防御機構の目覚め
制御盤が青白く発光した。炉心室全体が震える。床の金属板に、光の線が走る。セラが叫んだ。
「起動します!」
低い声が、炉心室に響いた。古代の音声。人の声に似ているが、人間の温度がない。
「補助認証、確認。主認証、欠落。強制補助起動、進行」
オルディンの顔に、勝利の色が浮かびかける。だが、次の瞬間、その色は消えた。
「主認証欠落。制御権、不成立。炉心反応、不安定。侵入者権限、否認」
オルディンが制御盤を叩いた。
「違う。補助認証は通ったはずだ。制御権を――」
「不正起動、判定。防御機構、起動。天眼監視機獣アルゴス、覚醒」
炉心室の天井が開いた。いや、天井だと思っていたものが、装甲だった。黒い金属板が左右へずれ、奥から巨大な眼が開く。
一つ。二つ。四つ。いや八つだ。青白い眼が、炉心室の闇に灯った。セラが息を呑む。
「上……!」
アンジェが動いた。オルディンへ向かってではない。カイルの前へ。次の瞬間、天井から細い冷却針が降った。アンジェがカイルを突き飛ばす。針は床を貫き、金属板に霜の花を咲かせた。
「走れ!」
俺は叫んだ。だが、オルディンは動けなかった。制御盤に手を置いたまま、開いた天井を見上げている。
「違う……私は、帝国のために……」
「オルディン! 離れろ! 制御できていない!」
俺は一歩踏み出した。間に合わない。分かっていた。それでも身体が動いた。
戦場では、間に合わない救助に身体が動くことがある。それは美徳ではない。ただの反射だ。
だが、止められない時がある。黒い装甲の奥から、長い金属脚が伸びた。監督官を貫いたものと同じ形。いや、それより太い。それより速い。金属脚がオルディンの胸を貫いた。
音は小さかった。肉が裂ける音より先に、血が凍った。オルディンの身体が宙へ少し浮き、制御盤から手が離れた。
彼の目は炉を見ていた。助けを求める相手を、最後まで間違えた目だった。
「オルディン殿!」
カイルが叫ぶ。前へ出ようとする。俺はその肩を掴んで引き倒した。次の針が、カイルのいた場所を貫く。
「止まるな!」
俺は怒鳴った。
「オルディンは死んだ。俺たちはまだ死んでいない!」
カイルの顔が歪む。怒り。恐怖。後悔。全部が混じった顔。だが、彼は立った。剣を握り直した。
「撤退します!」
ようやく、正しい命令が出た。炉心室の奥で、巨大なものが動き始める。
天眼監視機獣アルゴス。全身はまだ見えない。天井と壁の奥に埋まっていた機構が、少しずつ形をほどいている。
八つの眼がこちらを見る。見られた瞬間、皮膚の熱が奪われるような感覚があった。セラが膝をつきかける。
「ロイドさん! 出口……右……いえ、来た道です。床が閉じ始めています!」
「くそっ!」
俺は走った。退路側の隔壁へ向かい、閉じかけた金属板の隙間へ盾を無理やりねじ込む。ほんの数秒、閉鎖を遅らせるために。
「カイル、セラを連れて走れ!」
「はい!」
カイルがセラの反対側を支える。俺は最後尾へ下がる。アルゴスの眼が、一つずつ強く光る。冷却波が来る。頭の中に浮かんだイメージ。死線というより白い線だった。触れたものから熱を奪い、動きを止める線。
「伏せろ! 冷却波だ!」
俺たちは床へ身を落とした。頭上を白い霜の波が走り、壁の管路を凍らせる。アンジェの髪先に霜がつく。カイルの籠手が白く凍る。セラが短く呻く。だが、生きている。
「起きろ、走れ!」
俺は剣を支えに立ち上がる。アンジェが隔壁の隙間を蹴り広げた。
「長くは持たないわ!」
「十分だ!」
俺たちは炉心室を出た。背後で、オルディンの身体が床へ落ちる音がした。
振り返らない。振り返れば、死ぬ。通路へ出ると、第二層全体が目を覚まし始めていた。
壁の管路が青く光る。床の線が走る。遠くで金属が動く。アルゴスは完全には出てきていない。だが、こちらを認識した。追ってくる。
古代魔導炉は、完全な起動には失敗した。だが、それで終わりではない。むしろ、最悪のものだけが起きた。防御機構。天眼監視機獣アルゴス。
俺は剣を握り直す。ここでは戦わない。炉の腹の中で戦えば、向こうの思う壺だ。
戦うなら、地上だ。ミレアの微温結界。フェイの土壁。ダグラスの盾。ノアの射線。俺たちが作った場所で迎え撃つ。
「地上へ戻るぞ!」
俺は叫んだ。
「ここで戦うな。炉のそばでは、向こうの腹の中だ!」




