第105話
8月2日
ダンジョンへ向かう途中、入口近くのミカン畑で山田さんが市の職員らしき男性と話をしていた。
ちょうど話が終わったようで、職員は一礼すると車へ乗り込んでいく。
俺は山田さんへ声を掛けた。
「こんにちは。」
「おう、透君。こんにちは。」
「何かあったんですか?」
山田さんは畑の方を見ながら苦笑した。
「市役所の人が来てな。この辺の土地を駐車場として使わせてほしいって話だった。」
「やっぱり駐車場が足りないんですね。」
「ああ。昨日はひどかったぞ。」
「道路は渋滞するし、勝手に畑へ車を停めるやつまでいてな。」
昨日の様子を思い出す。
確かにダンジョン前は車であふれていた。
「今日は大丈夫なんですか?」
「昨日のうちに柵を設置してもらった。」
そう言って山田さんは笑う。
「俺の軽トラまで入れなくなったけどな。」
「それ、笑い事じゃないですよ。」
俺が苦笑すると、山田さんは豪快に笑った。
「いやいや。」
「あそこの畑は坂が急でな。」
「前から管理が大変だったんだ。」
「この機会に駐車場へ変えるのも悪くないと思ってな。」
いなりが心配そうに尋ねる。
「土地を売るのですか?」
「いや、売らないよ。」
「市へ貸すだけだ。」
「駐車場は市が整備するらしい。」
「今日の夕方には契約書を持ってくるそうだから、かなり急いでるんだろうな。」
いなりはミカン畑を見つめる。
「……ミカンがなくなるのは寂しいのです。」
山田さんは優しく笑った。
「全部なくなるわけじゃない。」
「他にも畑はあるし、ここは一番手間が掛かる場所だったんだ。」
「俺も年だからな。」
「これからは楽な畑だけで十分さ。」
「そうなのです?」
「ああ。」
「それにな。」
山田さんは少し嬉しそうに続けた。
「市は駐車場に売店も作る予定らしい。」
「だったら俺のミカンも置いてくれって頼んでみた。」
「『前向きに検討します』だとさ。」
俺は思わず笑う。
「それはいいですね。」
「ダンジョン帰りに山田さんのミカンを買って帰れます。」
いなりの表情がぱっと明るくなる。
「それなら嬉しいのです!」
山田さんは照れくさそうに頭をかいた。
「実現するといいけどな。」
烈が小さく頷く。
「良いことだ。」
静も静かに一言だけ添えた。
「楽しみです。」
山田さんは四人を見渡した。
「さて、透君たちはこれからダンジョンか?」
「はい。」
「気を付けて行ってこい。」
「「「「行ってきます!」」」」
山田さんに見送られ、俺たちは管理棟へ向かった。
◇
管理棟へ着くと、今日も受付前には長い列ができていた。
とはいえ、昨日ほどではない。
「こんにちは。」
「あっ、透君!」
綾部さんがこちらへ駆け寄ってくる。
「ちょうど良かった!」
「今日もお願いできる?」
俺は苦笑した。
「やっぱりそうなりますよね。」
「昨日と同じ条件なら大丈夫ですよ。」
「ありがとう!」
「所長を呼んでくる!」
数分後。
綾部さんに腕を引っ張られながら藤堂さんがやって来た。
「透君。」
「今日も頼めるかい?」
「もちろんです。」
「昨日と同じ条件でお願いします。」
「助かる。」
俺は三人を見る。
「じゃあ、今日も昨日と同じ役割でいこう。」
「「「はい。」」」
受付は昨日よりずっとスムーズだった。
記入スペースを最初から分けたこともあり、人の流れが止まることはない。
俺は記入方法を説明し、
烈と静は列の整理、
いなりは書き終わった人を受付へ案内する。
昨日経験したこともあり、四人とも慣れたものだった。
途中、綾部さんが笑いながら近寄ってくる。
「今日はみんな、ちゃんと書いてくれてるわね。」
「昨日の鬼教官が怖かったんじゃない?」
いなりの耳がぴくっと動く。
「まだ言うのですか……。」
綾部さんは楽しそうに笑う。
「受付のみんな、その呼び方してるわよ。」
「えぇぇ……。」
いなりは耳まで真っ赤になってしまった。
俺たちは思わず笑ってしまう。
夕方になるころには受付もようやく落ち着いた。
昨日より一時間ほど早い終了だった。
藤堂さんが近寄ってくる。
「今日もありがとう。」
「昨日の反省を活かせたおかげで、ずいぶんスムーズだった。」
「それは良かったです。」
「明日も頼むかもしれない。」
「予定が合えば。」
「期待してるよ。」
◇
夜。
親父が仕事から帰ってきた。
夕食を食べながら、思い出したように口を開く。
「そうだ、透。」
「堀工業の堀社長と約束が取れた。」
「急で悪いが、明日の午前中に来てほしいそうだ。」
「静の盾の件?」
「ああ。」
「探索者の話も聞いてみたいらしい。」
「俺たちは大丈夫だよ。」
「じゃあ明日の朝、一緒に行こう。」
いなりがすぐに手を挙げた。
「あるじ!」
「私も行きたいのです!」
烈も短く続ける。
「俺も。」
静も静かに頷いた。
「私も同行したいです。」
俺は親父を見る。
「四人で行ってもいい?」
親父は少し考えてから頷いた。
「大丈夫だろう。」
「ただし、工場だからな。」
「勝手に機械へ触るな。」
「近づき過ぎるな。」
「危ないからな。」
「「「「はい!」」」」
明日は初めて町工場を訪れる。
どんな人なのか、少し楽しみになってきた。




