第16話:「好きだよ」の言葉と、初めての夜
週末の夜。都心の高層マンション、タカシが用意したスタジオの窓から見える景色は、どこまでも冷たく輝いていた。
めぐみは今、カメラの前で「Megu」として君臨している。同時視聴者数は15万人。もはや一つの都市が彼女の一挙手一投足を注視しているに等しい。
「……ねぇ、みんな。今日は……特別だよ」
めぐみの声は、自分でも驚くほど低く、色気を帯びていた。
緑の蝶ネクタイをゆっくりと解き、指先に絡める。瞳は異常なほど潤み、頬は熱を帯びたように赤い。それは、孤独という猛毒が彼女の細胞を焼き尽くしているからだった。
『Meguちゃん、今日マジでヤバい』
『その顔、誰を思い出してるの?』
コメント欄の問いに、めぐみは虚ろな微笑を返した。
(……誰って、決まってる。……私を汚いと言った、あの人だよ)
同じ時刻。
めぐみの部屋から数キロ離れた、健人の家。両親の留守という静寂の中で、健人とこのかは暗い部屋に二人きりでいた。
健人のスマホは、床に投げ捨てられていた。画面には、今まさに最高潮を迎えようとしている「Megu」の狂乱のライブ配信が映し出されている。
音量を絞った画面の中で、めぐみはカメラを健人と見紛うように見つめ、服の裾に手をかけている。
「……見ないで、健人くん」
このかが、健人の視界を遮るように抱きついた。
彼女の体からは、めぐみの香水とは違う、少し酸っぱい、けれど温かな[#傍点]人間[#傍点終わり]の匂いがした。
「……ああ、見ない。もう、見ないよ」
健人は、吐き捨てるように言った。
めぐみへの想いは、もはや愛情ではなく、呪いに変わっていた。自分の名前を叫びながら、全世界にその肢体を晒す幼馴染。その「裏切り」を上書きするために、健人は目の前のこのかを強く抱きしめた。
「……好きだよ、このか」
初めて口にした、嘘ではないはずの言葉。
けれど、その言葉を発した瞬間、健人の脳裏には、図書室で静かに本を読んでいためぐみの、あの儚げな笑顔が一瞬だけフラッシュバックした。
健人はそれを振り払うように、このかの唇を乱暴に塞いだ。
このかは、満足げに喉を鳴らし、健人の首筋に深く爪を立てた。
めぐみの不在を埋めるための、代償としての愛。
二人はそのまま、重なり合うようにベッドへと沈んでいった。
幼馴染という結界は、ここで完全に消失した。
めぐみを置き去りにした、二人の「背信」の夜。
一方、配信スタジオ。
「……めぐじゃーにー」
めぐみは、カメラに向かって絶頂のような表情を作りながら、その呪文を囁いた。
スパチャの嵐。狂乱のコメント。
100万人の熱狂が彼女を包み込む。
けれど、めぐみは知っていた。今、この瞬間に自分の身体を貫いているのは、成功の快感などではない。
(……健人くん、痛いよ。……健人くん、このかちゃん……っ)
配信を終え、カメラが切れた瞬間。
めぐみは床に崩れ落ち、嗚惑を漏らした。
潤んだ瞳から溢れたのは、もはやファンのための涙ではなく、一人の少女がすべてを失った、ただの汚れた涙だった。
その時、スマホが震えた。
タカシからではない。
このかから送られてきたのは、真っ暗な部屋で、二人の手が重なり合っている一枚の写真。
そこには、めぐみが健人に贈ったはずの[#傍点]三人のペアペンダント[#傍点終わり]が、床に捨てられているのが写っていた。
「……あ、あは……っ……」
めぐみの笑い声が、冷たいスタジオに響き渡る。
彼女は、濡れた指で新しい緑の蝶ネクタイを掴み、自分の首を絞めるように強く握りしめた。
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【次回予告】
第17話:登録者70万 めぐみの声が少し低くなる
二人の肉体関係が加速する中、めぐみの「Megu」としてのカリスマ性は神格化されていく。しかし、その声からはかつての可愛らしさが消え、どこか壊れたような響きが混じり始める。学校では、三人の関係を決定づける「ある事件」が起きてしまい……。




