025 私、怒ってるんだから!
「……なんで戻ってきたの」
思った以上に低い声が出たマナ。
「マナ?」
「なんで戻ってきたの?」
満たされた心の内側からゴボリと溢れ出だした黒い感情。
光と闇のように対極にある想いの対比により、際立った黒い感情が一層大きくなっていく。
その思いを止めることはできず、だけど努めて冷静にと、マナはもう一度口に出した。
シーニャが助けに来てくれて嬉しい。それと同時にシーニャが先に進まなかったことに対するいら立ちが溢れてきたのだ。
自分勝手なことだとマナも分かっている。
仮にシーニャが一人先に進んで楽園を目指していたとしても、その代わりに悲しさと虚しさが襲って来ただろう。
結局シーニャがどっちを選んでもマナは満足が行かない。
矛盾する思いに気が付かないまま、マナの気持ちは溢れ出したのだ。
そんなマナの思いを知ってか知らずか、シーニャは間を置かずに反論する。
「なんでって、マナを置いて先に行けるわけがないよ」
「一緒には行かないって言ったよね」
男たちに捕まった際に、シーニャを吹っ切らすために冷たい言葉を投げかけた。
それをもう一度確認する。
「あんなの信じるわけないじゃない。マナは絶対にあんな事言わないよ。そんなこと分かってるから」
「シーニャ……」
「一緒に楽園に行くって約束してくれたよね。私、すごく嬉しかった。楽園までの道のりは険しくて、辛いことも悲しいこともたくさんあると思う。でも横にマナがいてくれたら、どんなに辛くても、どんなに悲しくても大丈夫。マナがいてくれたら大丈夫なんだよ?」
嘘が見透かされていたどころか、シーニャの気持ちを分かってもいなかった。
それほどに自分を大切だと思ってくれていたのだと。
そんな真っ直ぐな思いを伝えられて、マナは心を貫かれたような感覚を受けた。
(隠さなきゃ。大人の好きをシーニャに思ってるなんて知られちゃだめだ)
シーニャの真っ直ぐな視線によってマナは、先ほど気づいてしまった自分がシーニャへ抱く想いは歪んでいるのだと感じたのだ。
純粋な思いで、対等なパートナーとして見てくれているシーニャに対して、大人の好きを考えるべきではないのだと。
今は大人の好きに気づいたところであるため想いが強すぎる。簡単にその想いを捨て去れるとは言い切れない。
だけど押し込め続けて時が過ぎたなら、その想いを捨て去ることができるのかもしれない。
それまではこの思いを知られてはいけない。
そう思ってしまったのだ。
「それにね、私は怒っています」
「えっ?」
「怒っています」
「な、何に?」
いつも笑顔のシーニャが真面目で怒った顔をしている。
マナが初めて見る顔。そんな顔をしながら近づいてくるもんだから、その圧に気圧されて生返事をしてしまった。
「なんだと思いますか?」
口調がいつもと違う。本当に怒っているのだ。
どうして怒っているのか分からないとは言えない雰囲気。ここは何としても理由を当てなくてはならない。
マナに思い当たるのは今理不尽な怒りをぶつけたことだが、文脈的に違うことだろう。
となると、マナを置いて先に行けと言ったことだ。
(そうに違いない!)
