023 脳内シーニャ(マナ版)
マナが放り込まれた牢は石材で覆われた壁に金属製の格子。野蛮な盗賊たちが工芸品のような平らな石材をこれほどまで精巧に組み上げられるとは考えにくい。
その技巧さを含めてホラの町では見たことの無い牢屋の構造であり、そのせいかマナには囚われているという現実味が薄かった。
牢の場所は地下にある事をマナは把握している。いくらかの階段を下らされたからだ。
自力で逃げるには少々手間がかかる。金属の格子にはカギがかかっていること。仮にカギを開けて檻から出れたとしても、地上までの道のりは長くたどり着くまでに見つかってしまうだろう。そもそもカギを開ける術がないのだが。
他の情報として、牢屋の外に人はいない。
わざわざ子供を見張るまでもないということだろう。
牢から出せとマナが大きな声でずっと喚き散らしていたことも理由の一つだ。
そんなわけで、ひとしきり声を出し切ったマナは仕方なく牢の壁に背を付けて座っていた。
「シーニャはちゃんと逃げられたかな……」
ここまでずっと一緒にいた少女の事を思うと、口から言葉が漏れ出してきた。
「そんなに体力ないからなぁ、シーニャは……」
体力勝負のマナに比べて、お嬢様育ちのシーニャの体力は低い。それでも地上を旅することが出来るほどではあるが、マナと比べると、というところで心配が募っていく。
「一人で大丈夫かなぁ……ちょっと方向音痴だし、【巫女の鏡】を持ってても心配だ……」
あまり地図を見るのは得意ではなかったシーニャ。マナは生まれてこのかた地図を見たことはなかっのだが、すぐに仕組みを把握して記された位置と現在地を認識して進むことが出来た。
シーニャはそれが苦手らしく、反対方向に行こうとしたこともあった。
正確な地図を持っててもあれでは、というところで心配が募っていく。
「湖を見つけようとして無茶しなきゃいいけど……」
シーニャはきれい好き。無論、地上では町と同じように綺麗にとは行かない。川や湖が見つからなければ数日水浴びも洗濯も無しということになりかねない。
数日ぐらいであればマナは気にしないが、シーニャはそうでもなくて、限界が来ると川や湖を探したがるのだ。
さすがに探すために道から大幅に逸れるとまでは行かないが、その間ずっと水浴び圧力が強い状態が続くのだ。
「結構寒がりだし……」
夜になると日が陰って寒くなるのでシーニャは暖を求めてマナにくっ付こうとするのだ。
「でも、脱ぐときはぱぱっと脱ぐんだよね……」
寒がりの癖に服を脱ぐときは速い。これはマナが恥ずかしがって自分の服を脱ぐのが遅いのでそう感じているだけで、特段シーニャがすっぽんぽんになるスピードが速いというわけでもない。
「はぁ……シーニャは大丈夫かな……」
もう何度目になるだろうか。
かれこれ同じことをずっと考え続けている。水浴びの下りなんか5回目だ。
捕まっていて体を動かしていないから疲労がたまったわけではないが、考えすぎて頭が疲れてきたのでマナは眠りにつくことにした。
もちろん寝ようと思ってからも、何周かは考えがループしたのは言うまでもない。
◆◆◆
翌朝、ふとマナの目は覚めた。
薄暗い地下牢。日の光が入り込まないので普通なら真っ暗なとはずだが、周囲を覆っている石材が僅かな光を放っているため、様子の視認は可能である。
言い換えると光によって昼夜の判断ができないとも言える。
長い間こんなところに閉じ込められていれば体内時計が狂って体を壊すだろう。
「うーん……おはようシーニャ……って、そうか、シーニャはいないんだった」
起きたら、まずシーニャの様子をうかがう。
たまにマナよりも先に目を覚まして、寝顔を見られている時があるのだ。
マナにとってそれはとても恥ずかしく、シーニャに見られていないことの確認が日課になっていた。
旅をしている都合上、知っている天井で目を覚ますことはほとんどない。
つねに知らない天井。
「シーニャはちゃんと寝られたかな……」
地上は厳しいところだ。常にガーヴァルから隠れなければならない。
もちろん寝る場所もそうだ。大体が岩の隙間や洞穴となる。
マナは囚われているとはいえ、ガーヴァルの脅威を考えなくてもいい分、恵まれているのかもしれない。
結局、マナは寝ても起きてもシーニャの事ばかりを考えている。
「ちゃんと次の町についたかな……」
見張りの男でもやってくればシーニャが逃げ切れたどうかもわかるのだが、牢屋に放り込まれて以来誰もやってこない。
食べ物が貴重だとはいえ、しなびた野菜くらいは持ってきてもいいはずだ。
「町までたどり着いたら、誰かを雇うのかな……」
楽園までの道のりは遠く険しい。かつての巫女たちの中にはシーニャとマナのように複数で旅路を進む巫女もいたらしい。
