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私は最悪の悪役令嬢の護衛を任された  作者: アラベ幻灯


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8/10

よく考えてみると、勇者の過去については何も知らない。

これがこの物語の最新エピソードです。皆さんに楽しんでいただけたら嬉しいです。

コヴァリへと繋がる門を抜けた瞬間、空気が一変した。


潮の匂い。


湿った風。


遠くから聞こえる、波の音。


そこは島だった。


コヴァリ。


レディアの中でも、漁業を主とする地域。


海に囲まれ、人々は魚と共に生きている。


黒く縮れた髪。


細く、切れ長の瞳。


その特徴を持つ人々が、港と市場を行き来していた。


木造の桟橋には、無数の船が並ぶ。


網を干す者。


魚を運ぶ者。


そして市場では――


活気が渦巻いていた。


「安いよ!今朝獲れだ!」


「こっちのほうが脂が乗ってるぞ!」


声が飛び交う。


笑い声と怒号が混ざる。


ガリーは、その中を静かに歩いていた。


ヴィクトリアは、その隣で周囲を見回している。


「すごい……」


小さく呟いた。


ガリーは立ち止まり、袋を取り出す。


中には、各地で集めてきた種子が入っていた。


見慣れない形。


異国の色。


彼は市場の一角に腰を下ろし、声を張った。


「遠方の地で採れた果実の種だ」


人々の視線が集まる。


そして、歌う。


コヴァリの古い物語。


海を渡った祖先。


嵐を越えた英雄。


軽やかな調子。


時に滑稽に。


時に荘厳に。


人々は足を止め、耳を傾けた。


やがて、いくつかの種が売れた。


銅貨が、手の中に落ちる。


「……これで十分だ」


ガリーは立ち上がった。


「食料を買う」


ヴィクトリアは頷いた。


二人は、魚の並ぶ区画へと向かう。


そこには――


血の匂いがあった。


新鮮な魚。


切り開かれた腹。


剥がされる鱗。


そして。


赤い液体が、床に流れていた。


「……」


ガリーの足が止まる。


包丁が振り下ろされる音。


骨を断つ音。


水音と混ざる血。


――その光景に。


何かが、重なった。


「……っ」


指が、震えた。


右手の人差し指。


小さく。


だが確かに。


「……」


視界の奥で、何かがちらつく。



思い出したくない。


「ガリー?」


ヴィクトリアの声。


彼は何も答えない。


その時だった。


「おい、手が足りねえ!」


怒鳴り声。


一つの店。


他よりも客は少ない。


だが、それでも二十人ほどは並んでいる。


店主は、年老いた男だった。


マクドゥ。


「注文は順番だ!急かすな!」


だが、手は明らかに足りていない。


魚が山のように積まれている。


ヴィクトリアは、その様子を見て――


「手伝おうか?」


あっさりと言った。


「は?」


マクドゥが目を丸くする。


「すぐ終わるよ」


ヴィクトリアは袖をまくり、包丁を手に取った。


迷いがない。


魚を押さえ――


刃を入れる。


滑らかだった。


骨に沿って、正確に。


無駄なく。


血が、流れる。


床に落ちる。


水と混ざる。


「……」


ガリーのもう一つの人差し指が、震えた。


左手。


止まらない。


視界が、わずかに揺れる。


――やめろ。


「……」


だが、声には出さない。


ヴィクトリアは気付かない。


ただ、魚を捌き続ける。


手際よく。


効率的に。


まるで――慣れているかのように。


「助かる……!」


マクドゥが息を吐いた。


客の列が、少しずつ減っていく。


「ガリー?」


ヴィクトリアが振り返った。


「どうしたの?」


その目は、純粋だった。


何も知らない。


「……」


ガリーは何も言わない。


ただ、視線を逸らした。


ヴィクトリアは、少しだけ首を傾げた。


――怒ってる?


そう思ったが、理由がわからない。


やがて、作業は終わった。


二人は魚を受け取り、市場を後にした。


夜。


簡素な宿。


波の音が、遠くから聞こえる。


ヴィクトリアは床に座り、静かに魚を食べていた。


ガリーは、横になっている。


目は閉じているが――眠りは浅い。


「……」


やがて。


呼吸が乱れ始めた。


「……やめ……」


小さな声。


ヴィクトリアは顔を上げた。


「ガリー?」


彼の額には汗が滲んでいる。


眉が歪む。


苦しそうに。


「……違う……」


何かを拒むように、首を振る。


「……俺は……」


ヴィクトリアは近づいた。


肩に手を置く。


「起きて……」


軽く揺らす。


その時。


ガリーの口から、言葉が零れた。


「……すまない……」


かすれた声。


「……許してくれ……」


ヴィクトリアは息を止めた。


「……俺は……」


そして。


「……お前たちを……殺すしかなかった……」


静寂。


波の音だけが、遠くで鳴っている。


ヴィクトリアの手が、止まった。


「……」


彼女は、何も言わない。


ただ――その言葉を、聞いていた。

このエピソードを楽しんでいただけたなら幸いです。次のエピソードも近いうちにアップロードします。

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