第103話
藤堂さんたちと一緒に、ダンジョンの入口まで戻ってきた。
入口には、もともとあった黒い球体と、新しく現れた黒い球体が並んで浮かんでいる。
「まずは、新しい方を確認してみます」
俺は新しく現れた黒い球体へ手を伸ばした。
指先が触れた瞬間、頭の中に声が響く。
【この入口は第五層直通です】
【利用資格を確認します】
【資格を確認しました】
【第五層へ移動しますか?】
今は中へ入るつもりはない。
俺は《いいえ》を選んだ。
黒い球体から手を離し、藤堂さんたちへ説明する。
「これは、第五層へ直接移動するための入口みたいです」
「本当に第五層へ直接行けるのか」
「はい。ただ、入る前に利用資格の確認がありました」
「資格?」
「俺の場合は、資格があると判定されました。たぶん、第五層のボスを倒したことが条件だと思います」
藤堂さんが新しい黒い球体へ手を伸ばす。
しばらく触れていたが、何も起こらないまま手を離した。
「俺には、資格がないと表示された」
「やっぱり、第五層を攻略した人しか使えないみたいですね」
辻元さんが黒い球体と、入口周辺の設備を見比べる。
「そうなると、第一層から入る人と、第五層から入る人で列を分けて管理する必要がありますね」
「そうだな」
藤堂さんが入口周辺を見回す。
「一般開放後に利用者が増えた場合、二つの入口へ向かう人が同じ列に並ぶと混乱する」
「暫定的には、入口ゲートの段階で利用者を分けましょう」
辻元さんが管理を担当している職員へ指示する。
「将来的には、入口までの通路そのものを分けられるよう、柵や案内表示の準備を進めます」
「お願いします」
藤堂さんは少し考えてから、俺たちの方を見た。
「ただ、一般開放初日からしばらくの間、第五層へ直接入れるのは透くんたちだけだろう」
「たぶん、そうだと思います」
「その間は、透くんたちには職員用の通路から入ってもらうことにしよう」
「職員用通路からですか?」
「ああ。第五層へ行ける人が透くんたちだけなのに、専用の一般ゲートを開ける必要はないからな」
一般の探索者が第五層を攻略するまでは、俺たちだけ特別な入口を使うことになるらしい。
「透くんたち以外にも第五層を攻略するチームが現れたら、入口ゲートから分けて運用する」
「分かりました」
「ただし、すぐに切り替えられるよう、設備の準備だけはしておいてくれ」
「はい」
辻元さんと入口の職員がうなずく。
藤堂さんは、改めて二つの黒い球体を見た。
「しかし、今日初めてこの入口が現れたということは……」
「何か問題がありますか?」
「第五層を最初に攻略したのは、透くんたちで間違いないということだ」
「あっ」
言われてみれば、そういうことになる。
警察や消防がすでに第五層を攻略していたのなら、その時点で新しい入口が現れていたはずだ。
「本当に、尾張ダンジョンの攻略では透くんたちが先頭にいるんだな」
「実感はないですけどね」
「まあ、順位を競うものではない。無理をせず進んでくれればいい」
「はい」
藤堂さんは一度うなずき、職員たちへ向き直った。
「これで状況は分かった。入口周辺の立ち入りを制限して、今日は詳しい調査を行おう」
「了解しました」
「透くんたちは、もう帰っていいぞ。約束どおり、車で送っていこう」
「ありがとうございます」
◇
藤堂さんたちの車で家まで送ってもらい、俺たちは今日の探索を終えた。
親父が仕事から帰ってくると、夕食の席で今日あったことを報告する。
第五層へ進んだこと。
小鬼リーダーと戦ったこと。
静の盾と俺の六尺棒が壊れたこと。
俺が肩を切られたこと。
そして、《ヒール》で傷を治したこと。
「怪我をしたのか?」
親父の表情が一気に険しくなる。
「ああ。でも、もう治ってるよ」
「本当に大丈夫なのか?」
「傷跡もないよ」
服の肩口を少しずらし、傷が残っていないことを見せる。
親父は俺の肩を確認してから、ようやく小さく息を吐いた。
「治ったからいい、という話ではないんだがな」
「分かってる」
「無茶はしてないよな?」
「静をかばった時に、避ける余裕がなかったんだ」
親父は隣に座っている静を見る。
「静は怪我をしていないのか?」
「はい。透様が守ってくださったので、僕は無事でした」
