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第108話

その日の夜。

探索者Wikiへ、一件の新しい書き込みが投稿された。

【僧侶の取得条件について】

尾張ダンジョンで新たな職業「僧侶」の取得を確認。

ダンジョン内で応急処置などの治療行為を行うことで、《僧侶の心得》を取得できる可能性があります。

その後、僧侶へ転職すると回復魔法《ヒール》を習得できます。

※現在、複数人による検証待ち。


まだ閲覧数は数十件。

コメントも数件しか付いていない。

誰も、この小さな書き込みが全国の探索者の常識を変え、日本中のダンジョン攻略を大きく変える第一歩になるとは思っていなかった。

   ◇

それから一週間。

俺たちは午前中夏休みの宿題や勉強を進め、午後は尾張ダンジョンへ潜る毎日を送っていた。

静の新しい盾が完成するまでは無理をせず、第一層から第四層を中心に探索し、基礎の確認と連携の練習を繰り返した。

尾張ダンジョンの営業時間は午前九時から午後七時までとなっている。

午後七時になると閉場のアナウンスが流れ、探索者は地上へ戻るよう案内される。

それでも戻れなかった場合は、午後七時三十分に入口の防護門が閉鎖される。

この門はダンジョンブレイク発生時に魔物が外へ出るのを防ぐためのもので、一度閉まると中から開けることはできない。

そのため門の内側には避難小屋が設置されており、簡易ベッドや飲料水、カップ麺などの保存食が常備されていた。

万が一取り残された場合は、そこで一夜を過ごすことになる。

この運用については探索者カードの申請時に説明を受け、全員が承諾書へ署名していた。

翌朝八時三十分になると門が開き、探索者は地上へ出られる。

ただし毎月一日だけは例外だ。

朝七時に監視カメラでダンジョンブレイクの有無を確認し、取り残された探索者がいる場合は一時的に門を開けて避難させる。

その後すぐに門を閉鎖し、午前九時になってダンジョンブレイクが発生していないことを確認した後、改めて通常営業を開始する。

こうした運用もあり、多くの探索者は時間に余裕のある午前中から探索を始める。

そのため午前中は入口に長い列ができるのが日常となっていた。

一方、午後になると午前から潜っていた探索者が帰り始めるため、入場待ちは徐々に解消されていく。

俺たちはその時間帯を狙って潜るのがいつものスタイルになっていた。

そんな一週間の間にも、世の中は少しずつ変わり始めていた。

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ネットニュースダイジェスト

8月5日

【探索者Wiki更新】

『尾張ダンジョンで確認された僧侶取得条件について検証中』

SNSでは、

「本当なのか?」

「ガセじゃない?」

と半信半疑の書き込みが大半を占めた。

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8月6日

【速報】

『東京都内ダンジョンで僧侶取得を確認』

尾張ダンジョン以外でも取得報告が相次ぎ、探索者Wikiには全国各地から検証結果が投稿され始めた。

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8月7日

【ダンジョンニュース】

『僧侶取得条件を政府が正式に確認』

内閣官房ダンジョン対策室は、

「ダンジョン内で治療行為を行うことで《僧侶の心得》を取得し、僧侶へ転職できることを確認した。」

と正式に発表した。

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8月8日

【探索者増加】

『回復役を目指す探索者が急増』

応急手当用品や救急セットが全国で品薄となり、ドラッグストアやホームセンターでは品切れが相次いだ。

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8月9日

【医療界も注目】

『回復魔法《ヒール》の検証始まる』

大学病院や研究機関では、回復魔法《ヒール》と通常医療との違いについて本格的な研究が始まった。

同日、日本医師会は緊急記者会見を開き、次の見解を発表した。

「現行の医師法では、報酬を得る目的で反復継続して治療行為を行うことは、医師免許を持たない者による違法な医療行為に該当する可能性があります。」

一方で、

「ダンジョン内での探索者同士による救命行為を妨げるものではありません。」

と説明。

さらに、

•ヒールによる応急処置を否定するものではないこと

•緊急時の救命行為は積極的に行うべきこと

•ヒールによる治療の対価として金銭やそれに準ずる利益を受け取ることは慎重であるべきこと

との見解を示した。

また、

「ダンジョンという新しい社会環境に対応するため、早急な法整備が必要である。」

として、厚生労働省および政府へ制度整備を要望した。

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8月10日

【ダンジョンニュース】

『ヒールでは回復せず フグ毒で男性死亡』

○○県で、フグを食べた男性(23)が死亡した。

警察によると、男性らはSNSへ投稿する目的で、

「ヒールは毒にも効くのか」

という検証動画を撮影していたという。

男性はフグを食べた直後に体調が急変。

同席していた探索者が《ヒール》を使用したものの症状は改善せず、病院へ緊急搬送されたが、その後死亡が確認された。

警察は詳しい経緯を調べている。

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医師会コメント

日本医師会は、

「ヒールが通常の食中毒や自然毒に有効であるという科学的根拠は、現在確認されていません。」

と発表。

さらに、

「回復魔法を過信せず、異常を感じた場合は速やかに医療機関を受診してください。」

と注意を呼び掛けた。

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【尾張ダンジョン】

『一般公開から十日』

来場者数は徐々に落ち着きを見せ、運営は地元探索者を中心とした体制へ移行した。

入口横では稲荷神社の建設工事が進められており、市はお盆明けにも神事を執り行う予定としている。

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その日の夕食。

いなりが嬉しそうに笑った。

「あるじ。今週も頑張ったのです。」

「そうだな。」

「宿題もほとんど終わったし。」

「烈と静も、美術を残すだけだったよな。」

烈と静が頷く。

「はい。」

「それに、いなりも朝ご飯を作れるようになった。」

「毎日ありがとう。」

いなりは照れくさそうに笑う。

「えへへ。」

「今度は晩ご飯も作れるように頑張るのです!」

「楽しみにしてるよ。」

いなりの尻尾が嬉しそうに左右へ揺れていた。


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