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第19話

 視界が切り替わる。

 湿った空気。

 ごつごつした岩壁。

 薄暗い通路。

 昨日から何度も見た、あの洞窟のような空間が目の前に広がっていた。

「……ここがダンジョンか」

 親父がヘルメットのライトを点け、周囲を見回す。

 驚いてはいる。

 でも、取り乱してはいない。

 さすがというか、こういう時の親父は頼もしい。

「ここは入口付近だから、まだ何もいないと思う。奥に行くと、土偶みたいなのが出るはず」

「昨日、お前が倒したやつか」

「ああ。今のところ、確認できてる敵はそれだけだ」

 俺は鉈の柄に手をかけながら、通路の奥を見る。

 いなりはリュックから出て、俺の足元にちょこんと立っていた。

「いなりが先に行くです」

「敵を見つけても、勝手に攻撃するなよ。今日は親父にも見てもらうからな」

「あい。見つけるだけです」

「頼むぞ」

 いなりは小さく胸を張ると、軽い足取りで前へ出た。

 俺と親父は、その後ろを慎重についていく。

 通路を道なりに進む。

 昨日と同じように、奥からかすかな音が聞こえてきた。

 ずず……。

 ずず……。

「みつけたです」

 いなりが小さく声を上げる。

 ヘルメットのライトを向けると、通路の先に土偶のような魔物が一体いた。

 五十センチほどの土の人形。

 短い手足を引きずるように動かし、こちらへゆっくり近づいてくる。

「親父、あれだ」

「あれが魔物か……」

 親父は目を細めて、土偶を見た。

 実際に見ると、やはり普通の動物でも機械でもない。

 明らかに、この世界の常識から外れた存在だ。

「まず、親父。そこら辺の石を一つぶつけてくれ」

「石でいいのか?」

「倒すのは俺たちでやる。親父は、どれくらい硬いか確かめるだけでいい」

「ああ」

「いなりは、親父が石を投げたら狐火を頼む」

「あい」

「狐火が当たったら、俺が前に出る。危なかったらすぐ下がってくれよ」

 俺がそう言うと、親父はうなずいて近くに落ちている石を拾った。

「じゃあ、投げるぞ」

 親父は大きく振りかぶる。

 石が土偶の胴体へ飛んだ。

 べちゃっ。

 湿った土を叩くような音。

 土偶の胸元が少しへこんだ。

 だが、それだけだ。

「硬いな」

「一発じゃ倒れない」

 親父が石を当てた直後、頭の中に声が響いたらしい。

 親父がわずかに目を見開いた。

「……斥候の心得を取得しました、だと?」

「出た?」

「ああ。斥候に転職可能になったらしい」

「石を投げたからかな」

 俺が言うと、親父は土偶を見ながら小さくうなずいた。

「撃破に使った手段で、職業の適性が決まるのかもしれないな」

「たぶん」

「いなり、いくです!」

 いなりが一歩前に出る。

 小さな身体の前に、橙色の火の玉が浮かんだ。

「《狐火》!」

 火の玉が土偶の胸元へ飛ぶ。

 ぼんっ!

 先ほど石が当たった場所で、狐火が弾けた。

 土偶の胴体に、大きなひびが走る。

「透!」

「分かってる!」

 俺は土偶に向かって駆けだした。

 今は、この土偶の動きが遅いことも知っている。

 硬いが、狐火でひびを入れれば、鉈で何度か叩いて倒せることも。

 近づきすぎないように距離を測り、踏み込む。

「っ!」

 鉈を一閃。

 刃が、狐火で焦げた土偶の胴体へ食い込む。

 がっ。

 湿った土を裂くような感触。

 土偶はよろけるが、崩れない。

 短い腕を振り上げてくる。

 俺は横へ回り込み、距離を取った。

「もう一発!」

 土偶の腕が空を切った隙に、もう一度踏み込む。

 鉈を振り下ろす。

 がんっ!

 ひびが大きく広がった。

 まだ立っている。

「しつこいな!」

 俺は無理に押し切らず、いったん後ろへ下がる。

 土偶がこちらへ一歩踏み出したところで、三撃目。

 がんっ!

 次の瞬間、土偶の胴体がぐらりと傾いた。

 ぼろぼろと湿った土が崩れ落ち、床には小さな光る石だけが残る。

「……よし」

 俺は息を吐いた。

 親父の方を見る。

「こんな感じ」

 親父はしばらく、崩れた土偶の残骸を見つめていた。

「……これを一人でやったのか?」

「最初はもっと苦戦したよ。一体だけなら、ちゃんと武器を持って、落ち着いてやれば倒せる」

 俺は崩れた土を見下ろす。

「ただ、囲まれると危ない。昨日、三体に囲まれた時はかなりまずかった」

「そんな危ないことをやったということだな」

「あの時は、いなりを助けなきゃとしか考えられなくて……ごめん」

 親父は少し考え込んでから、静かに言った。

「とりあえず、ここがダンジョンであることは間違いないと思う」

「ああ」

「それに、勝手に入って戦うには危険すぎる場所でもある」

「うん」

「今日は確認だけだ。外に出よう」

「了解」

 俺たちは来た道を戻った。

 いなりは俺の横を歩きながら、時々親父を見上げている。

 親父はそんな、いなりの頭をそっと撫でた。

「いなりちゃん。透を見てやってくれ」

「あい。いなりは、あるじといっしょなのです」

「いなりちゃんと一緒なら、透も少しは無茶をしないと思うからな」

「あい」

 親父が優しそうに言う。

 なんだか、いなりはうちの家族に馴染むのが早い。

 数分後、白い出口が見えてきた。

 俺たちは順番にそこへ触れ、ダンジョンの外へ出る。

 初夏の風が頬をなでた。

 親父は黒い入口を振り返り、深く息を吐いた。

「……こんな感じなのか」

「ああ。今のところは、準備して気をつけていれば対処できると思う」

「ただし、放置していい場所ではないな」

「うん」

「よし。とりあえずキャンプ地に戻ろう。そこから警察に連絡する」

「了解」

「あい」

 俺といなりが同時に返事をする。

 親父はそれを聞いて、少しだけ笑った。

 俺たちはダンジョンの入口を後にして、キャンプ地へ戻ることにした。

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