036 ぎゅっと抱き着いてマナの匂いを嗅いでいたい
宙を舞い、手を伸ばすマナ。
シーニャまでの距離はあとわずか。
もちろんシーニャが手を伸ばしてくれる前提だが。
「っ!」
シーニャは涙に濡れる目で赤毛の少女の姿を見ていた。
必死な顔で、必死に手を伸ばしている姿を。
「マナっ!!」
手を伸ばさない理由は無かった。
もうそこには無くなっていたのだ。
「シーニャっ!」
二人の伸ばした手が、指先が、近づいていく。
それはまるでスローモーションのように、ゆっくりと、少しずつ。
二人の求めに従って、二人の指先の距離が縮まっていく。
あとわずか。
時間にしてコンマ一秒もすれば二人の指先はくっつくだろう。
相対する二人はそれ以上に長い時間を感じていた。
お互いの想いが、これまでの出来事が、頭の中を、胸の中を、うねり、こがし、引き裂き、あたたかく、大きく……。膨れ上がっていたからだ。
そして……、二人の手は結ばれた。
ようやく出会った恋人のように、戦場から戻ってきた夫を迎えるかのように、指と指がからみつき、手の平と手の平が触れ合い、その熱を二度と逃がすまいとしてぎゅっと、握りしめられたのだ。
「マナ……」
「シーニャ……」
二人は空中で両手の指を絡めあう。
「マナ、ごめんね。私も謝らないといけない」
「何を?」
「私はずっとマナのこと愛してた。初めて出会って助けてもらった時からずっと」
「あい?」
「うん。マナの言ってる、大人の好きの事だよ」
「あい、って言うんだ。この気持ち……」
「うん。どろどろで、ぐるぐるで、どうしようもなくなるでしょ?」
「そうだね」
「私はマナみたいに我慢できなかった。マナと手を握りたいし、一緒に寝たいし、ぎゅっと抱き着いてマナの匂いを嗅いでいたい。そんな事をしたらマナに気持ち悪い子だって思われてしまうかもって、思ってたけど、我慢できなかった」
「そうだったんだ」
「にぶちんのマナは私の気持ちにまったく気づいてなかったけどね」
「うっ、だってさ……うん。まあそうだね」
「だから最近マナと距離ができたのは私の気持ちがバレてしまったのかなって思った。自分が悪いからマナが離れちゃったんだって思った。原因は自分にあるけど、マナに触れられないのはとてもつらかった。もう旅なんてできないって思った」
「シーニャ……」
「だから嬉しかった。マナが私の事を好きだって言ってくれたこと。愛してるって言ってくれたこと」
「ごめんねシーニャ。今まで気づいてあげられなくて。私があいに気づいたのは少しだけ前のことだったから。掴まって牢屋に入れられてシーニャと離れ離れになった時、シーニャが他の人と旅をするんじゃないかって思った時に気づいちゃったから。それまでは全くそうは思わなかったのに、あのときにそう思ったんだ」
「うふふ、じゃあ、私の好き好き攻撃は効果があったんだね。巫女の教本で勉強したんだから。『意中の相手が出来たらべったり引っ付いて相手を骨抜きにしましょう』って書いてあったの。骨抜き、の意味はよく分かってないけどね」
「巫女の勉強ってそんな事までするんだ。あたしは勉強自体したことないからなぁ」
「勉強する必要ないよ。だって、もう分かってるでしょ?」
「うん。分かる。だから教えてもらう必要ないね」
「マナ……」
「シーニャ……」
二人はふわりと抱き合うと、目を閉じて……。
そしてゆっくりと唇と唇を触れさせた。
何秒たったのか分からない。
二人にはその時間は無限のようにも感じた。
そしてゆっくりとお互いに唇を放し、目を開ける。
「シーニャの唇、柔らかかった……」
「マナだって……」
「もう一回しよ?」
「ふふ、マナは欲張りなんだね」
「欲張りってなにさ、シーニャだってしたいくせに」
「うん、したい。もっとしたい。ずっとしていたい。だけど……それは後だよ」
「そうだね。うん。後で何回もしようね。約束だよ」
お互いの気持ちを伝えあって結ばれた二人。
その二人を邪魔するかのようにガーヴァルが迫ってくる。
二人が結ばれたことと命の危険が迫っていることは関係がないのだ。
思い出して欲しい。
罠にはまって不思議な力で空中に囚われたシーニャを助けるために、マナは柱の上から跳んだ。
その結果、手は届いてシーニャとマナは一つになったが、マナの手はシーニャを不思議な力から引っ張り出すまでには至らず、今も二人してフワフワと宙に浮いている状態。
迫ってくるガーヴァル。
いろいろな形の物体が宙に浮いているためガーヴァルの視線は通らず、体が爆発するのは防げている。
そのためガーヴァルは、近づいての触手による打殺を狙っているのだろう。
動けもせずフワフワと浮いている状態は格好の的となる。そのための空中捕獲装置なのだ。
「とにかくここから逃げないと」
「でも、動かないよ」
体は動く。手も足も自由に動く。だけど移動できない。
地面を蹴るように宙を蹴ることが出来ないからだ。足はスカスカと空気を蹴っている。
「そうだ!」
マナは思いついた。
すぐに両手をシーニャと繋ぎ、シーニャの体をぐるりと回すために力を入れる。
「なに? マナ?」
不思議な力によって浮いているため、軽く力をいれるだけで、遠心力によりシーニャの体が移動する。
「動くよ。シーニャ」
自らの体もその回転運動に加わって、両手をつないだ中心を軸にグルグルと足先まで回転し始める。
マナの目論見は成功した。
二人がつないでいる手が中心。そこから足までピンと伸びて体は一直線。
回転するコマのように、さながら宙をを舞うフライングディスクのように、二人は回っている。
だけど移動スピードが速いわけじゃない。ほとんどその場で回転しているだけ。
こんな調子では迫るガーヴァルから逃げ切れるわけがない。
ガーヴァルはもうそこまで来てるのだから。
「マナっ! ガーヴァルが!」
(分かってる。見られても爆発しないのは、もしかして不思議な力のせいなのかも。理由はともかく、爆発しないとしたら、直接触手が来る!)
黒く巨大なガーヴァルの体から二本の触手が生える。
宙に浮いた哀れで愚かな人間を叩き殺すために。
(こうなったら!)
「シーニャ。アタシのこと信じてくれる?」
「えっ?」
「生き延びよう。二人で」
「うん。信じてる。マナの事信じてる。出会った時からずっと」
それ以上の言葉は必要なかった。
お読みいただきありがとうございます。
前回と同じく細かいことは申しません。
とりあえず、間に挟まろうとするガーヴァルは許されない。