結論を得たマナは慎重に言葉を紡ぐ。
「先に行くように言ったこと」
「もちろんそれにも怒っています」
それにも、という事はまだそれ以上の理由があるということだ。
でもマナには思い当たらない。
怒っても可愛いシーニャの顔が、目が、じろりとにらみを利かせてくる。
(可愛い……)
不真面目ながらもマナはそう思ってしまった。
けどすぐに、気持ちを切り替えて答えを探す。
(一体何だ……。思い当たらない……
先に行けと言ったことよりも怒られるようなこと……)
なかなか答えを出さないマナに対してシーニャが――
「他の人と一緒に行けって言ったことだよ」
ピシャリと言った。
そういえばマナは確かに言った。自分ではなく他の人と一緒に楽園を目指してくれと。
「嘘だと分かってても悲しかった。私の隣は……それにマナの隣は私なのに。そこに他の人を置こうとするなんて」
「シーニャ……」
マナが思う以上にシーニャはマナの事を信頼してくれていた。
シーニャの隣がマナだというだけではない。マナの隣もまたシーニャだということが、それを物語っているのだ。
「だからマナを助けたら絶対に怒ろうと思ってたの。私、怒ってるんだから!」
「ごめんねシーニャ。必死だったとはいえ、あんな事を言っちゃって」
「そうだよ。深く深く反省してね」
「わかった。反省する。もう二度と言わないから」
「本当に? 反省してる?」
「うん。絶対に。反省している」
「じゃあ、私のお願い一つ聞いてくれる?」
「お願いって?」
「聞いてくれる?」
「聞いてから考える」
「本当に反省してるの?」
じろりと睨まれるマナ。
「は、反省してます! なんでも聞きます!」
反射的にそう返してしまうマナ。
もちろん今のやり取りはマナが悪い。情状酌量の余地はない。
「やった! じゃあ今日はマナにくっ付いて寝るからね。いつもみたいに逃げないでね」
「は、はひぃ」
太陽のように眩しい笑顔を見せるシーニャ。
対してマナは厳しい夜になりそうだと思った。
シーニャに大人の好きを知られてはいけない。だけどこんなに無邪気な笑顔を見せるシーニャを見ていると、その気持ちは簡単に揺らぐ。
くっ付いて寝られるなんてなおさらだ。自分の気持ちを理解してしまった以上、以前よりももっと恥ずかしさが出てくるだろう。
そんな考えを追い払うように、ブンブンと頭を振るマナ。
シーニャの誤解が解けたとはいえ、ここはまだ牢屋の天井裏。
逃げ出さずにグズグズしていると二人して牢屋に逆戻りだ。
積もる話は逃げ出した後。
そう思って、二人は狭い通気口の中を進む。
先頭はシーニャ。
ここまで来たのだから帰り道も把握している。たぶん。
それに狭いので二人がすれ違う程のスペースも無いことも理由だ。
通気口がことさら狭くなったため、手と膝を床に着けてよつんばいの状態で先へと進んで行く。
そんな中、張り切って進む先頭のシーニャだが、ふと、マナが何も声をかけてこないのが気になった。
もしかして自分だけ早く進みすぎてマナを置いてきたのではないかと思って、一旦停止し、マナの様子を窺おうとする。
「マナ、ついてきてる?」
振り返るスペースが無く後ろを見ることが出来ないので声かけ。
だけども返事は聞こえてこない。
「マナ~? ここだよ」
もしかして自分を見失ったのだろうか、と思い、目印だと言わんばかりにお尻をフリフリしてみるシーニャ。
「ぶはっ」
後ろからマナが吹き出す音が聞こえた。
よかった。ちゃんとついてきてくれていた。と安堵するものの――
「おし……おしり……シーニャのおしり」
マナが変なことを呟き出した。
「ちょ、ちょっと、マナ、もしかして私のお尻見てる!?」
「い、いや、見てないよ、見てない! 見てるのはシーニャ。目の前一杯のシーニャ」
見てました。とは言えないマナはとっさに言い訳をした。
【大人の好き】を自覚したばかりのマナに対して、目の前一杯のお尻の構図は刺激が強すぎた。
シーニャのために見てはいけないという思いと、大人の好きの思いと、その二つが葛藤を引き起こしているのだ。
「それ、お尻じゃない! もう! 恥ずかしいから見ないでよ」
「そ、そう言ったって、お尻しか見えないし!」
「やっぱりお尻見てるじゃないの! もーっ! 禁止。マナはお尻見ないで着いてきてよねっ!」
(なんでお尻を振るの!?)
禁止の意図を込めた尻振り。
それすらもシーニャの魅力を高める振りでしかない。
それを言うとまた怒られてしまうので、マナは顔を上げないようにして細長い通気口の中を進んでいくのだった。
その後、シーニャが止まった時にどうなったかは言うまでもない。
お読みいただきありがとうございます。
問いつめていたはずのマナちゃんがいつの間にか逆転されて怒られていて、そのあとも醜態をさらすと言うお話でした。
クールキャラのはずのマナちゃんポンコツでは?
次回、マナとシーニャは無事に脱出できるのか! お楽しみに!




