050 たどり着いた楽園
「ここは……」
もう何度目かになる同じ言葉を発するマナ。
階段を見つけてからというものの、今まで見たことの無いものばかりだ。
そもそも楽園を見たことがあるわけないので、どこが楽園なのかもわからない。
「家の中? ガーヴァルの巣に似てる……」
四方に窓は無く閉ざされた部屋。
太陽の光は入って来ていないが、代わりに辺りがピカピカと光っているので明るい。
部屋の壁は土とか木ではなく金属であるため、なにか冷たい印象を受ける。部屋の広さはそれなりに広くて教室や会議室ほどの大きさがあり、壁にはシーニャには理解できない線や模様が書かれている。
「ようこそ二人とも。ラボへ」
声のした方へと振り返る二人。
そこにいた女性の発した声は確かに赤バニーお姉さんの声だったが、姿が違う。
眼鏡をかけており、首元くらいまでの長さのウェーブのかかった茶色の髪の毛をした若い女性。黒いブラウスに萌黄色のスラックスを履いており、足首ほどまである白衣を着ている。
スッとシーニャを守るように前に出るマナ。
「かみさまですか?」
マナの背中からシーニャが問いかける。
声が同じなので、同一人物かもしれないと思ったのだ。
「ふふふ、そうよ」
シーニャの考えは正解だったことを返事が告げる。
先ほどまでの奇抜な服装で女性らしさを押し出した体型の美女と比べると、いたって普通の女性。
そんな神様がトントントンと足音を立てながら二人に近づいてくる。
そして二人の目の前までに来ると――
「あぁ、本物のシーニャちゃんとマナちゃんだ……」
二人の周りをグルリと一周回り、二人の体に顔を近づけるとスンスンと匂いを嗅いでみたり、両手で二人の髪の毛をさわさわと撫でてみたり、極めつけには――
「きゃっ!」
「ちょっと!」
お尻を触られた二人。
シーニャは赤くなってるし、マナは自分が触られたことよりもシーニャを触ったことに怒っており、ガルルと今にも噛みつきそうだ。
「ごめんなさいね。二人に会えたんで舞い上がってしまったわ。なにぶん、さっきまでの格好はただの情報体でね。情報体っていうのは幻みたいなものよ。だから目の前で二人に会う事が出来て嬉しいのよ」
「もうシーニャに触らないでください。シーニャはアタシのなんですから」
「あら、可愛いわね。大丈夫よ、私はマナちゃんも大好きだから」
「だめですっ! マナは私のだから!」
今度はシーニャが割って入った。
シーニャはシーニャで嫉妬心が深いのだ。
「ふふふ、知ってるわよ。別に二人の邪魔をしたいわけじゃないのよ。だから取ったりしないわ」
神様の言葉に、ほっと胸をなでおろすシーニャとまだ警戒を解かないマナ。
「あらら、嫌われちゃったかしら」
わざとらしく肩をすくめる仕草をする神様。
「あ、あの、ここは神様の世界なんですか? 神様の世界が楽園なんですか?」
シーニャの質問こそが原点。
二人は楽園に案内されたはずなのだから。
「うーん、ここは私たちが住む世界。だからシーニャちゃんにしたら神様の住む世界であってるかもね。だけどここは楽園じゃないのよ」
「じゃあ楽園は……」
「うーん……悪いけど、今は無いの」
「どういうこと!! 騙したの? シーニャは楽園にたどり着くために必死にここまできたのに!」
「おちついて、マナちゃん。別に騙したわけじゃないのよ。今は、まだ、無いだけ。だって本当にここまでたどり着くとは思っていなかったから」
「どういうことですか?」
「後ろを見て見なさいな」
素直に振り返る二人の後ろ。そこには水槽のような透明な板でできた大きな四角い箱が存在した。
「なんですかこれ、ちっちゃな木とか、あ、ちっちゃなガーヴァルがいっぱいいる!」
中には模型のような木々や山、砂地や川、そして手の平サイズのガーヴァルがいたのだ。
「それがあなた達の世界よ。そして我々がプラウダ、あなたたちの言うところのガーヴァルからファナスを集めるための箱庭でもある。そのように創ったから」
「創った……」
にわかには信じられないが、神様だというなら世界くらい、楽園くらい簡単につくれるのだろう。
