第2話
視界が戻った瞬間、俺は息を呑んだ。
そこは、さっきまでの裏山ではなかった。
木々のざわめきも、鳥の声も、風の匂いもない。
代わりにあったのは、薄暗い洞窟。
湿った空気。
ごつごつした岩壁。
そして、俺の背後には白く光る出口のようなものが浮かんでいた。
「……マジか」
鉈を持ったまま、俺はその場で固まった。
触るだけ。
確かに、俺はそう言った。
でも、触っただけで中に入るなんて聞いていない。
いや、誰からも聞いていないんだから当然なんだけど。
「落ち着け。まずは戻れるか確認だ」
俺は背後の白い光に手を伸ばした。
指先が触れる。
次の瞬間、また視界が歪んだ。
気づけば、俺は裏山の山道に立っていた。
目の前には、さっきと同じ黒い入口が浮かんでいる。
「……戻れるのか」
思わず深く息を吐く。
心臓がうるさい。
手のひらに汗をかいている。
よかった。
戻れた。
戻れたなら、まだどうにかなる。
ここで警察に通報する。
それが正しい。
間違いなく正しい。
俺はスマホを取り出そうとして――。
ちらりと、黒い入口を見た。
山の中に、誰にも見つかっていないダンジョン。
入ってすぐの場所には、白い出口がある。
少し覗くだけなら、戻ってこられる。
それに、俺はキャンプ道具を持っている。
ロープもある。
ライトもある。
ヘルメットもある。
水もある。
応急手当キットだってある。
いや、だから何だという話だ。
装備があるから安全、なんてことにはならない。
分かっている。
分かっているのに。
「……ちょっとだけ」
その言葉が口からこぼれた時点で、たぶん俺の負けだった。
俺は一度テントまで戻る。
リュックからロープを取り出し、懐中電灯付きのヘルメットをかぶった。
水筒を腰に下げる。
それから、念のために応急手当キットもリュックへ押し込んだ。
絆創膏、包帯、消毒液、ガーゼ、テーピング。
キャンプ中に怪我をすることもあるから、普段から持ち歩いているものだ。
ランタンをリュックにつけて、背負い直す。
俺は深呼吸をした。
黒い入口の前に立つ。
教師の声が、頭の中で響く。
絶対に立ち入らないこと。
興味本位で近づかないこと。
ごめん、先生。
俺はたぶん、そういう真面目な生徒じゃなかったみたいだ。
「さて」
鉈を握り直す。
胸の奥で、不安と好奇心がぐちゃぐちゃに混ざっていた。
怖い。
でも、見たい。
知りたい。
この先に何があるのか。
俺は黒い入口を見つめ、小さくつぶやいた。
「ダンジョン探検、開始だ」
そして俺は、二度目の入口をくぐった。




