031 マナの弱点
(どうしよう……ここを渡らないといけないなんて……)
横目に見えるのは向こう岸が見えないほど大きな川。
その川に行く手を阻まれているため、どうにかできないかと考えているところなのだが、その解決策はさっぱり思いつかない。
(無理だよ、無理! 先も見えないし、どれだけ深いのかもわからない!)
マナは内心かなり焦っていた。
ガーヴァルに見つかった時も、ホラの町がガスに覆われてしまった時も危険で焦る状態ではあったが、今はそれ以上に焦っていた。
これまでの道中にも川は何本もあり、目の前の大河程ではないが大きな川だって超えてきた。
経験したことのある事ならそれほど焦る必要は無いはずだ。
だけど――
(アタシ、泳げないのにっ!!!!)
その一言に尽きる。
地中にあるホラの町育ちのマナには泳いだ経験がない。町の水源は川ではなく井戸であり、なおかつ豊富に水があるわけではなかった。そのため泳ぐと言う行為をしたことがなかったのだ。
逆にシーニャは泳ぎが得意だった。出身地のイングレッソはそれなりの量の水が流れており、巫女修行でみっちりと叩き込まれたからだ。
これまでそんな状態で大きな川にぶち当たったらどうしてきたのか。
実はマナがシーニャに抱き着いて運んでもらっていたのだ。
(無理無理無理! シーニャに抱き着くなんて無理!)
何が無理なのか。これまでやってきたんだろ、と突っ込みたいところである。
(だってさ、シーニャの事が大人の好きって解っちゃったんだよ!? シーニャの顔だって正面からしっかりと見れなくなってるのに!)
シーニャへの恋心を自覚してから、マナの行動はぎこちなくなっていた。
つい先ほどだってそうだ。
シーニャが手をつなごうとして手を差し出してきたのだが、そのアクションに一瞬たじろいだあげく、関係ない事を口にして、その手を見なかったことにして、そのまま進みだしたのだ。
本人はうまくごまかせたと思っているようだが、シーニャはその変化を敏感に受け取っている。
それを知ってか知らずか、大きく横たわる問題に頭を悩ませているのだ。
(泳ぎの練習をする? 無理無理無理! 前にやったのを忘れたの? あの才能のなさは絶望的だ。練習してもうまくなるとは思えない。それ以前に、練習になったらシーニャに触れちゃうから!!)
ああでもないこうでもないと頭を悩ませ続けるマナ。
(練習もだめ、だからって抱き着いて行くなんて……シーニャの首に手を回して、背中に引っ付くように……シーニャの背中はすべすべで……シーニャの顔も近くにあって……ああっ!!)
そんなことになったら心臓の鼓動が激しくなりすぎて、密着している自分の胸からシーニャに伝わってしまう。それで自分の恋心がバレてしまう。
(それはだめ! 絶対に! あたしはシーニャが楽園にたどり着く手伝いをしてるんだ。あたしがシーニャにそんな思いを持ってるって知ったら楽園に行く邪魔をしちゃう。それだけは絶対にだめ!)
シーニャへの恋心を知られてしまうと、きっと今までどおりとは行かないことは想像するに容易い。それが旅の足枷となってしまうのなら言語道断だ。
そういう訳でシーニャへの思いを隠し通すことに決めたのだが、マナ自身にもこの気持ちが十分に理解できておらず、内から溢れ出る大きな想いを制御できないので、ずっとこんなことを考えているのだ。
「マナ、ねえ、マナったら!」
「ひゃあっ! な、なに?」
そんな思考をぶった切るかのように、相棒であり好きピのシーニャの声が聞こえてきた。
「もう、何回も呼んだのに、気づいてくれないんだから」
「ごめんごめん。どうやって渡ればいいのか考えてて」
間違ってはいない。川を渡る方法が脱線に脱線を重ねてグルグルしていただけだ。
「もうっ!」
たれ目の可愛い顔でプリプリと怒るシーニャ。
(あーーーっ! 顔、見れないっ!)
溢れ出す想いと気恥ずかしさから顔を逸らしてしまうマナ。
「もう、マナ! 反省してないでしょ。こっちを見なさい」
「い、いやっ、反省してるよ、本当に」
首を背けた方向に回り込まれたため、さらに逆方向にと首を向け変える。
「してない。だって目を見てないもの。悪いと思ったらちゃんと目を見てあやまらないとだめなんだからね」
正論を放り込んできた。
だからといってそんなことが出来るはずもないマナ。
「あっと、そ、それで、何? 何かあったの?」
露骨な話題転換を仕掛ける。
「あ、そうなの。あれ見て、あれ」
たいして怒っていないのか、すぐに話題転換に乗ってくれたシーニャ。
彼女がアレアレと指さした先。そこはもくもくと白い煙が立ち上っていた。
「煙? いや、湯気、なの?」
「どっちなのかは分からないけど、一面真っ白だよ」
確かに川岸が広範囲にわたって白い煙に覆われていて、その先を見通すことはできなくなっている。そしてその煙りは川の上にも伸びていて、川の流れを覆い隠している。
「行ってみる?」
「そうだね」
川を渡るヒントになるかもしれない。
全力で走ればいつでもそばの森に飛び込めるとはいえ、今歩いている川岸は見通しが良いためガーヴァルに見つかれば格好の的になってしまう。
煙があるなら身を隠すこともできるだろう。
そうして歩を進める二人。
煙に近づくにつれて、だんだんと視界が悪くなっていった。
「すごいねマナ。真っ白だよ」
「これ煙じゃないね。吸っても苦しくない。でもなんか匂いが……」
匂いはともかく、何かが燃えて発生しているわけではないようだ。
それに、完全に視界が塞がれているというわけではなく、手で仰いでやればふわりと白いもやが移動して、先の様子が見える程度だ。
「あっ、ねえマナ、あれ、家じゃない?」
「本当だ。もしかして町があるのかな」
さらに少し歩を進めると、白いもやの中にいくつもの建物が現れた。
「このもやの中に隠れ住んでいるんだ……」
家があるということは、このもやはずっと長い間存在しているという事。もやが無くなればガーヴァルに見つかって家ごと破壊されてしまうからだ。
つまり地上なのに家があって町があるのは、白いもやがガーヴァルから守ってくれている証拠なのだ。
「エリネリベルト様!?」
突然横から大きな声が聞こえてきた。
何事かと、二人はそちらへ視線を向ける。
「やっぱり、エリネリベルト様だっ!」
頭巾のようなフードをかぶって分厚いメガネをかけた大人の女性だ。
その女性が、ガチャリガチャリと音を立てて近づいてくる。
その音の正体は彼女の左足にある。
音の出どころには金属でできた義足が装着されているのだ。
「エリネリベルト様! 私です、ファッツです!」
そして、シーニャを見下ろすようにして女性は自分の名前を名乗った。
お読みいただきありがとうございます。
マナ、実は泳げなかったんです。
海? なんのことですかね。
さてさて、大きな河と白いもや、そして謎の女性。
どうつながっていくのか。次回をお楽しみに!




