022 もううんざりだ
二人は周囲を警戒しながら岩場を進んでいた。
ガーヴァルに追い詰められて逃げ込んだ岩の隙間。そこからガーヴァルが塞ぐ出口と反対側に進んだ二人は山の裏側に抜けることができて、無事に逃げ切ることができた。
しかしながら進む道は草も木も無い岩だらけの光景で。これまで進んできた道とは毛色が違うように感じていた。
「何もないね。鳥もいない」
生物の痕跡を感じることが出来ない場所。先ほどまでのゴロゴロと岩が転がっていた場所とも違う。
左右が切り立った崖になっていて、その最下層にできた狭い溝のような一本道。頭上には屋台を支える骨組みのように、左右の壁から突き出した岩が何本も存在している。
こんなところは早く通り過ぎるべきだ。
そう思って、マナが意識的に歩を進める速度を上げた時のことだった。
「どこに行くんだい、お嬢ちゃんたち」
聞こえるはずのない音。
瞬時に視線をその声が聞こえてきた方向へと向けるマナ。
見上げたのは切り立った崖の上側。
壁からせり出して伸びた尖った岩の上に、一人の男がいたのだ。
「ここが俺たち、ザスロー一味の縄張りだと知ってのことかい?」
反射的に振り返った。
後方の頭上にもう一人、別の男がいた。
両脇を高い壁に挟まれたこの場所は待ち伏せや襲撃をするのに好都合の場所。ガーヴァルでは入り込むことのできない溝と入り組んだ岩がそれを容易にしているのだ。
「マナ……」
男たちは友好的な気配ではない。
それを感じ取ったシーニャは怯えて、マナの背中に引っ付いてギュッと服を掴んでいる。
「ブルっちまってるぜ、可愛いねぇ」
縮こまるシーニャの姿を見て男の一人が下卑た笑みを浮かべる。
「あんたたちの縄張りって知らなかったんだ。別に何をしようというわけでもない。通して欲しいだけ。だめなら引き返す」
ガーヴァルとは違い会話が可能なら交渉は可能だ。
できる限り深入りはしたくない。男たちの様子から関わるとろくなことにはならないと想像がつく。
そう思い、マナは気丈な様子で声を張り、言い返した。
「知らなかった、じゃあすまねえな」
そろぞろと次々に男たちが増えて行く。
「なに、悪いようにはしねえ。大人しくしてもらおうか」
正面にも男。そして後方にも男。
前後左右上下ともに囲まれている。
よくもガラの悪い男ばかりをこんなに揃えたものだ。
ガーヴァルではないとはいえ、マナとシーニャにとっては死活問題。少女二人にとっては脅威であることには変わらない。
そんな様子にマナの判断は早かった。
「シーニャ、逃げるよ!」
後ろで怯えているシーニャの手を握って後方へと駆け出す。
「おっと、逃がすわけはねえぜ」
もちろん後ろにも男がいる。マナもシーニャも子供であり、成人男性の力に敵うはずがない。捕まったら終わりだ。
横をすり抜けられるか? それほど容易い相手ではないだろう。
だとすれば、なんとか隙を作ってシーニャだけでも逃がさないといけない。
そう考えたマナ。
「やあぁぁぁぁぁぁ!」
シーニャの手を離すと一直線に男の方へと走り、地面を踏み込むとその足で跳び蹴りを繰り出した。
その蹴りは男のわき腹を狙っており、当たれば僅かながらでも隙が出来て、そこで運が良ければ二人で逃げ切る算段だった。
だが、それは考えの浅い作戦だった。
「ほいっ。元気のいいお嬢ちゃんだ」
小さなマナと大きな大人の男との視線の高さは違う。
大人からすれば、少女の飛び蹴りなど、ましてや素人の攻撃など当たりようが無く、マナは逆に足を掴まれて吊り上げられてしまった。
「マナっ!」
「ほら、お嬢ちゃんも捕まえた」
そして男は、そのままオロオロしていたシーニャの腕をマナを吊り下げている手とは逆の手で捕まえた。
結果として、大した抵抗もできずに少女二人は捕まってしまったのだ。
これからどんな目に合うのか。
歓待してもらえるとは到底思えない。待っているのは酷い仕打ちだろう。
そんな事は避けなくてはならない。
逆さづりにされたマナは逃げ延びるために頭を巡らせる。
そして僅かな間の熟思で結論を出す。
その答えがこれ。
「ぐあっ!」
大きく体を揺さぶった反動で男の顔に頭突きをしたのだ。