「そうか」
親父は少し複雑そうな顔をした。
俺が静を守ったことを否定するつもりはない。
けれど、息子が怪我をしたことは、やはり心配なのだろう。
「それで、親父に相談があるんだ」
「何だ?」
「静の盾についてなんだけど」
壊れた盾は、《アイテム袋》に入れて持ち帰っている。
あとで状態を確認するつもりだが、修理して再び使えるとは思えない。
「市販で買える盾では、強度に限界があると思う」
「そうだな」
「あの小鬼リーダーの攻撃を受けたら、数回で壊れてしまった」
ダンゴムシの突進には耐えられた。
けれど、第五層の敵が持つ武器には、まるで強度が足りなかった。
「もっと丈夫な盾が必要だと思う。それに、全員がきちんと防具を身につける段階に来ている」
「どんな防具を考えている?」
「まずは、防刃ベストや防刃ジャケットかな。あとは腕を守る小手とか」
今までは、魔物の攻撃を受けないことを前提にしていた。
けれど、今回のように盾が壊れることもある。
敵の攻撃を完全に防げない以上、防具は必要だ。
「防具については、市販の防刃ベストや防刃ジャケットを買うしかないだろうな」
親父が考えながら答える。
「刃物への対策にはなるが、剣の衝撃まで完全に防げるわけではない。その点は理解しておけ」
「うん」
「腕を守る小手や、すね当てのようなものも用意した方がいいかもしれない」
「盾はどうかな?」
「盾については、会社で取引している町工場に心当たりがある」
「町工場?」
「ああ。金属加工を得意としている工場だ。社長とは以前から付き合いがある」
親父は少し考えるように腕を組む。
「あそこの親父さんなら、事情を説明すれば、特注の盾を作ってくれるかもしれない」
「本当に?」
「できるかどうかは、相談してみないと分からない。盾を作った経験があるとも限らないからな」
「それでも、市販品を買うよりは可能性がありそうだ」
「ああ。用途や必要な強度、静が持てる重さを伝えて、一度相談してみよう」
「ありがとう」
「明日にでも連絡してみる」
これで、静の新しい盾については、少し先が見えた。
「ネットで買える防具については、俺も探してみるよ」
「購入する前に、候補を見せろ。見た目だけで選ぶなよ」
「分かってる」
「防刃と書いてあっても、性能には差がある。用途や試験内容を確認して選ぶ必要がある」
「親父の方が詳しそうだな」
「仕事柄、多少はな」
俺は三人の方を見る。
「防具が届くまでは、ダンジョン探索を休もうと思う」
「えっ、行かないのか?」
烈が驚いた顔をする。
「ああ。少なくとも、防具が届くまでは第五層より先へ進まない」
「でも、俺様たちなら戦えるぜ」
「戦えることと、安全に戦えることは違うよ」
烈は少し不満そうだったが、何も言い返さなかった。
「それに、静の新しい盾が完成するまでは、第六層には進まないつもりだ」
「透様……」
静が俺を見る。
「今回、盾が壊れたから俺が怪我をした。次も同じように済むとは限らない」
「申し訳ありません」
「静のせいじゃないよ」
俺はすぐに首を横に振る。
「装備が敵の強さに追いついてなかっただけだ。だから、装備を整えてから進もう」
「はい」
「私も、その方がよいと思います」
いなりもうなずく。
「あるじがまた怪我をするのは嫌です」
「いなり様がそう言うなら、俺様も待つぜ」
「烈は、俺が言った時点で納得してほしいんだけど」
「もちろん、透様の言うことも聞いてるぜ!」
「本当かな……」
親父は俺たちのやり取りを見ながら、少しだけ表情を緩めた。
「心配ではあるが、自分たちで危険だと判断して止まれるうちは、探索を続けることを認めてもいい」
「ありがとう」
「ただし、装備を整えるまで無理に潜るな」
「ああ。約束する」
「それから、新しい装備ができても、いきなり第六層へ進むな。まず第五層で使い方を確認しろ」
「分かった」
親父はまだ心配そうだった。
当然だと思う。
今日、俺は実際に怪我をした。
《ヒール》で治せたからといって、次も必ず助かるとは限らない。
焦る必要はない。
一般開放前に第五層へ到達するという目標は達成できた。
これから先へ進むためにも、まずは装備を整えよう。
俺はそう決めた。