「そう。我々にとってファナスは重要なエネルギーなの。それを効率的に取得できるように作り出した世界。ガーヴァルが最も効率的にファナスを生み出すように配置し、体調を管理し、無造作に生み出されたファナスを自動的に回収する。そんな世界であり、箱庭」
「それって、もしかして人間は必要ないんじゃ……」
「そうね。シーニャちゃんは賢いわね。あくまでガーヴァルからファナスを回収するためだけの箱庭。ガーヴァルがいればそれでよく、そこにはあなた達は必要ない」
「だったらどうして! なんで人間を創ったんだ!」
ガーヴァルは人を襲い、殺す。
だから人間たちはガーヴァルから逃れるため、ガーヴァルに襲われないような地下であり木の根であり岩の隙間であり、過酷な地に隠れ住んでいる。
必要のない場所にあえて人間を生み出したと言うのなら、悪意以外の何物でもない。
神様がサラリと答えたため、マナは怒りを露わにしたのだ。
だが、マナの問いかけに対して神様はまたもやサラリと答えを出した。
「暇だったから」
「ひ、暇っ!?」
「そうよ。ガーヴァルを管理するのは暇すぎるの。ガーヴァルの生存を確認しておかなければならないとはいえ、もともと効率的に創られた世界。ガーヴァルは動きも少なくて単調で同じことを何度も何度も繰り返す。それをずっと確認し続けてファナスと共にデータを取る。それはとても無味乾燥なもの。だから、ガーヴァルの生態に影響を与えない程度にあなたたちを創ったわ。そして目的を与えた。記憶に神を刷り込んで、楽園を目指すように……。その姿は退屈な時間を興味深いものに変えてくれたわ」
「巫女たちが死ぬ姿を楽しんでたってことなの?!」
「否定はしないわ。でもここまでたどり着いて欲しいっていうのは本当の気持ちよ。健気な姿を見てると応援したくなるじゃない。何度も何度も何度も、そんな姿を見せてくれたけど、誰もここまではたどり着けなかった。そんな中でもあなたたちは変わった巫女たちだったわ。本当なら開始早々に死んでしまうはずだったのに、そこから怒涛の快進撃。女の子と女の子の二人旅って初めてだったけど、すごく興奮したわ。だからあなた達に手助けをした。手出しをしないというこれまでのルールを曲げてまでね。そこに至るには葛藤があったわ。これまでの方針を変えることと、あなた達の旅が終わってしまうこととの葛藤。私が直接原因を排除するのは簡単よ。でもそれではあなた達の旅が終わってしまうことと同義。だから私が介入することで出る影響をできるだけ限定的なようにしたわ。シーニャちゃんに道具を渡したのは苦肉の策なの。でも、それで終わってしまえばそれはそれでしかたがない。またあなた達のように女の子同士で旅する巫女が誕生してくれるまでの楽しみができるって思ってね。まあ、それは杞憂で、あなたたちは窮地を脱した上に、これまでよりも素敵な光景を見せてくれるようになった。そしてその結果、ようやく初めての巫女がここまでたどり着いてくれた。感慨深いものがあるわ」
「アタシたち人間を何だと思ってるんだ!」
「あら、言ったとおりよ。大切に思っているわよ? だって私が創り出したんだもの」
「だ、だったら今すぐにでもやめてください。みんな苦しんでいるんです! ガーヴァルのいない世界にしてください」
「それはできないわ。ガーヴァルからファナスを取るのが目的なんだもの。それに……この喜びを知ってしまったら、元に戻れるわけなんてないじゃない」
「このっ!」
とうとう頭にきたマナが神様に飛びかかろうとしたが――
「体が動かない……」
まるで固まったかのように振り上げた腕が動かなくなってしまった。
「おやめなさい。セーフティがかかっているから。あなたたちは私に危害を加えることはできないのよ」
「くっ……」
抵抗を止めたマナは自由になった体で神様を睨む。
「経緯はともあれ、私はあなたたちを尊敬しているわ。困難を乗り越えて結ばれたあなたたちを。だから願いは叶えてあげる。すぐにとは行かないけど、楽園を用意してあげるわ」
「楽園を……」
二人の頭の中はもうぐちゃぐちゃ。与えらえる情報量について行けていないのだ。
そんな中――
――ガーッ
ふと、駆動音と共に壁の一部が開き、神様と同じような服装をした男性が現れたのだ。