痛みに耐えかねた男は思わず片方の手を離してしまう。
それはシーニャを捕まえていた方の手。
「シーニャ、今だ、逃げて!」
手が離されてもその場でオロオロしていたシーニャだったが、マナの言葉によってビクリと体を震わせて、そして走り出した。
「待ちな! こいつを置いていくのかよ」
そんなシーニャの背中に声が投げかけられた。
本来ならこのまま振り向かずに逃げるのが正解だ。
だが思考を放棄していたシーニャは後ろを振り向いてしまった。
「マナ!」
シーニャの視界に、男に首を掴まれて持ち上げられているマナの姿が映った。
「シーニャ……アタシのことは大丈夫。そのまま……走って逃げて……」
首を絞められて息ができず、絞り出すかのように言葉を発したマナ。
「おっと、逃げるなよ。こいつを殺されたくなければな。ほら、戻って来い。そうしたらこいつの命は助けてやる」
「く、はっ!」
みせしめにと、さらに首を絞めあげられたため、息ができずに苦悶の声を漏らすマナ。
「やめて! マナに酷い事しないで!」
「やめてほしかったらどうすればいいかわかるよな。そら、こっちに来るんだ」
シーニャはぐっと手を握る。
その行動はシーニャの逡巡を表している。
「逃げてシーニャ。アタシのことはいいから。先代の後を継いで楽園を見つけるんだろ!」
何とか呼吸を確保したマナは、大声で発破をかける。
一時の感情でシーニャが己を失わないように、本質を思い出させるように。
「だけど! マナを見捨てる事なんてできない!」
そんなマナの声に劣らない声量でシーニャが返してきた。
(そう言うと思ってた。)
それは予想されたことでもあった。
逃げて欲しい反面、シーニャが自分を見捨てられない優しさを持っていることも分かっている。
発破は僅かな賭けだった。
そして賭けには負けた。
(なんとか……なんとかシーニャだけでも逃がさないといけないのに……。アタシが足を引っ張ってる……)
ジャガストを出る時に楽園に一緒にたどり着くのだと二人で約束した。もちろんそうなればいいし、そうしたい。
とはいえ、この旅の本質はシーニャが楽園にたどり着くこと。
マナがたどり着いても意味が無いのだ。
(シーニャの足を引っ張るくらいなら……)
マナは心を決めた。
「もういい」
そして言葉を発した。
短い言葉だ。それでいて低く冷たい声。
「えっ?」
そんなマナの雰囲気の変化にシーニャが反応する。
「もういいって言ったんだ。もううんざりなんだ」
「マナ?」
「もううんざりだ。とろくさいあんたのおもりをして、命を懸けて旅をするのはうんざりだって言ったんだよ」
「何を、言ってる、の?」
「そもそもあんたを信頼させて、売っ払うつもりだったんだ。じゃなきゃ命を懸けてまで地上をうろつくわけがない」
「うそ、だよね。冗談だよね? ね、マナ?」
「冗談なもんか。もう少し行ったらあたしの生まれた町があって、そこであんたを売っ払うつもりだったのに、失敗だ。だからもう、一緒には行かない。お別れだ。アタシの代わりに誰か都合のいい奴を見つけるんだな。それともこいつらを連れて行くか?」
迫真の演技。とは到底いかない。理由も理屈もよくよく考えたなら通らない。
だけど今、冷静ではないシーニャの心を揺るがせるのには十分だった。
場の空気が変わったのは男たちも気づいていた。
「逃がすなよ」
「ああ」
小声で意思疎通を図る男たち。
せっかくの獲物に逃げられるかもしれないと言う焦りが、男たちを力づくでの捕獲に向かわせる。
シーニャを力づくで捕まえようと、数人の男たちがシーニャへにじり寄って行く。
「い、いやっ……」
そんな男たちへの恐怖に支配されたシーニャは背を向けて走り出す。
「おいっ! 追えっ!」
男たちがその後を追い、そして彼方へと消えていく。
それをマナは遠目で見ていた。
(それでいいんだシーニャ。それで)
何とか思い通りにシーニャが動いてくれたことに安堵したマナ。
抵抗することを止めて力を抜く。
そして捕まったままのマナは牢へと放り込まれるのであった。
お読みいただきありがとうございます。
別れてしまった二人。別れざるを得なかったマナ。
この先、いったいどうなるのか。
お楽しみに!




