第2話:秘密のスイッチ(メガネOFF→Megu ON)
第1話をお読みいただきありがとうございます。
変身の熱狂が去った後の、冷たい罪悪感と、忍び寄る「次への誘惑」を描く第2話です。
配信が終わった後の個室トイレ。狭い空間には、めぐみが振り撒いた甘い香水の残香と、スマホから発せられる微かな熱気が充満していた。
画面に表示された「同時視聴者数:5万人」の数字が、ゆっくりと消えていく。
「はぁ……はぁ……っ……」
めぐみは、自分の心臓の音が耳元で鳴り響いているのを感じていた。
配信中の彼女――「Megu」は、カメラに向かって、少しだけ胸元をはだけさせ、潤んだ瞳で「もっと見て……?」と囁いた。その瞬間に溢れかえった、数えきれないほどの賞賛と欲望のコメント。
それらはすべて、クラスの隅で本を読んでいる「隅島めぐみ」には決して向けられることのない熱狂だった。
めぐみは震える手で緑の蝶ネクタイを解き、鏡を見た。
そこには、まだ「Megu」の残影を宿した、潤んだ瞳の自分がいた。頬は上気し、唇は自ら噛んだせいで赤く腫れている。
「……戻らなきゃ」
呪文を逆再生するように、コンタクトを外し、度数の強いメガネをかけ直す。髪を地味にまとめ、香水の匂いを消臭スプレーで強引に抑え込む。
わずか十分の儀式で、美少女「Megu」は消え、再び「隅の住人」が完成した。
個室を出て、夕闇に包まれた廊下を歩く。
校門近くの街灯の下、二つの影が並んで待っていた。
「あ、めぐみ! 遅いぞー」
「ごめんね、めぐみちゃん。用事、長引いちゃった?」
健人とこのかだ。
二人の笑顔を見た瞬間、めぐみの胸の奥で、甘い快感が一気に冷たい罪悪感へと塗り替えられた。
「……う、うん。ちょっと図書室の整理を手伝ってて……」
「相変わらず真面目だな。ほら、暗いから気をつけて帰るぞ」
健人が自然な動作で、めぐみの隣を歩き出す。健人の大きな体から漂う、石鹸とわずかな汗の匂い。それは配信で浴びた、名前も知らない男たちの視線よりも、ずっとずっと「本物」の匂いだった。
「ねぇ、健人くん。……もし私が、全然違う人になったら、どうする?」
「は? なんだよ急に」
「……なんでもない。変なこと聞いちゃった」
めぐみは俯き、自分の太ももをそっと撫でた。
ストッキング越しに、健人から貰ったガーターベルトの金具が、冷たく肌を刺す。
(健人くん、ごめんね。私はもう、君が知っている「めぐみ」じゃないかもしれない……)
その夜。自室に戻っためぐみは、一人でPCの前に座っていた。
今日の配信のアーカイブを確認する。画面の中の「Megu」は、恥じらいを含んだ微笑みを浮かべながら、時折、挑発的な視線をカメラに送っている。
それは、めぐみ自身も驚くほど「女」としての色香を放っていた。
『Meguちゃんの瞳、濡れてて最高』
『もっと大人っぽい衣装も見てみたい』
コメント欄の要求は、日に日にエスカレートしていく。
そして、めぐみのメールボックスには、一通の通知が届いていた。
【件名:今後の活動に関するご提案(株式会社ドリーム配信)】
それは、彼女が足を踏み入れる「業界」からの、最初の招待状だった。
めぐみはゴクリと唾を呑み込んだ。
これをクリックすれば、もう二人のいる日常には戻れないかもしれない。
「……めぐじゃーにー」
暗い部屋の中で、彼女はもう一度呪文を囁いた。
瞳が怪しく光り、口角がわずかに上がる。
第2話をお読みいただきありがとうございました!
【次回予告】
第3話:3人の放課後と、初めての「見守り配信」
学校での日常は変わらないはずだった。しかし、配信の仕事が本格化し、めぐみの生活に「ズレ」が生じ始める。健人とこのかの前で、鳴り止まないスマホの通知。それは、決別へのカウントダウンの始まりだった。




