027 百合の間に挟まろうとする意図は無い
腕をゴキゴキ、首をボキボキ鳴らしながら、ザスローが二人に近づいてくる。
下っ端と違って縦にも横にもデカイ。横をすり抜けて逃げるのは難しそうである。
「マナぁ」
シーニャが不安そうな声を出して、マナの袖をぎゅっと掴む。
この大男を見るだけで不安に駆られるのも無理はない。ボサボサに伸ばした髪と手入れしていないヒゲがさらに威圧感を強めているからだ。
マナは無言で相手を睨みつける。
何か手があるわけではない。気持ちで負けたらおしまいだと思っているのだ。
「おまえら、大人しくしろよ? ちょうど女のガキが欲しいって言ってるやつがいるんだ。そいつに高く売りつけてやるよ。安心しな。優しくしてくれると思うぜ? 飯も出てくるしなぁ」
下卑た笑みを浮かべるザスロー。
「どうせ逃げられねえんだ。痛い目を見る前に降参するほうがいいぜ? 今なら許してやるよ。逆に言うとだ、今じゃなきゃ痛い目を見せてやる。足を折ると連れて行くのが面倒くさいから腕を折るだけにしてやるよ。ほら、どうする?」
「お断りだっ!」
「へぇ、後ろの嬢ちゃんもそれでいいか?」
「お、お断り! なんだからっ!」
「チッ、二人ともじゃじゃ馬かよ。値が下がっちまうなぁ……。分かった。教育しよう。捕まえた後で「はい」以外言わないように体に教え込んでやるよ」
ザスローはすぐに交渉するのをあきらめた。
交渉ではなく脅しだったが、元々めんどくさくなれば力で解決するつもりだったからだ。
「誰がお前なんかに捕まるか! シーニャ、後ろに戻って!」
「わかった!」
二人はクルリと向き直って、素早く元来た道を引き返す。
「おいおい、面倒くせえなぁっ!」
手下どもに捕まえ方を見せてやると言った手前、ここで丸投げするわけにはいかず、逃げる二人を追う事にしたザスロー。
対するマナは、相手が大人とはいえ簡単には捕まらない自信があった。
「シーニャ聞いて」
マナは小声でシーニャに作戦を伝える。
今まで進んで来た通路には分かれ道がいくつかある。それを利用する作戦だ。
単純に考えて分かれ道が一つあれば50%で逃げ切れる。
分かれ道が二つあれば75%、さらにあればだんだんと逃げ切れる確率は高まっていく。
そして最初の分かれ道。
片方は蜘蛛の糸で塞がれているので、もう片方へと進むマナとシーニャ。
「なんだこりゃ? 蜘蛛の巣か?」
後方でザスローが惨状を見つけたようだ。
「こりゃあこっちには抜けれねえな。反対側か」
最初の分かれ道はふさがっているため、二人の逃走の確立を上げることには寄与しなかった。
そんな後方からの声を聞きながら先行く二人は次の角を曲がる。
「あっ!」
だが角を曲がったシーニャの目に入ってきたのは行き止まりの壁だった。
道を知らないことがあだとなって早々に計画は頓挫する。先にT字路があれば、行く先をくらませることができたのに。
「シーニャは下がって」
もはや先には進めない。逃げるには迫ってくるザスローを倒すしかない。
「ゲハハハハ、どうやら観念するときが来たようだな」
ザスローに追いつかれた。
後ろには下がれない。進む道はザスローのいる正面だけ。
「なに、できるだけ優しくしてやるよ。お前らを長く痛めつける程俺は暇じゃねえ。まあ、その後は手下どもに任せるからどうなるかはわからんがなぁ!」
ちらりと自分の背に隠したシーニャの様子を見るマナ。
(怯えてる。無理もない。あんな大男だ。アタシだってそうだ)
怖くないわけではない。本能的に自分より大きく強い大人に恐怖を抱いてしまうものだ。
だけどやるしかない。
このまま簡単に掴まってしまうわけにはいかない。
捕まったら碌なことにならないのはザスローの言葉からも明白だ。
だからやるしかない。
あいつを倒して逃げるしか。
(チャンスは一回だけ!)
マナは駆けだした。
目標はザスロー。その顔に全体重を乗せた一撃をぶち込んで撃破するつもりだ。
「ゲハハハハ! このザスロー様とやりあおうってのか! ガキは怖いもの知らずだな! 一味のやつらなんかもうそんな気持ちを忘れちまってるぜ!」
余裕のザスロー。それもそうだ。こんな小さな女の子に負けるわけはないと思っている。
当然だ。像とアリの戦い。アリであるマナに勝ち目があるはずがない。
普通に挑んだのなら。
「やぁぁぁっ!」
マナが跳躍した。
ガタイのいいザスローの顔面を狙うにはジャンプせざるを得ない。
「馬鹿が!」
所詮は女児の体重。ザスローにしてみれば手の平一つではじき返せるものだ。
ゆえに、筋肉がムキムキの手を前方にくり出したのだ。
だが――
「なにっ!」
ザスローの声が驚きに変わった。
床を蹴って跳躍したマナが目指したのはザスローの顔面ではなかった。
そこは、通路の側面!
