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第17話:登録者70万 めぐみの声が少し低くなる

チャンネル登録者数、70万人。


その数字が積み上がるほどに、めぐみの「変化」は加速していた。


かつての鈴を転がすような、恥じらいを含んだ高い声。それはもう、どこにもない。


今の彼女の声は、どこかハスキーで、深く、湿り気を帯びている。タカシに「大人」として扱われ、夜ごとの配信で絶叫に近い吐息を漏らし続けた喉は、少女の純真さ(ピュア)を失っていた。


「……こんばんは。Meguだよ。……今夜も、私を壊してくれるの?」


マイクをなぞる指先。モニターを見つめる、熱を帯びた潤んだ瞳。


その声を聞いた視聴者たちは『前よりエロい』『大人の女の深みが出た』と熱狂する。だが、それは魂が削れた分だけ、身体が官能に特化した末の無機質な[#傍点]加工[#傍点終わり]の音だった。


月曜日。


めぐみが久しぶりに教室の扉を開けると、そこには耐え難いほどの「甘い匂い」が充満していた。


健人とこのか。


二人の間に流れる空気は、週末を経て、決定的に変わっていた。


「あ、めぐみちゃん。……おはよう」


このかが声をかけてくる。その首元には、めぐみが持っているものと同じブランドの、けれどより鮮やかな赤いキスマークが、隠す気もないかのように堂々と刻まれていた。


このかの瞳には、もはや嫉妬すらない。あるのは、自分が「本物の健人」を手に入れたという、[#傍点]勝者の慈悲[#傍点終わり]だ。


「……おはよう」


めぐみの低くなった声が、教室に響く。


健人は、めぐみの声に一瞬だけ肩を震わせた。だが、すぐに隣のこのかの肩を引き寄せ、めぐみを透明な存在(おもり)として扱った。


「健人くん、今日の部活、終わったらまた私の家に来る?」


「ああ。……飯、楽しみにしてるわ」


そのやり取りを聞きながら、めぐみは自分の席で震えていた。


自分の声は低く濁り、身体は「Megu」として知らない男たちの欲望に磨き上げられている。


一方で、健人はこのかの温もりを知り、真っ当な、けれど残忍な愛の中にいる。


放課後、めぐみは図書室の隅に、一人だけ残っていた。


そこへ、忘れ物を取りに来た健人が現れる。


二人きり。かつての「黄金時代」なら、それだけで幸せだった空間。


「……健人くん」


めぐみは立ち上がり、低い声で彼を呼んだ。


「……私を、そんなに嫌いになった?」


「……嫌いとかじゃねえよ」


健人は足を止めずに答えた。


「……お前のその声。聞くだけで、昨日の配信の……汚ねぇ姿がチラつくんだ。……もう、俺に話しかけるな」


健人が去った後、めぐみは自分の喉を強く締め付けた。


この声がいけないの?


それとも、この艶やかな髪が?


この潤んだ瞳が、君を遠ざけているの?


めぐみは、自分の太ももを捲り上げた。


そこには、健人がくれたあのガーターベルト。


彼女はそれを、震える指でパチン、と弾いた。


「めぐじゃーにー……めぐじゃーにー……」


掠れた、低い呪文。


彼女はそのまま、自分を撮影するためのスマホを取り出した。


今の自分にできるのは、この「絶望」すらも配信のネタにして、数字を稼ぐことだけ。


100万人になれば。100万人になれば、健人くんも、この世界も、私を見返してくれる。


そう信じ込むことでしか、彼女は息を吸うことができなかった。


めぐみの声はさらに低く沈んでいく。


それは、少女が「女」になった証ではなく、心が死んでいく悲鳴(サイレン)だった。

第17話をお読みいただきありがとうございました!


【次回予告】

第18話:このかの嫉妬と、健人の罪悪感

めぐみがカリスマとして孤高の存在になっていく一方で、健人の心には「置き去りにした幼馴染」への微かな、けれど消えない罪悪感が芽生え始める。それに気づいたこのかの愛は、次第に狂気を帯びた執着へと変わっていき……。

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