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第22話:「おかえり」と言えなかった2人

めぐみが去った後の教室には、言葉にできない重苦しい沈黙が、雪のように降り積もっていた。


健人の手の中にある、たった一行の手紙。


『あの夜、君に「[#傍点]おかえり[#傍点終わり]」って言ってほしかった。それだけで、私はMeguを殺せたのに。』


その文字を見た瞬間、健人の視界が激しく歪んだ。


あの日、スタジオの扉を蹴り開けた時。汚れ仕事に手を染めるめぐみを「汚い」と蔑み、正義感に酔いしれてレオを殴った自分。だが、めぐみが求めていたのは、そんな断罪(ただしさ)ではなく、ただの「[#傍点]救い[#傍点終わり]」だったのだ。


「……っ、あああぁ!!」


健人は、喉の奥から絞り出すような咆哮(こえ)を上げ、教室を飛び出した。


「健人くん! 待って! どこ行くの!?」


このかの叫びが背後から聞こえるが、今の健人には届かない。


健人は走った。三年前、めぐみの心の悲鳴を無視して逃げ出した自分を、一秒でも早く追い越すために。


向かったのは、かつての三人の聖域――今はもう立ち入り禁止となり、取り壊しを待つだけの旧校舎の図書室だった。


ギィィ、と不快な音を立てて開いた扉の向こう側。


夕闇が差し込む「隅」の席に、彼女はいた。


三年前の「Megu」ではない。かといって、地味で内気な「隅島めぐみ」 shadow。でもない。


ただ、一人の女性として、静かに窓の外を見つめるめぐみ。


「……めぐみ……っ!!」


健人は、肩で息をしながら彼女に歩み寄った。


「……悪かった。俺、……俺が全部壊したんだ。お前を汚いって言って、逃げて、このかと……っ。お前が一番苦しい時に、俺は……!!」


健人の目から、熱い涙が溢れ出した。


三年間、このかとの関係を続けることで必死に蓋をしてきた罪悪感が、決壊したダムのように溢れ出す。


「……もういいのよ、健人くん」


めぐみは、椅子から立ち上がり、健人の目の前に立った。


彼女の指先が、健人の頬を伝う涙をそっと拭う。その指は驚くほど温かかった。


「あの夜、私は神様になろうとした。でも、なれなかった。……ただの、君に恋する女の子でいたかった。……でもね、健人くん。あなたが私を捨ててくれたから、私は『自分』を愛せるようになったの」


「めぐみ、俺、今さらだけど……っ」


「言わないで」


めぐみは、健人の唇に人差し指を当てた。


「その言葉は、今夜だけはこのかちゃんに取っておいてあげて。……彼女もね、自分を殺してまで、あなたという『居場所』を守ろうとしていたんだから」


図書室の扉が、再び開く。


そこには、肩を震わせ、大粒の涙を流しながら立ち尽くすこのかの姿があった。


「……めぐみちゃん。……ごめんなさい。……私、あなたがいなくなるのを、心のどこかでずっと願ってた。健人くんを独り占めしたくて……あなたの配信のアーカイブを、何度も、何度も、健人くんに見せたの……っ」


このかは、床に泣き崩れた。


めぐみを追い詰めたのは、ネットの群衆でも、プロデューサーのタカシでもない。自分を「親友」と呼んでいた、このかの静かな狂気だった。


めぐみは、泣き崩れるこのかに歩み寄り、その肩を抱きしめた。


「……わかってる。わかっていたわよ、このかちゃん。……私たちはみんな、誰かを裏切って、自分を守るのに必死だったのね」


三年前の、あの地獄のような夜。


もし、誰かが「おかえり」と言えていたら。


もし、誰かが「ごめん」と言えていたら。


けれど、その「[#傍点]もし[#傍点終わり]」は存在しない。


三人は、それぞれの背信を胸に抱いたまま、別々の道を歩むしかないところまで来てしまったのだ。


「……明日、卒業式ね」


めぐみは、窓の外の夜景を見つめながら呟いた。


「私は、明日ここを発つわ。……もう、Meguの呪文(じゅもん)は必要ない。……自分の足で、歩いていくから」


三人の上に、最後の夜が更けていく。


shadow。それは、終わりであり、始まりでもあった。

第22話をお読みいただきありがとうございました!


【次回予告】

第23話:はいしん?!(配信✕背信)――それぞれの「卒業」

卒業式当日。

めぐみは誰にも別れを告げず、校門を後にする。

健人とこのかが選んだ、これからの関係。

shadow。そして、かつての100万人配信者「Megu」が、最後にスマホに残した「非公開動画」の中身とは。

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