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020 ドキドキの謎

 黄色く咲き乱れた花々の中。シーニャとマナは歩を進めていた。


 そんなマナの服装は、ホラの町を出たときのボロボロの装いから一新されている。

 おなかの周囲が見えている黒色のクロップド丈のトップス。腹は出ているのに腕は長袖で体にフィットしている。

 下は同じく体にフィットする黒のショートパンツ。太ももの真ん中から足先までは露出しており、防寒や皮膚の保護という意味では頼りないが、動きを阻害しないという意味でマナは気に入っていた。


 これらはジャガストのおじさんが持ってきてくれたものだ。

 おじさんによると虹の雫のお礼だそうで、宴の際にシーニャがこっそりと旅道具を用意して欲しいと長に伝えた時に、こうなるだろうことを見越してマナ用の荷物も作ってくれていたそうで。それを危険を冒して二人の所まで持ってきてくれたのだ。


 おかげで今、二人はホラの町を飛び出した時のように着の身着のままの姿ではない。

 二人とも背中にリュックサックのような大きめのカバンを背負って万全の体制で旅をしている。


 運悪くガーヴァルに遭遇した時はカバンは捨て去って逃げる。

 大抵の場合ガーヴァルはカバンには興味を示さない。うまく逃げ切ることができたなら、またカバンを回収できる公算は大きいのだ。


 ――ゴロ……ゴロゴロ


 遠方で雷の鳴る音がした。


 マナは空を見上げる。

 それほど曇っていなかった空だが、みるみる内に光が失われていって、分厚い雲に覆われ始める。


 そして、一瞬眩しく光ったと思うと――


 ――ドォォォォン


 それなりに近くに雷が落ちた音が響き、大粒の雨がこぼれ落ちてきたのだ。


「シーニャ、走るよ!」

「うん!」


 スコールのように急に振り出した土砂降りの雨。見渡した限り雨宿りが出来そうな大きな木は無い。仮にあったとしても、雨宿りには最適かもしれない大木の下は地上の脅威となるガーヴァル対策としては満点ではない。

 そのため時間がかかったとしても安全性を考慮して洞穴を探す。


「あった! 行こうシーニャ」

「うん」


 なかなか洞窟が見つからず、その間は雨に打たれ続けた。

 もはやカバンの中身も雨でずぶ濡れだ。


 もちろん靴の中もぐちゃぐちゃ。

 足を踏みしめるたびに水が奏でるハーモニーが耳に入ってくるが、その音を上回る雨音によってかき消されている。


 洞穴に駆け込んだ二人。

 ガーヴァルに見つかった時ほど全力で走ったわけではないので、それほど息は上がっていないが、雨を吸った衣服が、荷物が、二人の疲労度を増加させている。


「濡れちゃったね」

「だね。荷物の中までびちょびちょだ」


 マナは背負った荷物を下ろして中の様子を確かめるが、願いも虚しく雨はカバンの中までしみ込んでいた。


 ふと、シュルシュルという音がしたので顔を上げてみたマナ。


「わぁ! なんでいきなり脱ぐの!」


 視線の先ではシーニャが上着を脱ぎ去ってインナーに手をかけているところだったのだ。


「なんでって、乾かさないと熱が出て寝込んじゃうよ」


「そ、そうだよね」


 シーニャからは至極真っ当な回答が返ってきた。


 (なんでアタシ動揺してるんだ!? 水浴びの時に裸だって見たじゃないか)


 服が濡れたら脱いで乾かすのは当然のことだ。

 なのでシーニャが脱ぎだしたのも当たり前のことで、取り立てて追及することではない。

 男性の前なら問題だが、女の子同士であれば普通の事。

 ホラの町にいた時にも、近所のお姉さんたちに混じって着替えたことだって何度もある。


 だけどシーニャが服を脱いでる姿を見たマナは思わず口に出してしまったのだ。

 それが何故なのかマナ自身にも理解できてはいない。ただ普通の事のはずなのに。


「マナも脱いで。ほら」


 あっけにとられた顔をしたまま動かないマナを見て、シーニャはマナが着ている服を脱がせようとして手を伸ばしたのだ。


「わぁ! ちょ、ちょっと、自分でできるから!」


 マナは大げさに飛びのいてシーニャの手を回避する。

 そして気恥ずかしさからクルリと後ろを向いて、それから水を吸って一段と体に密着しているトップスに手をかけて捲り上げる。


「マナの背中……綺麗……」


「わぁ! な、何を言い出すのさ!」


「だって本当の事だから」


 バッと脱ぎ掛けだった服を戻して背中を隠してしまう。


「なんで隠しちゃうの?」


「だ、だって、綺麗じゃなんかないって。私なんてガリガリだし、シーニャのほうが絶対に綺麗だよ」


「そうかな? どう?」


 するとシーニャもクルリと背を向けて、腰の辺りまである長い金髪の三つ編みをどけて肩から胸元にたらすことで、真っ白な背中を見せてきた。


 (っっっっっっっっっっっっっっっ!)


