↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
58/61

帝国資源局の要求

 資源局の役人が北門に現れたのは、仮封印の準備が整う前だった。黒い防寒外套。襟元の銀章。顔は青白く、目だけが忙しく動いている。

 

 「帝国資源局北方出張所、副監理官ベリオ・サントスです」

 

 男は丁寧に名乗った。

 「冷却循環制御核片、黒匣記録板、主起動印は資源局管轄物です。速やかに引き渡しをお願いします」

 

 北門の空気が硬くなった。ダグラスが小さく舌打ちする。ノアは壁際で弓弦を外したまま、役人の後ろを見ている。

 アンジェは何も言わない。だが、細剣の柄に指を置いていた。俺は黙っていた。ここで剣を抜く必要はない。だが、渡すわけにもいかない。エルナが前へ出た。

 

 「本件は冒険者依頼中に発生した危険案件です。ギルドとして報告確認が終わるまでは、証拠物の引き渡しはできません」

 「証拠物ではありません。資源局管轄物です」

 

 ベリオは微笑んだ。目は笑っていない。

 「古代魔導炉関連物は資源局の専管事項です。危険物であるならなおさら、専門部署が管理する必要があります」

 

 「専門部署の同行者が、契約書に反して単独行動した結果、危険機構が起動しました」

 カイルが言った。ベリオの視線がカイルへ移る。

 

 「それは現在確認中です。故人の名誉に関わるため、不確かな発言は慎んでいただきたい」

 「不確かではありません」

 

 カイルは証拠袋を胸元へ引いた。

 「私は現場責任者として記録しました」

 「ならばその記録も、資源局の調査対象です」

 

 悪い流れだった。ギルドはあくまでも冒険者の依頼を管理する組織だ。古代炉心や核片は資源局の管轄だと言われれば、押し切られる可能性がある。

 だがここで渡せば、記録が消える可能性がある。その可能性がある時点で、渡すわけにはいかない。ベリオはさらに続けた。

 

 「また、早急に地下施設への再突入隊を編成する必要があります」

 その言葉で、空気がもう一段冷えた。

 

 「再突入?」

 エルナの声が低くなる。

 

 「オルディン監理官及び他の調査隊の遺体、補助認証片残骸、第二層制御盤、炉心周辺資料の回収が必要です。時間を置けば、地下施設の状態が変化する可能性がある」

 一見、もっともらしい理屈だ。遺体。補助認証片。炉心制御盤。資料。どれも重要だ。だが、俺達が帰還した直後に言うべきことではない。

 

 「現場を知る者が案内した方が効率的です。カイル氏の隊から数名を再投入できませんか」

 

 フェイの顔が青くなった。俺たちを使い捨ての道具として認識していなければ出来ない発言だった。カイルが先に言った。

 

 「却下します」

 短い声だった。

 「現場責任者として述べます。現在の隊員に再突入能力はありません」

 「能力ではなく、経験の問題です。現地を知る者が必要なのです」

 「現地を知っているからこそ、直ぐに戻る気はない」

 

 俺は右腕の痛みを無視して、ベリオを見返した。

 「帰還直後の隊を休養もなしに再投入すれば、道案内ではなく、死体を増やすだけだ」

 「言葉が過ぎますね」

 「現場の状況はもっと過ぎていた」

 

 沈黙が続いたその時だった。

 「その引き渡しと再突入要請は停止してください」

 

 女の声がした。静かで、よく通る声だった。門の内側から、一人の役人が歩いてくる。灰色の外套。銀縁の眼鏡。

 肩には、資源局とは違う紋章。秤と剣を組み合わせた印。ベリオの顔色が変わった。

 

 「監察局……」

 帝国監察局。資源局とは別系統の帝国政府機関だ。内部監査や危険案件の監察を担当する。万能ではないが、資源局にも対抗できる政治力を持っている。

 

 「帝国監察局、特別監察官レオナ・ヴァルクです」

 名乗り方に余計な飾りはない。味方として来た声ではなかった。だが、敵の声でもない。

 

 「本件は、現時点で単なる資源回収案件ではありません。帝国官庁職員による職務逸脱、危険情報秘匿、確認書違反、ならびに現場指揮権侵害の疑いがあります」

 

 ベリオが口を開く。

 「監察官殿。資源局としては、まず危険物の安全確保を」

 「もちろん危険物の安全確保は必要です」

 

 レオナは頷いた。

 「ですが、職員の違反行為が疑われる以上、当該危険物は同時に証拠物です。資源局単独での回収は認められません」

 「これは資源局の専管事項です」

 「魔導炉の調査自体は、資源局の職務に含まれる場合があります」

 

