033 パラディースシフ 後編
「川の上もある程度の距離までは湯気が吹き出してるんだ。だからガーヴァルは入ってこない……。だけどその時は違った……。こぎ出した小舟がある程度進んで小さくなった辺りで、ぶあっと湯気が揺れ動いたかと思うと、現れたんだ。ガーヴァルが……」
「っ!」
マナは息を飲んだ。
「どうしてガーヴァルが湯気の中まで入ってきたのかはわからない。だけど現れてしまった。ガーヴァルは触手を振り上げてエリネリベルト様を狙ったんだ。その瞬間、一条の強い光がエリネリベルト様から放たれて、それがガーヴァルに当たったように見えた。だけど、ガーヴァルの触手も振り下ろされていて……。よくは見えなかったけど、船の破片が飛び散って……沈んでいった……」
「お母さんは……そこで死んだんですね……」
シーニャは母が死んだことを知っている。
先代の巫女が死んだからこそ、巫女の証が体に浮かび上がってきて、自分が巫女となったからだ。
とはいえどこで死んだのか、どのように死んだのかは知らなかった。
「シーニャ……」
話し始めは明るい話だったはずが、いつのまにか重い話に変わった。
マナ自身もそう感じているのだから、当人であるシーニャは想像もできないほどにつらいはずだ。
そう思うとマナは無意識のうちにシーニャの頭を抱き寄せて、胸にすっぽりとうずめて、頭を優しくなでていた。
「ありがとうマナ。でも薄々気づいていたから大丈夫だよ。この近くに来た巫女が一人だけだったことも。その巫女のルートが川の途中で途切れてたこともさっき見たから……」
マナの胸に顔をうずめるシーニャから小さく声が聞こえた。
「ごめんねシーニャちゃん。悲しい思いをさせて」
「いえ、ファッツさんだって悲しいはずです……。それに、教えてくれてありがとうございました。お母さんの最後を知る事が出来てよかったです」
「シーニャちゃん……」
強がりを言っている、とファッツは感じた。
「だからこそ、私は……」
でもそれは間違いだった。
「だからこそ、お母さんの後を継いで楽園に行かないといけないんです!」
顔を上げたシーニャは強い目をしながらそう言い放った。
「……そっか」
その様子を見て、ファッツは目を閉じる。
「シーニャちゃんのその目、あの日のエリネリベルト様とよく似てる……。親子なんだね」
「はい」
「分かった……。私はね、あの日からずっと後悔してる。私に力があれば、私に左足があれば、って。そうやって、ずっと……。
シーニャちゃんも巫女なんでしょ? 楽園を目指す旅をしてるんでしょ?」
「はい。私を止めますか?」
「いや、その目を見たらそんな事言えないよ。それに、後悔してるから阻止するっていうわけじゃない。後悔してきたからこそ、やってきたんだ」
(二人とも同じ目をしてる)
マナはそう思った。シーニャもファッツも、何か強い思いを宿した目をしているのだ。
「私はあの時後悔した。だから知識を磨いた。体が動かなくてもできる事をやろうと決めてね。これもその過程で作ったものさ」
癖なのか、左足の義足を小突くファッツ。
「そして完成させた。二人とも、来てくれるかな」
ファッツはそう言って立ち上がると、隣の部屋へと向かった。
後を追うようにマナとシーニャもその部屋へと足を踏み入れる。
「これは……!」
「ああ、船さ! 人力じゃない。圧倒的なパワーで進む動力機関を搭載した鉄船! その名もパラディースシフ! この大河を超えて楽園まで導く船さ!」
「すごいねマナ! これで川を渡れるよ!」
「うん、すごい……」
何かわからないけどすごさだけは感じる。船を見たことも、乗ったこともないマナにはこの船がどれだけすごいのかは想像し難いが、二人の反応から何かが凄いんだということは伝わってきた。
「すごいだろ! この10年の集大成さ! だけど問題が……」
「完成したって言ってましたけど、実は完成してないんですか?」
「いや、このパラディースシフはもう完成している。いつでも動き出すことができる。燃料があれば……」
「燃料って? 何かが足りないんですか?」
「そうさ。この船はオールで漕いで動かすものじゃなく、自分で進む船だ。だけどそのためには船を動かす燃料が必要だ」
「燃料っていうと、薪とかですか?」
マナにはさっぱりわからないが、燃料の事を知っているシーニャはそう返す。
「薪じゃだめなんだ。この船が必要とする燃料はただ一つ。虹の雫さ」
「虹の雫っ!?」
ようやくマナにもイメージが湧いてきた。
虹の雫を使って火をつけたランタンはずっと燃え続ける。そんな不思議パワーをつかってこの船というものは進むのだと。
「そうさ。動くことは実証済みさ。なんせ町の虹の雫をちょっと拝借してテストをしているからね。そのあとめちゃくちゃ怒られたけど」
げんなりした風にため息をつくファッツ。
虹の雫はいろいろとすごい力を発揮するが貴重なものだ。たとえ一滴でも何年も肥沃な大地を作りだすことが出来るくらいに。
軽い感じで言っているが、縛り首になってもおかしくない行為だ。
「もうこの町に虹の雫は無い。だからどこかから調達する必要があるんだけど……」
「それは問題ですね」
「もちろん買うお金もない。このパラディースシフを作るのにつぎ込んだからね! 二人はお金持ってる?」
「いえ、そんなには。でも、虹の雫が必要だってわかってたら、売らずに残しといたのにね」
「そうだね。まあ今言っても仕方ないよ」
「えっ!? 虹の雫持ってたの?」
「はい。二人で飲んで、余ったのは売りました」
「そうなんだ!? だったら……可能性はあるかも」
「可能性? なんとかなるんですか?」
「まあ、その、危険な方法だけどね。虹の雫はガーヴァルの巣にあるって言われてる。幸か不幸かこの町の近くにガーヴァルの巣があるんだ。そこに忍び込んで入手するのさ」
「ガーヴァルの巣に……」
二人が飲んだ虹の雫は偶然手に入れたもの。
だけどファッツはそれを二人が実力で手に入れたと勘違いしたため、危険な提案をしてきたのだ。
ガーヴァルの巣に行くのは自殺行為。
無論マナだって分かっている。実際に行こうとして、そして叔父は死んだのだから。
「行こう、マナ! 虹の雫を手に入れて、この船で川を渡ろう!」
「えっ、うん」
やたらと前のめりなシーニャ。母の話を聞いて高ぶっていることもあるだろう。マナだっていくらかは高ぶっており、シーニャと同じ意見ではあるが、自分以上に高ぶっているシーニャを見ると、冷静にならなくてはいけないという思いが働く。
反射的に返事をしてしまったとはいえ、ガーヴァルの巣に行く危険度は検討するべきだ。
だけど――
「そうだねシーニャ。行こう!」
マナはもう一度口を開いていた。
シーニャは危なっかしい。なのに芯が強くて頑固なところもある。その分自分が冷静にサポートしていかなくては。自分はシーニャの相棒なのだから。と、マナは気持ちを新たにする。
こうして二人は大河を超えるため。ファッツが作り出した機械の船、パラディースシフを動かすため。燃料である虹の雫をガーヴァルの巣に探しに行くことになったのだった。
お読みいただきありがとうございます。
シーニャのお母さんのお話。そしてパラディースシフ。
とてもファンタジーっぽい展開が続いていて、ガールズラブはどこに行った、という感じですが、そういうときもありますね!
さあ、次回はイチャイチャするのかどうか。お楽しみに!




