ランク査定会
ギルドの査定会は、その日の昼前に開かれた。本来なら、帰還した当日に査定まで行うのは早すぎる。
だが、今回は証拠が証拠だ。時間を置けば、資源局が動く。なら、先に記録を固める。
ギルドの奥にある査定室には、長机が置かれていた。ギルド支部長ノーマン。監察局のレオナ。エルナ。そして、俺たち救助隊。
アンジェは腕を組んで壁際に立ち、フェイは椅子に座って半分眠っている。ダグラスは肩に包帯を巻き、ノアは静かに窓の外を見ている。カイルは証拠の写しを前に立っていた。
俺は右腕を吊られている。ミレアに見つかる前に査定室へ来たが、エルナに見つかって結局吊られた。
セラは不在のはずだった。だが、査定が始まる直前、扉が小さく叩かれた。
「失礼します」
ミレアの声だった。扉が開く。ミレアに支えられたセラが、薄い毛布を肩に掛けて立っていた。顔色はまだ悪い。だが、目は覚めている。
「セラ、大丈夫なのか」
俺は言った。
「はい。少しだけ寝ました」
「それは寝たと言わない」
セラは困ったように瞬きした。ミレアが査定官へ頭を下げる。
「治癒師としては反対です。ただ、本人確認と昇格通知には出席したいとのことです。短時間だけ許可します。終わったら即座に戻します」
ノーマンは少し考え、頷いた。
「本人の功績評価がある。出席を認める。ただし椅子に座らせろ」
アンジェがすぐに椅子を引いた。
「こっち」
「ありがとうございます」
セラが座る。アンジェはその隣に立った。まるで、動こうとしたら押さえる係のようだった。実際、そのつもりだろう。
「旧監視塔案件について、当初依頼等級の再査定を行う」
査定官ノーマンが口を開いた。大柄な男で、声が低い。冒険者上がりではないが、机上だけの人間でもない目をしている。
「当初依頼は、旧監視塔区域の調査、生存者確認、周辺モンスターの排除を主目的とした調査依頼だった」
彼は書類をめくる。
「しかし実態は、地下第二層の古代炉心、防御機構アルゴス、資源局職員による危険情報秘匿および越権行為、生存者保存膜、危険核片回収を含む複合危険案件であった」
レオナが淡々と補足する。
「監察局としても、当該案件は通常の資源調査ではなく、行政監察対象を含む緊急危険案件と認定します。当初依頼等級の再査定を求めます」
ノーマンが頷いた。
「よって、旧監視塔案件は、最低でもD上位、局所的にはC相当の危険度を有していたものと認定する」
部屋の空気が少し変わる。D上位。C相当。低位冒険者が普通に受ける依頼ではない。
だが、それを言っても意味はない。現場では、受けた依頼が途中で化けることがある。大事なのは、化けた時に依頼を達成して帰れるかどうかだ。ノーマンは俺たちを見た。
「今回、特に評価すべきは討伐数ではない」
彼は黒匣記録板の写しを机に置いた。
「討伐記録より重いものを持ち帰ったな」
俺は少しだけ眉を上げた。ノーマンは続ける。
「素材は売れば終わる。だが、この記録は帝国にとって重大な価値がある」
その言葉で、部屋の中の何人かが黙った。冒険者ギルドの査定官がそれを言う意味は重い。普通、ギルドが見るのは依頼達成、素材、討伐証明、損害、信用だ。
だが、今回は違う。黒匣記録板。監督官記録片。リーネという生存証言者。カイルの現場記録。それらは、次に旧監視塔へ入る誰かを生かす。あるいは、資源局が同じことをするのを止める。
「まずはロイド」
ノーマンが俺を見る。
「お前の評価項目は、戦闘力だけではない。戦術指揮、旧兵舎跡の防御線構築、微温結界の治療点化、混成隊への役割分担、アルゴスの破壊ではなく制動、核片の保全。一冒険者を超えた行動だ。いずれも高く評価する」
「俺だけの力じゃない」俺は言った。「一緒に戦った奴らがいた」
「記録にある。だから評価する」
ノーマンは短く答えた。次に、アンジェへ視線が向く。
「アンジェリーナ。幻影剣士としての機動力を、突撃ではなく戦線維持に使った点を評価する。特にアルゴス戦では、自らが主攻と誤認させ、ロイドの攻撃を助けた。危険な役だがよくやった」
アンジェは少しだけ顔を逸らした。
「当然よ」
「当然ではない」
俺は言った。
「速い奴ほど戻るのが難しい。切り札が切り札のまま戻った。簡単に出来ることじゃない」
「だから、そういう言い方をやめなさい」
