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第10話:瞳が潤む夜

学校の廊下を歩くめぐみの背中に、刺すような視線が突き刺さる。


かつての「空気」のような存在感ではない。それは、好奇の目、あるいは露骨な蔑み(さげすみ)。昨夜のレオとのコラボ動画は、すでに校内の生徒たちのスマホにも届いていた。


「……おはよう、健人くん」


下駄箱の前で、めぐみは震える声で呼びかけた。


だが、健人はめぐみと目が合う寸前、その視線を冷たく逸らした。かつて、吃音の自分を助けてくれた時のあの熱い眼差しは、もうどこにもない。


「……[#傍点]汚ねぇよ[#傍点終わり]」


吐き捨てられた低い一言。


めぐみの心臓が、鋭い氷の破片で貫かれたように凍りついた。


健人の隣には、当然のようにこのかが寄り添っている。このかはめぐみを憐れむような、あるいは勝利を確信したような歪な微笑を浮かべ、健人の腕に自分の腕を絡めた。


「行こう、健人くん。……私たちには、関係ない人だから」


二人の背中が遠ざかっていく。


めぐみはその場に崩れ落ちそうになるのを、必死で堪えた。


(健人くん、違うの……あれは、お仕事で……私は、君がくれたものを、今でも……)


太ももに食い込むガーターベルトの感触だけが、彼女が「隅島めぐみ」であることを証明していた。だが、それを証明する相手は、もう彼女を見てはくれない。


その夜。めぐみは自室で、朦朧とした意識のままカメラの前に座っていた。


プロデューサーのタカシからは『昨日の騒動を逆手に取れ。泣きながら謝罪風の配信をして、同情と欲情を煽るんだ』と指示が出ていた。


めぐみは指示通り、いつもよりさらに薄いメイクを施し、緑の蝶ネクタイを少し歪ませた。


配信開始のボタンを押す。


同時視聴者数は、開始一分で十万人を超えた。


「……こんばんは。Meguだよ……」


画面に映る自分の顔に、めぐみ自身が驚いた。


瞳は赤く腫れ、異様なほど潤んでいる。それは演技ではない。今日一日、健人の拒絶にさらされ続けた本物の絶望(リアル)だった。


『Meguちゃん、本当にレオとやったの?』

『首の跡、隠してないね』

『汚れたMeguちゃんも最高』


荒れるコメント欄。


いつもなら「めぐじゃーにー」の呪文で「Megu」という仮面を被れるはずだった。だが、今のめぐみに、その力は残っていなかった。


「……ねぇ、みんな。……私、どうしたらよかったの?」


ポツリと、台本にない言葉が口から漏れた。


「数字が増えるたびに、髪が綺麗になるたびに、一番大切な人が……遠くなっていくの。……健人くん。健人くん、私を見て……っ」


画面の向こうにいる十万人の見知らぬ男たちではなく、めぐみはたった一人の幼馴染に向けて、なりふり構わず泣き叫んだ。


『健人って誰?』

『放送事故?』

『ガチ恋勢死亡のお知らせ』


パニックに陥るコメント欄。


その時、めぐみのスマホに通知が飛んできた。


配信画面の横に表示されたのは、健人のアカウントではない。


――このかのアカウントが、今の配信を健人といっしょに見ていることを示す[#傍点]視聴中[#傍点終わり]のアイコン。


めぐみは息が止まった。


カメラの向こう側で、健人はこのかに抱きしめられながら、自分のこの無惨な姿を、軽蔑の眼差しで見ているのだ。


「……あ、あはは……っ……」


涙でぐちゃぐちゃの顔のまま、めぐみは狂ったように笑い始めた。


「……めぐじゃーにー。……そうだよ、私はMegu。みんなの、おもちゃだもんね……? 大切な人なんて、最初から……いなかったんだよ」


めぐみは自ら、緑の蝶ネクタイを引きちぎった。


そのまま、カメラを指先でなぞる。潤んだ瞳が、画面いっぱいに映し出される。


その瞳に宿っているのは、もはや恥じらいではない。


すべてを諦め、深い闇に落ちていく「女」の虚無(おわり)だった。


配信は強制的に終了された。


タカシからの怒りの電話が鳴り響くが、めぐみはそれに出ようとしなかった。


暗い部屋の中、彼女は健人から貰ったガーターベルトを指で強く弾いた。


パチン、という乾いた音が、静寂に消えていった。

第10話をお読みいただきありがとうございました!


【次回予告】

第11話:学校を休んだ次の朝の匂い

配信事故から一夜明け、めぐみは学校を欠席する。静まり返った彼女の部屋を訪れたのは、健人ではなく……。そして、めぐみの不在の間、健人とこのかの距離は決定的なものへと変わっていく。

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