 まるで何者にも侵されていない真っ白な雪原のような背中。

 シミも傷もできものもまったくなく、つやつやで張りがあって、触るとスベスベしているであろうことが見ただけで分かる。そんな背中。


 マナは言葉が出なかった。

 今、自分の心の中をどんな感情が支配しているのか。綺麗だという思いなのか恥ずかしいという思いなのか。それすら把握できず、ただただ、込み上げる感情で一杯になっていたのだ。


「ま、まなぁ、何か言ってよぉ」


 マナが無言過ぎて、さすがに綺麗じゃないのではないかと気がかりになってきたシーニャ。


「あ、ああ、うん、その、白くてきれいだよ」


 突然の催促に何とかこの世に戻ってきたマナは、たどたどしく思いを口にする。

 それほどまでにマナは動揺していた。


「本当? じゃあ、触ってみる?」


「うわぁ! な、な、何を言ってるのさ!」


「ふふふ、冗談だよ。マナがこんなに取り乱すなんて面白いね!」


「ああああああ、からかうなんでひどい!」


「触りたかった?」


「さ、触りたくないっ!」


「えっ! そんなに力一杯否定しなくても……そんなに私の背中って触りたくないものなんだ……」


「ち、ちがっ! その、シーニャの背中は綺麗だよ!」


「でも触りたくないんでしょ?」


「触りたくないわけじゃない。からかわれてるって思ったからそう言っただけで……」


 最後の方が尻すぼみになって消えて行ったマナの言葉。

 見事にシーニャの誘導尋問に引っかかっている。


「本当?」


「本当」


「ほんとにほんと?」


「ほんとにほんと」


「じゃあ、触って?」


「だ、だめだって」


「どうしてだめなの? 触るだけじゃない。ちょっと手で触れるだけだよ? ほら、マナの指でさ」


「ゆ、指で……」


 ごくりと唾をのむ。

 まじまじと自分の指を見てしまう。自分の指がシーニャの背中に触れる。いったいどんな感触がするのだろうか。きっと柔らかいのだろう。そしてすべすべなのだろう。

 自分の心臓の鼓動が聞こえるくらいにドキドキと撃っている。


「あはは、冗談の冗談だよ。マナったら面白い」


「じょ、冗談……。も、もう! また騙された!」


 ごめんごめんとシーニャは言うが、マナは冗談ではすまされなかった。

 冗談だと分かった後も心臓の鼓動がうるさかったからだ。


 (このドキドキはいったい何?)


 あまりにも激しい鼓動であり、このまま分からず放置するわけにも行かない。

 分からずじまいでは眠りにつくことも出来ないと思い、その根源を探り始めるマナ。


 (このドキドキ、知ってるかもしれない……。小さいころに近所のお兄ちゃんと一緒にいた時の気持ちだ……)


 記憶を手繰るとおぼろげながらに昔の幸せだったころを思い出した。

 まだ父も母も健在で、何不自由なく暮らしていた幼い頃のことを。


 (あの時、アタシはお兄ちゃんの事が凄く好きだった……。お兄ちゃんの事を考えるとすごくドキドキしたし、姿を見ただけで飛び跳ねそうな程にドキドキしてた。それと同じってことは……好きってこと? アタシが!? シーニャの事を!?)


 また心臓の鼓動が高鳴った。

 今度は強く短く。


(いやいや、いーや、違う。シーニャは女の子。アタシも女の子。女の子同士で好きになんてなるはずがない。きっと同世代の子がいなかったから特別に思ってるだけ。そうだ。きっと始めての友達だからドキドキしてるんだ。うん。そうだ)


 理解不能なこの思いに無理やりに答えを付けて、自分を納得させようと必死に頭を巡らせるマナ。


 答え合わせをするかのようにちらりとシーニャの方を向くと、シーニャは首をかしげて、そして笑顔を向けてくれる。


(っっっっっっっっっっっっっっ!)


 そんな姿に一時落ち着きを取り戻そうとしていた心臓の鼓動がまた速まってしまう。


 しばらくはそんなやり取りを続けるマナだった。

お読みいただきありがとうございます!

第3章のしょっぱななので平和な展開でしたね。今回はプロローグと言っても過言ではありません。

次回、一体何があるのか。

お楽しみに!

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