034 ガーヴァルの巣
ガーヴァルの巣。
人類の天敵であるガーヴァルがその場所によくいることからそう呼ばれているが、人間のようにそこに住んでいるのかどうかは定かではない。
そもそもガーヴァルに休息が必要かどうか、睡眠が必要かどうかすら人類は知らないのだから……。
◆◆◆
その場所は川岸の温泉の町ハイゼクレーラから西に3時間ほど歩いた場所にあった。
木々が生い茂る深い森の中。二人は大木の影からそれを見上げていた。
「あれがガーヴァルの巣……」
「首が痛くなっちゃう」
二人が空へと向ける視線の先。
そこにはなんと形容したらよいのか分からない奇妙な物体が浮遊していた。
この世界の人間の町ではあまり目にしない完全な四角の巨大な物体。それも木材ではなく金属質。太陽の光を浴びて鈍く黒光りするその物体は、そこにあるのがさも当然であるかのように空中に鎮座している。
通常のガーヴァルの大きさから推察すると10体でも20体でも入れそうな巨大な構造物。
マナ達は知らないことだが、すべてのガーヴァルの巣がこのように巨大というわけではない。1体が入ると体がはみ出す大きさのものから今彼女たちの頭上にあるものまで、ガーヴァルの個性でその大きさも形も構造も違うのだ。
共通なのは巣一つにつきガーヴァルは一体だけ。縄張り意識の強いガーヴァルは自分の周囲に他のガーヴァルの存在を許さない。それは巣の中でも言える。そのため、ガーヴァルが巣に居なければ巣に入り放題。もちろん巣にガーヴァルがいれば侵入者に待っているのは死だけだが。
「木に登ってフックをひっかけて上から入ろう」
「ファッツさんが作ってくれたやつだね」
出発する際にファッツから侵入用の道具を渡されていた。火薬の力で筒の中からフック付きロープを射出するものだ。
完全な正方形であるここのガーヴァルの巣は下からも横からも入ることが出来ない。上に入口があるのかは定かではないが、底にも側面にも穴どころか引っかかりさえないのであれば上から入らざるを得ない。
パシュンという音を立てて、マナの抱えた筒がフックを打ち出す。
巣の頂上までは目測で100mくらい。素人であればフックをひっかけることも難しいが、マナは初見でも器用にそのミッションをこなして、フックを巣の屋根にひっかけた。
「アタシが先に行くね。何かあったらすぐに知らせるから」
そう言うと、ぐっぐっとロープを引っ張って手ごたえを確認して、ロープを登って行く。
もし今ガーヴァルが外にいて、この巣に戻ってきたのなら丸見えだ。身動きの取れない空中で殴打されて死ぬだろう。
それを避けるのに今できることは一秒でも早く上まで登り切ること。
マナは無心になってそれを実行する。
「ちょう、じょう!」
幸いなことにガーヴァルはやってこず、巣の頂上に手をかけたマナはその上に登り切った。
「何もない……」
巣の上は予想通り真っ平だった。突起があったりはせず、継ぎ目のない金属板が一面を覆っていた。
ただ一か所、中央部部がぽっかりと開いている事を除けば。
周囲に気を配りながら中央の穴に近づくマナ。
「ここから入れそう。中にガーヴァルがいるかどうかは……、分からないか……」
侵入経路になりそうなことが分かったので、フック付きロープの場所に戻って、シーニャを登ってこさせる。
シーニャの体力がそれほどでは無いとはいえ、ここは頑張って登ってもらわなくてはならない。
ロープを引っ張ってシーニャの体重を持ち上げることが出来る程、マナは力持ちではない。
自分の時以上に気を張り詰めて周囲を警戒して、しばらくのこと。
「やっとついたぁ」
シーニャが天井へと手をかけた。
その時、マナは葛藤していた。
(シーニャの手を取って引っ張り上げるべきだ。でも……)
手を握るのが恥ずかしい。
その葛藤から手を差し出すことをためらって、結果、周囲を警戒することを装って手を取らなくても済む状況と理由を作ってしまった。
(仕方ないよね。だってガーヴァルを警戒しないといけないんだから。だから、仕方ない)
そんな思いに蓋をしながら、体は中央に開いた穴へと向かう。
天井に登ることがゴールではないのだ。
「入れそう?」
「うわあっ!」
下に降りるために中央部の穴を覗き込んでいたマナだったが、シーニャが真横に寄ってきたもんだから、大げさなほどに驚いてしまった。
「もうっ! 驚きすぎだよ」
「ご、ごめん。集中してたから」
言い訳を紡ぎ出したが、もちろんそれはウソ。集中していたのもあるが。無警戒にシーニャが近づいてきたことに反応してしまったのだ。
(ダメだ、集中しろ! こんな調子じゃシーニャにも迷惑をかける)
改めて気を取り直して、別のフック付きロープをひっかけて、スルスルと巣の中へと降りていく。
「これが……ガーヴァルの巣……」
よくわからなかった。
正直な所、マナには何一つ理解ができなかったのだ。
不思議な内部の様子。床からは金属質の四角柱が不規則に突き出している。それは大きさも高さもバラバラ。
巣の側面とも合わせて、なにやら虹色の光のラインがいくつも構造物内に走っている。
目がチカチカする程だ。
「不思議だねぇ」
(えっ!?)
