第18話:このかの嫉妬と、健人の罪悪感
めぐみの声は、もはやかつての面影を留めていなかった。
配信中の彼女が発する、低く、湿り気を帯びた吐息混じりの言葉。それは登録者数を70万、80万と押し上げる最強の武器となっていたが、学校での彼女をさらに異質な存在へと変えていた。
教室の入り口で、めぐみと健人の視線が一瞬だけ交差する。
健人はとっさに視線を逸らしたが、その指先がわずかに震えているのを、隣にいたこのかは見逃さなかった。
「……健人くん、どうしたの?」
このかが健人の腕に強くしがみつく。その力は、愛情というよりは「獲物を逃さない」という執念に近いものだった。
「……いや、なんでもねえよ。行こうぜ」
健人の声には、隠しきれない疲弊が混じっていた。
毎夜、このかと肌を重ねるたびに、健人の脳裏には「Megu」の配信画面がフラッシュバックする。知らない男たちにその潤んだ瞳を向け、低い声で「壊して」と囁く幼馴染。
彼女を軽蔑し、裏切ったはずなのに、その「毒」は健人の身体に深く回り、消えない[#傍点]罪悪感[#傍点終わり]として彼を蝕んでいた。
放課後。
このかは一人、美術室でキャンバスに向かっていた。
描いているのは、かつての三人の笑顔ではない。
首を絞められ、涙でぐちゃぐちゃになりながらも美しく微笑む、めぐみの姿だった。
「……なんで。なんで、あんなに汚れたのに、まだ健人くんを惹きつけるの?」
このかの筆先が、めぐみの「潤んだ瞳」を真っ黒な絵具で塗り潰す。
このかは気づいていた。健人が抱く罪悪感は、逆説的に「めぐみを忘れられない」という執着の裏返しであることを。自分と結ばれている間も、健人の心の一部は、あの狂乱のライブ配信の闇に囚われているのだ。
一方、めぐみは事務所のスタジオで、タカシに詰め寄られていた。
「Megu、最近の君は良すぎる。だが、このかという女……君の友人が、妙な動きをしているぞ」
「……え?」
タカシが提示したタブレットには、匿名のアカウントから業界関係者にバラ撒かれた、めぐみの「地味な読書少女時代」の写真と、健人との過去の密接な関係を暴露する文章が並んでいた。
「『清純な少女を演じているが、実は幼馴染を寝取られた惨めな女だ』……。この記事のせいで、アンチが急増している。だが、これはチャンスだ。100万人の前で、この[#傍点]惨めな自分[#傍点終わり]をさらけ出せ」
めぐみは、自分の喉を掻き毟った。
このかちゃん。私から健人くんを奪うだけじゃなくて、私のこの唯一の「場所」まで壊したいの?
その夜。めぐみは震える手でカメラを回した。
緑の蝶ネクタイは、もう緩んだまま。頬の赤みは、高熱を帯びたように痛々しい。
「……めぐじゃーにー。……ねぇ、みんな。私、本当はね……最低な女なんだよ。……大好きな人に、捨てられて。親友に、後ろから刺されて。……でも、そんな私を、君たちは愛してくれるんでしょ?」
低い、掠れた声がマイクを通して世界へ拡散される。
数字が狂ったように回る。85万。88万。90万。
配信を見ていた健人は、暗い自室でスマホを握り潰さんばかりに力を込めていた。
画面の中で、ボロボロになりながら、それでも「女」として磨き上げられていくめぐ力。
「……めぐみ……っ!!」
健人は耐えきれず、家を飛び出した。
向かった先は、事務所でも、いつもの公園でもない。
だが、その健人の背中を、雨に濡れながら見つめる影があった。
スケッチブックを抱え、瞳に暗い狂気を宿したこのかだった。
「……逃がさない。健人くんも、めぐみちゃんも。……三人で、ずっと地獄にいようね」
三角関係は、もはや愛などという綺麗な言葉では縛れない、呪いへと変貌していた。
頂点まで、あとわずか。
その瞬間、三人の人生は、取り返しのつかない爆発を迎えようとしていた。
第18話をお読みいただきありがとうございました!
【次回予告】
第19話:100万目前の大型コラボ(最後の「仕事」)
ついに100万人の王手。タカシが用意した最後の大舞台は、かつてめぐみを凌辱したレオとの「公開リベンジ・生放送」。一方、健人とこのかは、その配信が始まるスタジオへと、それぞれの想いを抱えて向かっていた。