耳が少し赤い。疲労のせいではないだろう。ノーマンは咳払いをした。
「セラ」
セラが椅子の上で背筋を伸ばす。毛布が少しずり落ち、アンジェが無言で掛け直した。
「第二層の音響把握、アルゴス冷却波の前兆察知、核片反応確認、街道での異常検知。君の感知がなければ、帰還率は大きく下がっていた」
セラは少し目を伏せた。
「私は観察していただけです」
「だが、観察できる者がいなければ全員死んでいた」
俺は言った。セラが俺を見る。アンジェも続けた。
「そうよ。今日は素直に評価されなさい」
「……はい」
セラは明細でも見るように、膝の上の指を見つめた。ノーマンは続ける。
「環境術師は、敵を直接倒す職ではない。だが、パーティー全体の生存率を上げる職だ。今回、その価値が明確に出た。ギルドとしても今後は評価体系を変えるつもりだ」
セラの肩が少し震えた。泣いたわけではない。ただ、長く息を吐いたのだと思う。
自己評価の低い者が、正式な言葉で評価されると、人間はたいてい反応に困る。困ればいい。評価に慣れることも、仕事のうちだ。
ノーマンはフェイ、ダグラス、ノア、ミレア、カイルにも評価を述べた。
フェイは土壁と土箱維持。ダグラスは先頭と防御線維持。ノアは観測眼の射抜きと撤収路警戒。ミレアは微温結界による救助維持。
カイルは現場責任者としての記録、証拠保全、主起動印の単独引き渡し拒否、帰還標撤収。ノーマンが最後の書類を開いた。
「以上を踏まえ、冒険者ギルド査定部は、今回の旧監視塔救助・調査依頼について、依頼達成、緊急危険案件への対応、証拠保全、危険核片の安定回収、生存者救助を正式に認定する」
部屋の外が少し騒がしくなった。いつの間にか、扉の外に冒険者が集まっているらしい。こういう話は、壁より早く漏れる。セラの返事は小さかったが、確かだった。
「ロイド、アンジェリーナ、セラ。君たち三名については、Cランク昇格を認める」
次の瞬間、アンジェリーナが叫んだ。
「やったわ!」
セラは信じられないという顔で立ち尽くしていた。
「私も……ですか?」
「はい」
エルナは微笑む。
「セラさんもです」
セラの目に涙が浮かんだ。
「火力、ないのに……」
「火力以外の功績が認められました」
エルナの声は穏やかだった。だが、その言葉は重かった。火力以外の功績。見えない仕事。戦場を変える力。それがようやく評価された。
アンジェリーナがセラの肩を叩く。
「ほら、言ったでしょ。慣れなさいって」
「はい……」
セラは泣きながら笑った。俺はエルナの持つ書類を見た。Cランク。前の人生で、俺がそこに届いたのは30だった。冒険者になった20歳から10年かけてやっとCランク。旧世代。重いだけの前衛。使いにくい男。戦争帰り。そんな言葉の中で、少しずつ擦り減っていった。
それが今では半年も経たないうちに昇格した。俺一人で届いたわけではない。アンジェがいた。セラがいた。だから届いた。俺の胸の奥で、何かが一つ落ちた。アンジェが横から覗き込む。
「もっと嬉しそうにしなさいよ」
「すまんな。嬉しい時の顔の作り方を忘れたようだ」
「それ、今のが嬉しい顔?」
「たぶんな、だが自信がない」
「分かりにくいわね」
セラが小さく笑った。ミレアがその肩を押さえる。
「笑うのはいいですが、終わったら戻りますからね」
「はい」
カイルが俺の隣に来た。
「ロイドさん。今回の件で、僕はあなたに正式に謝罪したいと思っています」
「それでお前が満足するのなら、好きにしろ」
「相変わらずですね」彼は少し笑った。「最初にあなたを軽く見たのは、ランクと経歴、家柄で判断したからです。ですが、現場でそれが誤りだとわかりました。認めましょう。あなたがいたから僕たちは帰ってこれた」
俺は思わず彼を見た。若いカイル。一度目の人生で俺を嘲笑った男と、同じ顔をしている。だが、完全に同じではない。人間は環境で変わる。腐ることもあれば、踏みとどまることもある。
俺が二度目の人生で変えられるのは、自分だけではないのかもしれない。
「分かった。経験を積めば、お前もいい冒険者になれる」
俺は言った。カイルは少し驚いた後、頷いた。
「はい。ありがとうございます」
アンジェリーナが横から茶化す。
「何か、男同士で変な感じになってる」