頭上からシーニャの声が聞こえた。
マナが床に降りるまでは天井の上で待っているはずのシーニャの声が。
「うわあっ! ちょ、ちょっとシーニャ、なんで降りて来てるのさ!」
とっさに真上を向いたマナは、すぐにシーニャから視線を外した。
(なんで? なんで? シーニャ!?)
頭の中がシーニャでいっぱいになったマナ。
ガーヴァルの危険とかはどこかに飛び去ってしまって、シーニャ一色。
(シーニャ!?、え、あ、シーニャ!?)
というのも、シーニャが一緒にロープを伝って降りて来ている中でマナが上を向いたらどうなるのか。
答えは簡単。シーニャのスカートの中が見えます。
マナはスカートの中を直視しないように、というか、それを見るのが恥ずかしすぎて視線を逸らしたのだ。
視線を逸らした効果はいまひとつで、僅か一瞬の衝撃はマナには効果はばつぐんであったのは言うまでも無い。
そんな中、ふと我に返ったマナは、ブルンブルンと頭を振って煩悩を追い出すと、もう一度口を開く。
「上で待っててって言ったのに」
「私もマナと一緒に行く。さっき待ってて心細かったし……」
「シーニャ……」
安全確認のためと思って先に行ったのだが、待つ方は待つ方で危険がある。
もう降りて来てしまってるのだし、今さら戻れともいえない。
その分は自分がフォローすればいいと、マナはシーニャの行動を受け入れることにした。
スタッと床に着地するマナ。
すぐに周囲を見回す。降りてくる際に上からも確認しているが、近くにガーヴァルはいないようだ。
ほっと胸をなでおろしたところに、シーニャも床へと到着する。
「虹の雫ありそう?」
「うーん、どこにあるんだろう。これだけ周りがピカピカ光ってると見つけにくいね」
虹の雫は七色に光る。普通なら見つけるのは簡単だが、巣の内部はいろいろな光が付いたり消えたりしている。これでは珍しい七色に光る液体と言えども周囲に溶け込んでしまう。
とりあえずは散策するしかない。
二人は手近な柱の陰まで走ると、実を隠すようにして辺りを歩き始めた。
「迷っちゃいそう」
「一応記憶はしてるけど、何か目印とか置いてくればよかったね」
規則性が無くごちゃごちゃに乱立する柱。
どういう意味があるのか宙に浮いている正方形。
ここはガーヴァルの巣であって、人間が歩いて進むための場所ではない。
「あっ、マナ、あれ虹の雫じゃない?」
シーニャがテーブルのように突き出した突起の上にある物体を見つけた。
それは球状の透明な入れ物の中に入っている虹色の液体。
一度見たことがあるのでわかる。虹の雫に間違いない。
「やったねマナ!」
「ちょっと、シーニャ待って! 怪しすぎるよ!」
走り出したシーニャを呼び止める。
虹の雫がどういった形や状態でガーヴァルの巣にあるのかは知らない。もしかしてこれが普通なのかもしれない。
だがマナは高価な虹の雫がこれ見よがしに置かれているのに警戒した。
ゆっくりと近づきながら罠かどうかを調べる。
「もしかしてガーヴァルは人間たちが虹の雫を狙ってやってくることを知ってるのかも」
「それって、わざと見えるところに置いてるっていうこと?」
「そうそう。ガーヴァルが何を考えてるのかなんてわからないけど、人間を殺す事には長けてる」
「そう言われたら怪しく見えてきたなぁ」
「うん。ここにあるのが本物なら、別の場所に虹の雫を貯めてる可能性が高い。この前教えてもらった魚釣りっていうのと同じ。これが餌で、餌をまとめてある場所が別にあるっていうこと。だから別の所を探そう」
「わかった」
罠に触らないように、視線を逸らした時に急に何かが発動しないように、罠の虹の雫をじっと見ながら横を通り過ぎて行く。
――カチッ
「わあっ!」
「シーニャっ!」
何かを踏んで音がした。
そう思ったら、シーニャの体がふわりと浮かび上がって行く。
「マナっ!」
体が浮いて上がっていくシーニャは慌ててマナへと手を伸ばす。
もちろんマナもシーニャを捕まえようと手を伸ばしたが……一瞬、ピクリと手が止まってしまう。
それはほんの一瞬の事。
それは無意識のうちに引き起こされた刹那の時。
「シーニャっ!」
マナはその手を無理やり伸ばしたものの……止まった一瞬の差は大きく、シーニャの手に触れることも無くマナの手は空を切った。
「マナァァァァァァァ!」
「シーニャっ! しぃぃぃにゃぁぁぁぁぁぁ!」
重力に逆らって宙へと浮かんでいくシーニャ。
それはガーヴァルの罠。目立つ罠をおとりにした二重の罠。
侵入者を宙に浮かばせて拘束するものだった。
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