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第6話:髪に艶が出始めた日

その日の朝、図書室の窓から差し込む光の中で、めぐみの髪は異様なほどの輝きを放っていた。


かつては乾燥して毛先が跳ねていた青黒い髪が、今はまるで絹の糸を紡いだように滑らかで、光を吸い込んでは妖しく反射させている。


配信業界のプロデューサー、タカシに連れて行かれた高級サロン。そこで施されたのは、単なるトリートメントではなかった。「Megu」という商品を磨き上げ、大人の男たちを虜にするための加工(デザイン)だ。


「……めぐみちゃん」


不意に、真横から声がした。


このかが、めぐみのすぐ隣に立っていた。いつもの明るい笑顔はない。その瞳は、めぐみの髪、側頭部、そして隠しきれない肌の質感をつぶさに観察していた。


「髪、すごく綺麗。……シャンプー、変えたの?」


「……え、あ……うん。ちょっと、奮発して……」


めぐみは慌てて本を顔に近づける。だが、このかの鼻は、めぐみの体から立ち上がる「高価な匂い」を逃さなかった。学校の廊下には似つかわしくない、重厚で官能的なムスクの残り香。


「……ねぇ、隠さなくていいよ。めぐみちゃん、本当は『誰か』と会ってるんでしょ?」


心臓がドクリと跳ねた。


めぐみは顔を上げた。このかの瞳には、親友を心配する情愛と、それ以上に鋭い[#傍点]女の嫉妬[#傍点終わり]が混ざり合っていた。


「健人くんも言ってたよ。最近のめぐみちゃんは、見てるだけでドキドキするって。……それって、女の子から『女』になったってことだよね」


このかの言葉は、鋭いメスのようにめぐみの胸を切り裂く。


健人が、私を見てドキドキしている。


本来なら、それはめぐみが一生をかけて望んでいたことだった。けれど、そのきっかけが自分の背信(うらぎり)によるものだと知っている今、その言葉は毒にしかならなかった。


「……私、そんなんじゃないよ」


「じゃあ、これは何?」


このかが、自分のスマホの画面を突きつけた。


そこに映っていたのは、SNSでトレンド入りしている「Megu」の最新配信の切り抜き動画だった。


画面の中の「Megu」は、薄暗い部屋で、緑の蝶ネクタイを緩めながらカメラを見つめている。潤んだ瞳。わずかに開いた唇から漏れる吐息。 shadow。そして、首筋に残る、あの赤い痕。


「この痣……めぐみちゃんの首にあるのと、そっくり。……偶然じゃないよね?」


逃げ場はなかった。


図書室の静寂が、めぐみを絞め殺そうとする蛇のように重くのしかかる。


めぐみは震える手で机を掴み、消え入るような声で囁いた。


「……めぐじゃーにー」


「え? 今、なんて……」


「……このかちゃんには、関係ない。私は、私のやり方で……前に進むの。もう、二人に守られてるだけの隅っこ(いばしょ)には戻りたくないの!」


それは、めぐみが初めてこのかに向けた、拒絶の言葉だった。


驚きで硬直するこのかを置き去りにして、めぐみは図書室を飛び出した。


廊下を走るたび、美しく整えられた髪が風になびく。


その艶やかさが、自分と二人の絆を断ち切るナイフのように思えた。


屋上に駆け上がると、スマホが激しく震えていた。タカシからの着信。


『チャンネル登録者数、50万を突破した。おめでとう、Megu。今夜は、もっと特別な「ギフト」を君に用意している』


めぐみは、涙で歪んだ視界で空を見上げた。


空の青さが、自分の髪の色に似て見えた。


成功への階段を一段登るたび、私は誰かを裏切っていく。


健人くん、このかちゃん。


私の髪が綺麗になればなるほど、私たちの心は、もう二度と重ならない場所に離れていくんだね。


めぐみは、屋上のフェンスに寄りかかり、再び「Megu」の微笑みを顔に貼り付けた。


頬が熱い。


それは、隠し事の密事(スリル)ゆえか。それとも、すべてを失う恐怖ゆえか。


彼女にはもう、判別がつかなかった。

第6話をお読みいただきありがとうございました!


【次回予告】

第7話:「ちょっと大人っぽくなった?」(健人・このかの最初の違和感)

このかとの衝突。環境が激変するなか、健人から誘われる「二人だけの放課後」。めぐみは激しく揺れる。けれど、配信の時間リミットは刻一刻と迫っていた。選ぶのは、かつての初恋か、それとも100万人の熱狂か。

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