「何をしているのかね、ヴァリサ君」
「あっ!? ルーボン教授、ど、どうしてラボへ!?」
その男性の姿を見た瞬間、神様は態度を委縮させた。
先ほどまでの尊大な態度はそこには無く、ワタワタと慌てた姿。
「どうしたもこうしたもない。君のビオトープのエネルギーに乱れがあったから見に来てみたら……まさか助手の君がこんなことをしていたとは……。速やかにイレギュラー要素を排除したまえ。予算も無限ではないのだよ」
「あの、教授、その……」
まるで親にしかられている子供。
隠していた悪戯がバレでしまい、なんとか許しを得ようと言い訳を考えているその姿だ。
「君には期待しているんだがな」
「は、はいっ!」
だが、男性は言い訳などさせずに一言で神様を黙らせてしまった。
展開が良く分からないマナとシーニャでも、神様のその姿を見て、力関係を悟ろうというもの。
「さて、電子の藻屑の諸君。君たちは今から消えるが、悪く思うな」
本当に気まぐれだったのだろう。
男はマナとシーニャに声をかけた。男の存在からすると塵芥にも等しい存在に。
現にその目は本当の意味で二人を見てはいない。
「消えるってどういうことさ」
マナはこの男も敵だと認識していた。
それでも神様よりも偉い男だ。ガーヴァルよりもずっと恐ろしい存在に違いない。
そんな存在に対して口を開いたのだ。
どんなに恐ろしくても、どんなに強大でもシーニャに仇を成すのであれば容赦はしない。
そう心に秘めながら。
「文字通りだ」
だが、男は会話を楽しむ気も無く、二人を一瞥して背を向けた。
「さあ、ヴァリサ君。正しい仕事をしたまえ。君のビオトープのデータは取っている。どういう事か分かっているね」
そう言って部屋を、助手であるヴァリサのラボから出ていくルーボン教授。
その背中を見送ることなく、うつむいたままのヴァリサ。
沈黙が場を支配する。
それを破ったのはシーニャの声だった。
「神様! 消えるってどういう事なんですか!」
「……ごめんなさい。私は助手。ルーボン教授には逆らえない……」
ヴァリサはうつむいたままフラフラと壁の方へ歩いていく。
「おい、答えになってないぞ!」
「教授も言ってたとおりよ……。ビオトープの中のデータを正常に戻す。私が退屈しのぎに入れたデータを全部消す……。あなたたちは消えていなくなる……」
「いなくなるだって!? じゃあ何か? 温泉の、ハイゼクレーラの町の人たちも、ファッツさんも、荷物をくれたジャガストのおじさんたちも、みんな消えてしまうっていうのかよ!」
「そうよ。人だけじゃない。町も、歴史も、全てが。その全てが不必要なもの……」
背を向けたまま部屋の壁際にあるコンソールを操作し始めるヴァリサ。
そしてその効果はすぐに表れる。
「マナ、体が!」
「す、すけてる! シーニャも!」
体の色が薄くなり、先が透けて見えている。
「マナっ!」
「シーニャ!」
消えていく。その未知の感覚に恐怖し、その恐怖から逃れようとシーニャはマナへと抱き着く。マナはそんなシーニャを抱き留め、少しでもシーニャを安心させようと、ぎゅっと抱きしめた。
『プログラムロード完了。ビオトープ13の環境値を初期値に戻します。完了まで5、4、3』
機械音声が作業の終了を予告する。
(ごめんね、シーニャちゃん、マナちゃん……。本当は助けてあげたかった……)
『2、1、0。作業完了。ビオトープ内観測データをリセットし、観測を再開します』
かくして ヴァリサによって世界は修正され、先ほどまでこの場所にいて言葉を発していた二人は消えてしまったのだった。
その部屋では ヴァリサの他に何もしゃべるものはいない。
ただ透明な箱の中でガーヴァルと呼ばれたものが、不規則に動き回っているだけ。
全ては創造主の意向の通りに。
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「……ごめんね。私にできるのはこんな事くらい。こっそり持ち込んでいた私物のデータ領域にあなたたちをコピーする事だけ……」
その後、再びラボに沈黙が訪れた。
お読みいただきありがとうございます。