「変な言い方をするな」
「だってそう見えたんだもの」
セラがまた笑った。笑い声が、ギルドホールのざわめきに混じる。
その後、報酬明細が渡された。当初の調査報酬とは、文字通り桁が違っていた。
生存者救助報酬。危険物回収特別手当。古代施設情報提供料。証拠保全評価。緊急危険案件対応手当。ギルド危険等級更新への貢献。さらに、監察局認定による特別補填。
これらが全て基礎報酬に上乗せされていた。最初に固まったのはフェイだった。
「……これ、数字の桁、間違ってません?」
「間違っていません。再査定後の正式報酬です」
エルナが淡々と答える。ダグラスが横から覗き込み、低く笑う。
「おいおい。俺の盾、上等なのが十枚位買えるぞ」
「十枚買っても、十枚とも壊しますよね」
ノアが静かに言った。
「言うじゃねえか」
アンジェも明細を受け取った。その目が、普段より少しだけ大きくなる。
「……これ、本当に私たちの報酬なの?」
「そうよ」
エルナが頷く。
「あなたたちが持ち帰ったものへの、正式な評価です」
アンジェは明細から目を離さなかった。貴族の娘だ。大金を見たことがないわけではない。
むしろ、俺たちよりよほど高価な装備や調度品を見て育っているはずだ。
だが、今の顔は違った。家の金ではない。家名で与えられたものでもない。自分で戦い、自分で戻り、自分の名前で受け取る報酬。アンジェはそれを見ていた。
「……ふうん」
彼女はわざとらしく明細を閉じた。
「まあ、当然ね。あれだけ働いたんだもの」
「嬉しいなら嬉しいと言え」
俺が言うと、アンジェはすぐに睨んできた。
「嬉しくないとは言ってないでしょ」
「つまり嬉しいのか」
「……正当な評価を受けただけよ」
耳が赤い。報酬明細を持つ指先も、少し浮ついている。本人は隠しているつもりらしいが、隠れていない。その横で、セラが自分の明細を両手で持って固まっていた。
「セラ?」
アンジェが覗き込む。セラは小さく指を折り始めた。
「薄羽膜の補修ができます」
「うん」
「予備の靴が買えます」
「うん」
「外套も、裏地のあるものにできます」
「うんうん」
「あと……温かい寝台に、何日か泊まれます」
そこでセラは、はっとした顔で明細を胸に隠した。
「い、いえ。無駄遣いはしません」
アンジェの顔が柔らかくなる。
「それ、無駄遣いじゃないわよ」
「でも、装備の方が」
「寝台も装備よ」
「寝台が、装備……?」
「そう。ちゃんと寝ないと、耳も働かないでしょ」
セラは真剣に考え込んだ。
「それは……戦術的に正しいです」
「そういうことにしておきなさい」
アンジェが少し得意げに笑う。セラは明細をもう一度見た。今度は、ほんの少しだけ頬が緩んだ。
「温かい寝台……二泊くらいなら」
「三泊しなさい」
「三泊は贅沢です」
「今回くらい贅沢しなさい」
「では……二泊半」
「半って何よ」
アンジェが笑った。セラもつられて、小さく笑った。戦いの後の笑い方だった。大きくはない。だが、生きて帰った者だけができる笑い方だ。
俺は報酬明細を見下ろした。装備の修理。治療費。セラの薄羽膜。アンジェの細剣の整備。必要なものはいくらでもある。
だが、それだけではない。俺には、もう一つ使い道があった。俺の取り分と、これまで貯めてきた金。
それを合わせれば、届くかもしれない。灰狼亭の方角が、ふと頭に浮かんだ。焦げた肉と安酒の匂い。片腕で鍋を振る、あの男の背中。
エルナは俺の報酬袋へ視線を落とし、事務的な声で言った。
「ロイドさん。まとまったお金です。使い道は、慎重に考えてくださいね」
慎重に。その言葉に、少しだけ笑いそうになった。エルナらしい。彼女は夢を否定しない。だが、夢が契約書の小さな文字で潰されることも知っている。だから、いつも慎重という言葉を添える。
俺は報酬袋を握った。革越しに硬貨の角が手に当たる。
「実は使い道はもう決めている」
エルナが少しだけ目を丸くした。アンジェリーナがすぐに聞いてくる。
「何に使うの?」
「人の夢を買い戻す」
「……何それ。格好つけた言い方ね?」
「たぶん、そうだな。俺は今、格好つけようとしているんだ」
アンジェリーナは呆れたように眉を上げた。セラは意味が分からず、首を傾げていた。エルナだけが、何か察したように静かに俺を見ていた。




