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110/111

第110話

八月十三日は家族そろって墓参りへ行った。

ご先祖様へ近況を報告し、お盆らしい一日を過ごす。

そして翌日からは、毎年恒例の二泊三日のキャンプ旅行だ。

今年は少し趣向を変え、京都にも近い、琵琶湖を望む山の中腹にあるコテージ付きキャンプ場を予約してある。

十五日は伏見稲荷大社を参拝し、夜はキャンプ場から琵琶湖の花火大会を見る予定だ。

あとは天気だけが心配だった。

「雨が降らなければいいんだけどな。」

その時、不意に誰かの声が聞こえた気がした。

『おまかせあれ』

「……ん?」

俺は顔を上げた。

「いなり、何か言った?」

荷物をリュックへ詰めていたいなりが振り返る。

「いえ?」

「私は何も言ってないのです。」

「そうか……。」

「なんだか、いなりみたいな声が聞こえた気がしたんだけど。」

いなりはくすっと笑う。

「あるじ。」

「私のことを考えすぎなのです。」

「そうかもしれないな。」

そう言いながら軽く額をつつく。

「いたっ。」

「あるじ、ひどいのです。」

「どこでそんな口の利き方を覚えたんだ。」

「えへへ。」

「母様なのです。」

「……母さんか。」

確かに言いそうだ。

「さあ、準備を終わらせて寝よう。」

「明日は朝早いぞ。」

「は~い!」

   ◇

翌朝。

荷物を車へ積み込む。

親父が荷室を見ながら苦笑した。

「六人分になると少し手狭だな。」

いなりが首を傾げる。

「私、狐の姿になった方がいいのです?」

「いや。」

「荷物をうまく積めば大丈夫。」

「分かったのです。」

親父は荷室を閉める。

「荷物よし。」

「全員いるな。」

「出発するぞ。」

「「「「はーい!」」」」

小森家を出発し、高速道路へ入った。

   ◇

昼前には琵琶湖へ到着した。

まずは湖畔の観光地を散策する。

土産物屋を覗いたり、湖畔を歩いたりしながら、ゆっくり時間を過ごす。

いなりは初めて見る琵琶湖に目を輝かせていた。

「大きいのです……。」

「海みたいなのです。」

「向こう岸が見えるから湖なんだけどな。」

「でも、本当に大きいのです。」

昼食は湖畔の食事処へ入る。

近江牛や琵琶湖名物を味わいながら、旅行気分を満喫した。

親父も満足そうに頷く。

「たまにはこういう旅行もいいな。」

食事を終えたあとも少し周辺を散策し、午後二時半ごろキャンプ場へ到着した。

   ◇

チェックインを済ませると、親父が荷物を下ろしながら言う。

「俺と母さんは買い出しへ行ってくる。」

「透たちは設営を頼む。」

「了解。」

親父たちを見送り、俺は三人を見る。

「みんなでやればすぐ終わる。」

「頑張ろう。」

「「「おー!」」」

テントの設営は順調だった。

烈と静へ一度組み立て方を教えるだけで、二人ともすぐに覚えてしまう。

「飲み込みが早いな。」

静は少し照れながら頭を下げた。

「ありがとうございます。」

ログハウスとテントの間へタープを張り、キャンプ場で借りたテーブルと椅子を並べる。

LEDランタンも設置し終える頃には、夕食を食べる場所らしくなっていた。

その頃には、いなりがログハウスのキッチンで米を研いでいた。

「ご飯、炊き始めるのです。」

最近は晩ご飯の準備も積極的に手伝っている。

包丁の使い方も、炊飯の手順も、ずいぶん慣れてきた。

しばらくすると、買い出しを終えた親父たちが戻ってきた。

周囲を見渡した親父が笑う。

「おぉ。」

「もう準備できてるな。」

いなりが誇らしそうに胸を張る。

「ご飯も炊き始めました。」

母さんが優しく微笑む。

「いなりちゃんも、みんなもありがとう。」

「それじゃあ今日はバーベキューにしましょう。」

「「「「やったー!」」」」

母さんは買ってきた肉や野菜を取り出す。

「好きな物を串に刺してね。」

「透。」

「火を頼む。」

「了解、親父。」

俺と親父は炭をコンロへ入れ、火を起こす。

毎年やっていることなので、手順は身体が覚えていた。

炭が赤くなり始めると、火力を見ながら均等に並べていく。

「よし。」

「焼けるぞ。」

母さんが声を掛ける。

「串ができた人から焼いていいわよ。」

「火傷だけは気を付けてね。」

「「「はーい!」」」

いなりは肉と野菜を交互に刺しながら嬉しそうに笑う。

「きれいなのです。」

烈は肉ばかりの串を作り、

静は野菜もきれいに並べていた。

「烈。」

「野菜も食べるのです。」

「肉が先だ。」

「だめなのです。」

母さんが笑う。

「烈くん、その一本くらいは野菜も入れようね。」

「……分かった。」

そのやり取りを見て、親父と俺は顔を見合わせて笑った。

今年も賑やかなキャンプになりそうだ。

   ◇

夕食を終え、後片付けも済ませる。

今夜は母さんといなりがコテージ。

俺と親父、それに烈と静はテントで寝ることになった。

寝袋へ潜り込み、夜空を見上げる。

明日は伏見稲荷大社。

宇迦之御魂神様をお迎えする日だ。

どんな話になるのだろうか?

そんなことを考えているうちに、いつの間にか眠りへ落ちていった。

その頃――。

誰にも聞こえない、小さな声が夜風に乗って響く。

『明日は楽しみですね。透さん、いなりちゃん。』

どこからともなく吹いてきた夜風が、そっとテントを揺らした。

もちろん、その声に気付いた者はいなかった。


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