029 第3章エピローグ 後編
「ていう親切なお姉さんだったの」
シーニャが赤バニーお姉さんに会った時の出来事を語り終える。
「えっ!?」
マナはシーニャの話を又聞きしているだけなので詳細な情報は分からない。
ただ、話を聞くだけで胡散臭さが伝わってくる。
何の見返りも無くあんな玉をくれるなんて怪しい。裕福とは言えないホラ町の、裕福とは言えない家で育ってきたマナには理解が難しかった。
「大丈夫なの? 【巫女の鏡】壊れてたりしない?」
玉もそうだが、【巫女の鏡】がマナの場所を指し示したという事も、にわかには信じられないマナ。
だけど、結果として方向音痴であるシーニャがマナの元にたどり着いたというのなら、その効果は信じざるを得ない。
「うーん、さっきすごい光ったから、確かに心配……」
シーニャは【巫女の鏡】を取り出そうと襟元に手をかける。
「!?」
その行動にマナの心はドキリと揺れた。
【巫女の鏡】はシーニャが走る際にぶらぶら揺れないようにブレザーのような上着と肌着の間に入れている。
それを取り出そうとするシーニャの動きは必然的に首元を露出させるものであって……いつも見ているはずなのだが、シーニャへの恋心を自覚してしまったマナはその姿にドギマギしているのだ。
「うん、特に変わったところも無いよ」
そんなマナの様子には気づかずに、スルリと【巫女の鏡】を取り出して、カパッとふたを開けて、光る地図を表示させるシーニャ。
ちょいちょいと突起部分を押すと表示が大きくなったり小さくなったりするのだが、その動作確認もしてみた上で、変なところが無いことを結論付けた。
「マナ?」
「な、なんでもない!」
目を大きく開いたままの顔で固まっているマナにシーニャが声をかけた図。
シーニャは、マナから聞いたのに当のマナがまったく反応がないことに首をかしげていて。
マナはマナで地図の様子など見ずに淡いピンクの妄想に取りつかれていたものだから、急に声をかけられてビクリとして過剰な反応を示したのだ。
(ま、まあ、怪しいお姉さんには違いないけど、そのおかげであたしが助かったんだからいいか)
邪な思いとお姉さんを怪しむ思いとが交錯する中、マナはそのように結論付けることにした。
――ザァァァァ
入り込んだ洞窟の外から雨の降り始めた音が聞こえてきた。
「雨かぁ。これじゃあ今日はもう先には進めないね」
雨は視界を悪くしてガーヴァルの目をごまかしてくれる。
雨だからといってガーヴァルが地上をうろつかなくなることは無いのだが、その目の探索能力は落ちているのだ。
だから雨の時こそ進み時ではあるが、それは雨具を持っている前提の場合。
マナがザスロー一味に捕まる前の事、二人はガーヴァルに追われてジャガストでもらった旅用具一式を捨ててきたのを忘れてはいけない。
「雨ガッパがあれば良かったんだけどね。このまえ置いてきちゃったし」
「食べる必要が無いから食べ物は無くてもいいんだけど、生活品が無いと不便だなぁ」
「今日はもう進めないから、早いけど寝ようよ」
「そうだねぇ。明日に備えて寝ようか」
「うん!」
そんなに寝るのが嬉しいのか、という程の笑顔の返事をしてくれるシーニャ。
「寝るのがそんなに嬉しいの?」
もしかして、笑顔で喜ぶほどに疲れていたのかもしれない。
自分とシーニャの体力は違うのだ。それに気づいてあげられなかったのは反省しなくては。
そう思っていたマナだが、彼女はすっかりと忘れてしまっていたのだ。
「そうだよ。さっき約束したからね。えへへ」
「約束……」
(約束。つまりは人と人とが合意する必要がある。この場合で言うと一人がシーニャだから、もう一人は必然的にアタシとなる。つまりシーニャと何かの約束をしたことを示している……。…………。)
「あ、あああ、あああああ」
どうやら思い出したようだ。
牢屋から助け出された後、違う人と一緒に旅をしろなどと酷いことを言った反省のお詫びに、一緒に寝ると約束したことを。
「じゃあマナ、約束どおり」
すすす、とシーニャがマナに近づいていく。
「え、あ、その、あの!」
尻を付けて座ったままの状態で、ずりずりと少しずつ後ずさっていくマナ。
「ちょっとマナ、なんで逃げるの? 約束なんだよ?」
むくれた顔をして近づいて行くシーニャ。
「も、もちろん、約束だけどさ、その、準備が」
「準備ってなによぅ。布団も無いんだから、くっ付いて寝るしかないじゃないの」
「いや、そうだけどさ、掴まってる間に水浴びとかできなかったし……」
「一日くらい大丈夫だよ。私だって水浴びしてないからおあいこ」
押しが強い。
「あっ!」
ずりずりと、背後に逃げるなか、背中に何か当たった。
洞窟の壁ではなく、その正体は大きなカバン。
「えっ? これ、アタシたちの荷物だ」
少し前にガーヴァルから逃げるために捨ててきた荷物。
それが何故か洞窟の奥に隠されていたのだ。
「あっ、荷物! そうだ、荷物があるんだったら、雨合羽があるよね! まだ寝るには早いから先を進もう、うん、それがいい!」
何故荷物があるのかなどマナの頭の中には考えが浮かばなかった。
今はただ、シーニャが迫る事を回避することに全力を挙げているのだ。
「却下です。私はもうへとへとなんで進めませーん」
「で、でもっ!」
「もう! そんなに恥ずかしがらないでよ。今までだって一緒に寝てきたでしょ」
「そ、そうだけど……」
確かにこれまでも一緒に寝たことはあった。でもそれは恋心を自覚する前の話だ。その時ですら恥ずかしさから少し距離を空けていたのに、シーニャの笑顔を、肌を見ただけでドキドキするようになってしまった今、同じように寝るのは不可能だ。
加えて今回は引っ付いて寝るという事を約束させられている。
「大丈夫だよ。くっついて寝るだけだから。お腹とか背中とか触ったりしないから」
「さわっ!」
シーニャの手が自分の腹や背を触る。ゆるゆるとじらすように触られる。
くすぐったくもあり、もどかしくもあり、約束だからそんな状態のまま抵抗することは許されない。
そんなシーンを頭に浮かべたマナは、シーニャが小さく「今日は」と付け加えて言ったことに気づかなかった。
「きゅう……」
「あっ! マナっ!?」
脳の処理限界を超えてしまったマナは顔を真っ赤にしたまま気絶してしまった。
「もうっ、これじゃあ一緒っていう訳にはいかないよぅ。……約束は持ち越しだからね」
そう言うとシーニャはカバンから寝る用の布を取り出してマナにかけて。そして自分も布にくるまって、マナの横で眠りにつくのであった。
お読みいただきありがとうございます。
これにて第3章完結です。
とうとうシーニャへの恋心を自覚してしまったマナ。
自覚したとはいえ、未熟な恋への理解がこの後二人の関係をどうしていくのか。
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さてさて、次からは第4章「告白」をお送りします。
お楽しみに!