これまでシーニャを見てきた限り、一人での楽園到達は難しそうだ。それは本人も理解しているみたいで、「マナがいてくれて本当に助かる」とよく言っていた。
「雇うとしたらどんな人だろう……」
屈強な大人の男性だろうか。それとも気の回る女性だろうか。
もしかして気が合う同年代の男の子かもしれない。
「っ!」
胸がざらりとした。
ほんの一瞬だったので気にせずに、マナは再びシーニャの事を考える。
目をつむって、シーニャの旅しているであろう姿を思い浮かべる。
ガーヴァルから逃げているとき、屈強な男性がシーニャを抱えて走っている姿を想像した。
気の回る女性がシーニャの流れるような金色の髪を結っているところを想像した。
自分と同じくらいの男子がシーニャの手を引いているところを想像した。
「だめっ! そこはアタシの場所だっ!」
ざらざらした気持ちが嫌になって、無意識のうちに口から言葉が出ていた。
「今……なんて言った……?」
マナは自分の口から出た言葉に驚きを隠せなかった。
なんと言ったのか、何故そう言ったのか。それを理解しようとして、もう一度今の言葉を思い出してみる。
(アタシの場所……って言った。間違いなく……)
どうしてこんなことを言ったのか分からなかった。
普段から冷静なマナ。悪く言えばこの世に期待しておらず擦れているため、熱くなることは少ない。
だから、そうではない言葉を発した意味が理解できていない。
ざらざらとした感覚を含めて自分の言葉が良く分かっていない。
だからもう一度同じように考えてみた。
シーニャと一緒に寝る他人。
シーニャの着替えをさせる他人。
シーニャの水浴びを見ながら周囲を警戒している他人。
(なに、これっ)
胸が締め付けられるかのようだ。
マナはそれに抗うように、頭を大きく振ってその光景を消そうとする。
ブンブンと頭を振っても、それでも黒いモヤの他人はシーニャと笑顔で語り合っている。
「だめっ! だめっ!」
(そこはアタシの場所だ! どいて! どいてっっ!)
無理やりに、黒いモヤの他人を自分の姿に置き換えるマナ。
笑顔のシーニャと見つめあう自分。
シーニャの服を脱がせてあげる自分。
露わになった白い肌に手を伸ばし、指を滑らせる自分。
恥ずかしがるシーニャを抱きしめる自分。
服を洗濯して乾かす間、裸で引っ付きあっている自分。
夜に一つの布団でくっつきあって寝ている自分。
そして見つめあっている裸のシーニャが目を閉じて唇を突き出してくる様子を見ている自分……。
「うえっ!?」
ふと我に返った。
なんでこうなった。
心の内に沸き上がるしつこいモヤモヤを消すためだった。だから強いイメージで上書きする必要があった。
マナの狙い通りにモヤモヤは消えた。
だけど、その消し方が問題なのだ。
強いイメージとは己の願望を反映していることが多い。
つまり、今見た光景はマナの深層心理で描いていた望みである可能性が高い。
「えっ、えっ!? アタシ、シーニャとそういうことしたいと思ってるってこと!?」
今見た光景は通常れあれば起こりえない。いや、可能性としては起こり得るが、恥ずかしさからマナは全力でそれを拒んできた。
シーニャとマナは女の子同士だとはいえ、マナにも恥ずかしいと思うラインがある。
そのラインは結構低めであるが、これまでは人から興味を持たれることもなく生きてきたので問題は無かった。
しかしながら、旅でなければ起こりえない突飛押しも無いシーニャの行動によって度々ラインを超えてしまう事はマナにとっては度し難く、そのたびに回避しようと振舞ってきていたのだ。
だから今のイメージは度し難い。
「いやいやいやいや、たまたまだって、うん」
もう一度目を瞑ってみるマナ。
(健全なシーン、健全なシーン)
念じながらシーニャの姿をイメージする。
いつもの可愛い服を着て先を歩くシーニャが振り向いて、笑顔を見せたかと思うと、何故か急に服を脱ぎだした。
「あーっ! なんで、なんで脱ぐの!?」
なんでと言われてもマナがそう考えたのだから仕方がない。
「服を着て、服を!」
脱ぎ始めるシーニャのイメージに服を着せようと念じるが、逆にすっぽんぽんのまま脳内マナに近づいてきて――
「ああああああ!」
そこで目を開いた。
ハァハァと息は切れていて、動機が激しいマナ。
もう試すわけには行かない。
これ以上の痴態が脳内で繰り広げられたら心が耐えられないだろう。羞恥に。
「もしかして……アタシ、シーニャの事がすごく好きなの?」
お読みいただきありがとうございます。
とうとうマナは気づいてしまったようです。
幸せになるために通る必要がある道ですね。
次回をお楽しみに!