「そんな動きにごまかされるかよっ!」
壁を蹴ることで、意表を突いた角度から攻撃し、直撃させる。
その意図を感じ取ったザスローは素早く、腕の向きを変える。
だが――
「やああああああっ!」
マナは壁を蹴って向かってこなかった。
いや、壁自体は蹴ったのだ。
だが、跳んだ先はまさかの天井!
「ば、ばかなっ!」
動きがおかしい、壁を蹴るまではザスローだって可能だ。だがそれは、ただ蹴るだけであって、重力の支配を受けるものであり、マナのように重力を無視して向きを変える程の跳躍はできない。
「これでもくらえぇぇぇぇぇ!」
忍者のように天井を蹴って、その勢いと角度でザスローの顔面を狙うマナ。
どうしてそんな動きができたのか。
その答えは靴の裏。
さっき分かれ道で蜘蛛の糸を回収して、靴の裏に着けていたのだ。
その粘着力を利用して、壁や天井に引っ付くような動きができたのだ。
マナの考えていた作戦とは通路の分岐を利用して逃げることではなく、狭い通路を利用してザスローを倒す事だったのだ。
「ぐっ、な、舐めるなぁぁぁぁ!」
壁でのフェイントに引っかかったザスローだったが、自分のくりだした腕の向きを力任せに変えて、上から強襲してくるマナへと向ける。
それはマナに対する防御兼攻撃となるものだ。
対するマナは詰んだ。
咄嗟に考えたとはいえ、渾身の策である二段階のフェイントを攻略されてしまうと、マナにもう打つ手はない。
空中で繰り出した蹴りを止めるすべは無いのだから。
そんな緊迫した状況の中――
「えーいっ!」
マナの耳にシーニャの声が入ってきた。
「ぐあっ! なんだ! 目がっ!」
マナを迎撃しようとしていたザスローの目に強い光が差し込んだ。
それはマナが手に持った【巫女の鏡】から照射された光。
「ナイス、シーニャ!」
思ってもみなかったフォロー。
光による目つぶしによって、マナに迫っていたザスローの腕が下がる。
「たぁぁぁぁぁっ!」
全身全霊を込めた一撃!
体が軽いといっても30kgは優にある。当初予定していた回転による一撃から、重力を加えた重量による一撃に変えて、ザスローの顔面に、膝を、ぶち込んだ!
「ぐぶうっ」
渾身の一撃を受けたザスローが轟沈する。
ずしんと倒れ脳天を床に打ち付けて沈黙した。
「ボスがやられたっ!」
追いついてきた取り巻きが二人残っている。
「シーニャっ!」
「うんっ!」
一人の顔面に蹴りを叩き込んで沈黙させ、攻撃の隙を狙って来た最後の一人は、シーニャの光線を受けて怯んだところを、その瞬間を逃さずアゴ下を蹴り上げて……そして二人とも撃沈したのだ。
崩れ落ちた三人を尻目に駆けていくマナとシーニャ。
「助かったよシーニャ」
「えへへ、うまくいってよかった」
「えらいえらい」
「えへへへへ、頭撫でてくれる?」
撫でてもらう気満々で頭を向けてくる。
「そ、それはまた今度」
急に恥ずかしさがこみあげてきたのでお断りするマナ。
「えーっ! 大活躍だったのに」
「うんうん。大活躍だったね」
「もう! 気持ちがこもってないよ!」
「ちゃんと込めてるよ。気のせいだから」
「もーっ、でも良く思いついたね、靴の裏に蜘蛛の巣を付けるなんて」
「まあね。何でも利用するのには慣れてるから」
「さすがマナだね。すごいよ!」
「褒めすぎだって」
「そんなことないよ、すごいすごい!」
「もう、そんな事言ったらシーニャだってすごいよ。あの光がなかったら失敗してたし」
「じゃあ、二人が凄いね!」
「そうだね、あははは!」
そうやってじゃれあいながら二人は通路を進み、そして邪魔のなくなった出口を抜けて地上に出ることが出来たのだった。
お読みいただきありがとうございます。
無事に百合に間に挟まろうとする男を撃破した二人。当然の結果ですね。(挟まろうとはしてませんでしたが)
次回はシーニャに蜘蛛の糸玉をくれたお姉さんの話。
お楽しみに!




