第22話
もう少しで、警察と市役所の職員が山の入口に到着するらしい。
親父は短く状況を確認して通話を切ると、俺を見た。
「透、行くぞ」
「了解」
俺はその間に、水筒と洗ったカップをリュックへ入れた。
警察や市役所の人が来るとなると、話が長くなるかもしれない。
何か飲めるものくらいは、あった方がいい。
「いなり、行ってくる」
「あい。あるじ、気をつけるです」
「母さんと待っててくれ」
「あい」
いなりは少し寂しそうだったが、母さんの膝の上でおとなしくしていた。
母さんがいなりの頭を撫でながら言う。
「大丈夫よ。いなりちゃんは母さんが見てるから」
「頼む」
「あるじ、すぐ帰ってくるです?」
「ああ。すぐ戻る」
俺がそう言うと、いなりはようやくこくりとうなずいた。
俺と親父は家を出て、山の入口へ向かった。
◇
入口付近で待っていると、車が二台到着した。
一台は警察。
もう一台は市役所の車だった。
警察から降りてきたのは、地域課の伊藤さんと有村さん。
市役所からは、防災安全課の藤堂さんと辻元さんだった。
警察官二人は制服姿。
市役所の二人は作業しやすそうな服装で、書類の入った鞄とタブレットを持っている。
いよいよ、公的な話になってきた。
俺は少しだけ緊張した。
最初は、警察と市役所の人と親父が話していた。
発見場所。
土地の所有者。
発見した日時。
俺たちが確認した内容。
そういう話が中心だった。
俺は基本的に蚊帳の外だ。
未成年だからというのもあるだろうし、大人同士で確認すべきことが多いのだろう。
それでも、自分が関係者であることは間違いない。
落ち着かなくて、リュックの肩紐を何度も握り直してしまった。
しばらくして、親父が俺を呼んだ。
「透。ダンジョンに案内するぞ」
「了解」
俺は先頭に立ち、山道へ入った。
親父。
警察官二人。
市役所職員二人。
その全員を連れて、いつもの山道を歩く。
昨日までなら、俺一人で気楽に歩いていた道だ。
それが今は、妙に重々しく感じた。
しばらく歩くと、キャンプ地に到着する。
朝、簡単に張っておいたタープが見えた。
伊藤さんがそれを見て、親父に尋ねた。
「あれは?」
「ここは、うちが個人用のキャンプ地として整備した場所です。昨晩、息子からダンジョンのことを聞いて、今朝確認するために設置しました」
親父は落ち着いて説明する。
「今日の確認に時間がかかるようなら、ここを使ってください」
「ありがとうございます。助かります」
藤堂さんが軽く頭を下げた。
「それで、ダンジョンは?」
「もう少し先です」
俺は道の奥を指差した。
「ダンジョンはこちらです」
キャンプ地から少し歩くと、黒い入口が見えてくる。
宙に浮かぶ、真っ黒な空間。
その場にいた全員の空気が変わった。
伊藤さんも有村さんも、一瞬言葉を失ったようだった。
「……これは」
「確かに、通常の自然物ではありませんね」
藤堂さんと辻元さんは、すぐに写真を撮り、メモを取り始めた。
入口の大きさ。
位置。
周辺環境。
山道からの距離。
キャンプ地からの距離。
淡々と記録している。
伊藤さんと有村さんは、黒い入口の周囲を回りながら確認していた。
横から見ても。
裏から見ても。
入口はそこにある。
まるで、空間に穴が開いているようだった。
やがて、伊藤さんが俺の方を見る。
「小森透くんですね。中には入りましたか?」
「はい」
「中には何がありましたか?」
「洞窟みたいになっていました。中に、土偶のような動くものがいました」
「魔物、という認識でいいですか?」
「たぶん、そうだと思います。鉈で何度か叩いたら崩れて、そのあとレベルアップしました」
伊藤さんはうなずき、メモを取る。
「やはり、ダンジョンで間違いなさそうですね」
有村さんが続けて尋ねる。
「その土偶は、土でできていましたか?」
「はい。崩れた後は、湿った土みたいになっていました」
「なら、ここは土属性のダンジョンである可能性が高いですね」
「土属性のダンジョンですか?」
俺が聞き返すと、伊藤さんが説明してくれた。
「現在確認されている情報では、土以外にも、水、風、火の性質を持つダンジョンがあるそうです。それぞれ、出現する魔物や危険の傾向が違うとされています」
「なるほど……」
ダンジョンにも属性があるらしい。
また情報が増えた。
藤堂さんが黒い入口を見ながら言う。
「一応、中も確認しましょう」
「入りますか?」
親父が聞く。
「はい。ただし、入口付近のみです」
藤堂さんの返答に、伊藤さんも頷いた。
「無理な探索はしません。現物確認と、入口付近の状況確認だけです」
「透、入るぞ」
「了解」
すると有村さんが、少し驚いたように俺を見る。
「小森くんも入るのですか?」
親父は落ち着いて答えた。
「たぶん、この中では透が一番慣れています」
「……そうですか」
いや、事実だけど。
警察の前で言われると、少し微妙な気分だ。
伊藤さんは少し考えてから、うなずいた。
「分かりました。では、案内をお願いします。ただし、危険があると判断した場合は、すぐに外へ出ます」
「はい」
俺は黒い入口の前に立つ。
何度見ても、やっぱり慣れない。
でも、今は俺が案内役だ。
深呼吸をしてから、後ろの大人たちへ声をかける。
「入ると、視界が切り替わります。足元に注意してください」
そして、俺は黒い入口へ手を伸ばした。
視界がぐにゃりと歪む。
続いて、親父たちも順番にダンジョンへ入っていった。




