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第7話:「ちょっと大人っぽくなった?」(健人・このかの最初の違和感)

このかとの衝突以来、図書室の「隅」には冷たい風が吹き抜けていた。


めぐみは教科書の隅に、無意識に「1,000,000」という数字を書き連ねていた。登録者数。それが彼女にとって、自分の存在意義(アイデンティティ)を証明する唯一の魔法の数字になっていた。


「……めぐみ。ちょっと、いいか?」


授業の合間、背後から声をかけられた。


三浦健人だ。いつもなら部活の仲間と騒いでいるはずの彼が、今は真剣な、どこか縋るような目でめぐみを見下ろしていた。


「放課後、いつもの公園で待ってる。……一人で来てくれ。大事な話があるんだ」


めぐみは小さく頷くことしかできなかった。


放課後、夕焼けが遊具の影を長く伸ばす公園。


ブランコに座るめぐみの隣に、健人が腰掛けた。キィ、と錆びた音が鳴る。


「最近、お前……変わったよな」


健人が、沈黙を破るように切り出した。


「髪も、肌も、……匂いも。なんて言うか、急に遠くへ行っちまったみたいで。正直、……ちょっと大人っぽくなったっていうか、ドキドキして目が離せないんだ」


健人の告白に近い言葉。


かつてのめぐみなら、この瞬間に幸せで泣き崩れていただろう。けれど今の彼女が感じたのは、自分の[#傍点]商品価値[#傍点終わり]が幼馴染にも通用してしまったという、皮肉な冷笑だった。


「健人くんは、今の私が好き?」


めぐみは、あえて潤んだ瞳で彼をじっと見つめた。


配信で数万人の男たちを虜にしてきた「Megu」の視線。


「それとも、昔の地味な私の方が良かった?」


「それは……っ」


健人の顔が、一気に真っ赤に染まる。彼はたまらずめぐみの肩を掴んだ。


「どっちもめぐみだろ! でも、お前が誰かに無理やり変えられてるんじゃないかって、このかも心配して――」


「無理やりじゃないよ」


めぐみは、健人の手を優しく、けれど拒絶するように解いた。


「私は、私の意志でこうなってるの。……健人くんには、わからないよ」


その時、めぐみのポケットでスマホが激しくバイブレーションした。


タカシからの業務連絡ではない。配信を待ちわびるファンたちの通知音(コール)が、無機質な振動となって太ももを叩く。


今のめぐみにとって、目の前の初恋の相手よりも、画面の向こう側の五万人の欲望の方が、ずっと重い意味を持っていた。


「……行かなきゃ。配信……じゃなくて、塾の時間が」


「めぐみ!」


立ち去ろうとする彼女の手首を、健人が強く掴み直した。


「……お前、なんか隠してるだろ。その、首の痕だって……」


健人の視線が、カーディガンの隙間から覗くわずかな赤みに集中する。


めぐみは、一瞬だけ「すべてを打ち明けて、助けてもらいたい」という幼い願望に支配されそうになった。けれど、頭をよぎったのは、昨夜タカシに抱かれた時の「女」としての充足感と、モニターに表示された莫大な収益の数字だった。


「……健人くんが、私を子供だと思ってただけだよ」


めぐみは、冷たい微笑みを浮かべた。


それは、配信者「Megu」が得意とする、恥じらいの中に潜ませた冷酷な色気。


「……大人になるって、こういうことだよ。健人くん」


手を振り切り、公園を駆け去るめぐみ。


残された健人は、自分の手のひらに残るめぐみの「知らない香水」の匂いを、ただ呆然と嗅いでいた。


公園の物陰。


二人のやり取りを、このかが震える手でスマホのカメラに収めていた。


彼女の瞳には、親友への情けなどは微塵もなく、ただただ、大好きな健人を汚しためぐみへの、真っ黒な[#傍点]嫉妬[#傍点終わり]が渦巻いていた。


「……めぐみちゃん。あなた、もう終わりだよ」


めぐみの呪文「めぐじゃーにー」。


それは、かつては自分を救うための魔法だった。


けれど今、それは三人をつなぐ最後の糸を断ち切る、死神の鎌(ラスト・ライブ)へと変わろうとしていた。

第7話をお読みいただきありがとうございました!


【次回予告】

第8話:配信衣装の下のガーターベルト

加速するめぐみの露出と美貌。視聴者からの「もっと見せて」という渇望に応えるため、めぐみは健人から貰ったあのガーターベルトを、ついにカメラの前で……。そして、このかの執念深い復讐が幕を開ける。

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