勇者の思い出
これがこの物語の最新エピソードです。楽しんでいただけたら嬉しいです。
ガリーは、闇の中にいた。
光がない。
上下も、前後も、わからない。
ただ――存在しているという感覚だけがあった。
「……」
視界は完全に閉ざされている。
目を開けているのか、閉じているのかさえ判別できない。
だが、触覚だけは残っていた。
足の裏に、ざらついた感触。
砂のような、細かな粒子。
その上に、立っている。
次の瞬間。
「――ッ」
鋭い痛みが、体を貫いた。
腹部。
何かが突き刺さる。
刃。
引き抜かれる感触。
熱いものが流れ出る。
「……っ」
息が詰まる。
だが――それだけでは終わらない。
横から。
背後から。
再び、痛み。
一つではない。
「……!」
ガリーは反射的に剣を振るった。
視えない。
何も視えない。
だが、そこに“何か”がいる。
刃が、空を裂く。
何かに触れる。
手応え。
重い。
柔らかい。
そして――
どさり、と。
何かが地面に崩れ落ちる音。
一つ。
また一つ。
「……」
息が荒くなる。
だが、攻撃は止まらない。
別の方向から、衝撃。
肩が揺れる。
誰かが、押した。
あるいは、ぶつかった。
区別がつかない。
「……くそ……」
低く、かすれた声。
剣を振るう。
振るう。
振るう。
どこを狙っているのか、自分でもわからない。
ただ、当たる。
当たるたびに、何かが倒れる。
音だけが、増えていく。
どさり。
どさり。
どさり。
重なっていく。
その中に。
声が混ざる。
「やめ……」
「違……」
「……っ」
途切れた言葉。
誰のものかもわからない。
理解しようとした瞬間、また痛みが走る。
「――ッ!」
怒りが、込み上げた。
喉の奥が、焼ける。
何も見えない。
何もわからない。
だが――
「……!」
剣を、さらに強く握る。
振るう。
何かが裂ける。
音が、止まない。
どこかで。
別の音がした。
遠く。
あまりにも遠く。
呼吸。
ゆっくりとした。
規則正しい。
吸って。
吐いて。
まるで、この場とは無関係な場所で――
ただ、存在しているだけのような。
「……」
ガリーの動きが、一瞬だけ止まる。
その呼吸。
聞こえている。
遠い。
だが、確かに。
誰かが、いる。
見ている。
「……誰だ」
声は届かない。
応答もない。
ただ、その呼吸だけが、続いている。
見えない。
触れられない。
だが、確実に。
そこにある。
「……っ」
喉の奥に、何かが詰まる。
息が、重くなる。
怒り。
理由のない、ではない。
だが、言葉にできない。
ただ――込み上げる。
「……あああ……」
低く、押し殺した声。
剣を握る手に、力がこもる。
だが。
次の瞬間。
すべてが、途切れた。
――
ガリーは目を開けた。
暗い天井。
微かな灯り。
現実。
「……はっ……」
荒い呼吸。
胸が上下する。
体は、汗に濡れていた。
「……ガリー?」
声。
すぐ近くから。
視線を向ける。
そこに、ヴィクトリアがいた。
不安そうに、こちらを見ている。
「……大丈夫?」
小さな声。
「……」
ガリーは、しばらく答えなかった。
ただ、彼女を見ていた。
その目。
その顔。
何も知らない。
「……ああ」
やがて、短く答える。
呼吸はまだ乱れている。
だが、止まってはいない。
ヴィクトリアは少しだけ安堵したように息を吐いた。
「よかった……」
その言葉を聞きながら。
ガリーは、ゆっくりと目を閉じた。
――あの呼吸。
まだ、耳の奥に残っている気がした。
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