 レオナは淡々と言った。

 「ですが、救助依頼を偽装しただけでなく、現場責任者の命令を無視し、補助認証片を秘匿した疑いがあることが問題です」

 

 ベリオの口元が引き締まる。

 「疑い、でしょう」

 「だからこちらで預かります」レオナは即答した。「疑いが晴れるまで」

 

 ベリオは再突入についても食い下がろうとした。

 「しかし、現地の証拠が失われる恐れがあります」

 「再突入は別案件として編成すべきでしょう」

 

 レオナは言った。

 「封鎖班、魔導工兵、治癒師、監察官立会いのもとで計画を作成すること。帰還直後の救助隊を再投入する理由にはなりません」

 「現場を知る者の案内があれば効率的です。さあ今すぐにも」

 「それを今要求するなら、資源局が冒険者の疲労と負傷を危険評価に入れていない証明になります」

 

 ベリオは黙った。その言い方で場の空気が決まった。ギルドだけでは弱い。だが、監察局が立つなら話が変わる。

 資源局は資源を扱う。監察局は官庁の失敗を扱う。そして今、これは資源ではなく失敗の記録だった。レオナはエルナとカイルへ向き直った。

 

 「証拠物は、冒険者ギルド、監察局、資源局の三者立会いで封印します」

 「了解しました」

 

 エルナが答える。レオナは俺を見た。

 「あなたがロイドですね」

 「そうだ」

 「右腕を治療した方がいいかと」

 「今それを言うのか」

 「監察局は医療機関ではありませんが、証言者が倒れるのは困ります」

 淡々としている。好意ではない。合理性だ。嫌いではなかった。


 三者封印は、北門詰所の石造りの記録室で行われた。窓は小さい。壁は厚い。机は古く、傷が多い。

 冒険者が持ち込む厄介な品や、門で押収した品を一時的に保管するための部屋だ。

 そこに、土箱が置かれた。フェイは最後まで手を添えていた。フィンも横に立っている。

 

 「このままか?」

 フェイが尋ねる。

 

 「このままだ」

 フィンは即答した。

 

 「封印するなら外側だけにしろ。箱の継ぎ目を塞ぎすぎるな。中の反応が逃げ場を失う」

 「俺の箱、まだ大丈夫ですか」

 「今はな」フィンはぶっきらぼうに言った。「あとでちゃんとした仮封容器を作る。でも、今日のところはこの泥箱の方が信用できる」

 

 土箱の隣には、黒匣記録板。主起動印。監督官記録片。カイルの現場記録。記録官が証拠品の名称を読み上げる。

 

 「黒匣記録板、一枚。主起動印、一点。監督官記録片、一片。冷却循環制御核片、土箱封入状態、一件」

 

 それぞれにギルドの封蝋、監察局の細い銀印が押された。資源局の印はない。ベリオは壁際でそれを見ていた。

 表情を消している。だが、目は消えていない。いずれまた来るだろう。

 

 資源局は諦めない。帝国の資源問題は、それだけ深い。だが、少なくとも今日は消せない。

 レオナが黒匣記録板の表層確認を行った。完全開封ではない。封印を壊さず、表に残った記録だけを読む。ギルド記録官が文字を写す。

 「地下第二層、冷却炉心管理区画。主起動印、補助認証片、両認証により安全起動」

 「主起動印のみでは起動保留。補助認証片のみでは強制補助起動。強制補助起動時、防御機構による不正判定の危険。天眼監視機獣、アルゴス」

 続いて監督官記録片。

 「補助認証片、資源局本隊同行者管理。強制補助起動時、防御機構作動の危険」

 

 部屋が静かになった。これで十分だった。完全な証明ではない。だが、隠せる段階は越えた。レオナはベリオへ視線を向けた。

 

 「資源局に恨みはありません」

 その声は平らだった。

 「ですが、帝国の記録に穴を空ける者は嫌いです」

 

 ベリオは何も答えなかった。レオナは今度はカイルの現場記録を開いた。負傷者。オルディンの行動。アルゴス起動。核片回収。

 

 文字はところどころ震えている。だが、必要な情報は抜けていない。

 

 「よく残しています」

 レオナが言った。カイルは苦い顔をした。

 

 「止められなかったものがあります」

 「止められなかった事実を記録したことに価値があります」

 

 レオナは記録板を閉じた。

 「失敗を消す者より、失敗を残す者の方が帝国には必要です」

 

 カイルは何かを言おうとして、やめた。深く頭を下げる。

 「ありがとうございます」

 俺はその横顔を見た。一晩で強くなったわけではない。だが、責任の置き場所は覚えた。それで十分だ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。