一気に広がった。

 次の瞬間。

 土偶の形をしていたものは、ぼろぼろと崩れ落ちた。

 床の上に残ったのは、湿った土くれだけだった。

「……倒した?」

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