↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
52/61

資源局の使命

 俺たちは走った。アンジェが先行し、曲がり角の先を確認する。

 広い空間へ出た。炉心室。中央に、巨大な縦型の炉が立っていた。黒い柱のような炉体。

 

 その周囲を、環状の魔導管が何重にも巡っている。下から青白い光が上がり、上部で白く冷え、また下へ落ちる。流れはまだ不安定だ。脈が乱れている。

 炉の前に、オルディンがいた。外套は雪と霜で濡れ、髪は乱れている。

 

 だが、その目だけは熱を帯びていた。彼の手元には、薄い金属片が差し込まれた制御盤。

 補助認証片。主起動印はない。それでも炉は反応している。無理に起こされている。

 

 「オルディン殿!」

 カイルが叫んだ。オルディンは振り返った。驚きはない。来ると分かっていた顔だった。

 

 「早かったな」

 「止めてください」

 

 カイルが剣を構える。

 「それは正規の起動法ではありません。黒匣記録板にも、強制補助起動は危険だと」

 

 「危険がない魔導炉などありんえんよ」

 オルディンは静かに言った。

 「帝国は、危険を管理することで大きくなった」

 

 「管理できていないから、監督官は死に、調査員も死んだ!」

 カイルの声が荒くなる。

 

 「あなたは契約に反し、夜間に単独で第二層へ侵入した。救助隊を危険に晒した。今すぐ認証片を抜いてください」

 

 「抜けば、この魔導炉はまた眠る」

 「眠らせるべきです」

 「では、帝国も眠れと言うのか」

 

 その声には、初めて怒りがあった。穏やかな官僚の声ではない。何かを信じている人間の声だった。オルディンは炉へ向き直る。

 「我々の魔導文明を支える魔力結晶は年々減少している。南方鉱区の産出効率は落ち、輸送路の維持費は上がり、辺境の村は冬を越す燃料すらギルド依頼に頼り始めている」

 

 彼は制御盤に手を置いた。

 「冒険者は、目の前の一人を救う。それは尊い。否定せん」

 

 こちらを見る。

 「だが、私はまだ見えない十万を救わなければならない」

 

 カイルが言葉を失った。アンジェが細剣を構える。

 「その十万のために、リーネさんを保存膜に閉じ込めたの?」

 「彼女を閉じ込めたのは私ではない」

 「でも、利用する気だった」

 

 オルディンは答えなかった。セラが震える声で言った。

 「炉の音が乱れています。これ以上進めると、防御機構が」

 「防御機構は、正規起動が完了すれば沈静化する」

 「主起動印がありません」

 「補助認証片による強制起動でも、炉心が安定すれば制御権は取れる」

 

 「取れなかったら?」

 セラが問う。オルディンの表情がわずかに硬くなる。

 

 「取れる。取れるはずだ」

 それは答えではなかった。祈りだった。俺は一歩前へ出た。

 

 「オルディン。それは計画じゃない。願望だ」

 オルディンの目が細くなる。

 「ロイド。戦場帰りのおまえなら、分かるはずだ。犠牲なしに帝国は存続出来ない」

 

 「鉱脈が痩せていることは否定していない」

 俺がそう言うと、オルディンの眉が僅かに動いた。

 

 「ならば――」

 「勘違いするな」

 俺は遮った。

 「俺は、この炉を捨てろと言ってるんじゃない」

 

 今度こそ、オルディンの表情が変わった。カイルもこちらを見る。

 「使えるなら使えばいい」

 

 俺は炉を見る。青白い光が、不規則に脈を打っている。

 「魔力結晶の代わりになる。冬を越せる村が増える。輸送も減らせる。軍の兵站も楽になる。そこまで本当にできるなら、試す価値はある」

 「……分かっているではないか」

 

 オルディンの声に、ほんの少し熱が戻る。

 「だから言ってる」

 

 俺は炉を指した。

 「使いたいなら、壊すな。お前の判断で暴走させれば、この古代炉そのものも失う」

 

 オルディンの目が止まる。

 「人間だけじゃない。設備も、記録も、認証機構も、次に繋がる機会も全部消える。使いたいなら、生きて帰って、調べて、人を揃えて、もう一度来い」

 「それでは遅いのだ。この魔導炉は帝国の資源問題を一気に改善できる可能性のある戦略資産だ。監察局や軍が介入すれば起動試験そのものが許可されない可能性もある」

 

 俺は炉を見た。青白い光が、不規則に脈を打っている。

 「お前のやり方は、失敗したら二度目がない知っているだろう。監督官が死んだ。ハルムも死んだ。リーネは保存膜の中で死にかけた。外にはミレアたちがいる。付近には街道がある。ここで炉が暴れれば、救助隊も、調査隊も、周辺の村も巻き込む」

 

 俺はオルディンを見た。

 「そこまで赤字を積んで、まだ黒字だと言い張るのか」

 「この炉が安定すれば、それ以上の利益を生む」

 「安定すれば、だろう」

 

 俺は言った。

 「制御権を取れれば。防御機構が沈静化すれば。炉心が壊れなければ。地上が持てば。全部、もしもの話だ」

 

 オルディンは黙る。

 「お前が持っているのは計算書じゃない。成功した時だけを見た願望だ」

 「それでも、誰かが始めなければならない」

 「始めるなら、正規の部隊を組め。軍を呼べ。ギルドに情報を出せ。治癒師と封鎖班を揃えろ。地図を出せ。危険を開示しろ」

 

 俺は一歩、さらに進んだ。

 「それをせず、救助依頼の皮を被せて、確認書を破って、夜中に一人で炉を叩き起こした」

 

 オルディンの顔から、わずかに余裕が消えた。

 「緊急性があったのだ」

 「違う」

 

 俺は首を振った。

 「お前は国家を守っているんじゃない。国家の名前で、手順を飛ばしているだけだ」

 

 炉の振動が強くなる。床の線が、青白く伸びた。セラが歯を食いしばる。

 「ロイドさん、時間が」

 

 オルディンは制御盤へ視線を戻した。

 「手順を守っている間に、鉱区は死ぬ。辺境は凍る。帝都の灯も、軍の兵站も、冒険者制度も、すべて資源で動いている」

 「だから、人間を炉にくべるのか。リーネもハルムも」

 「国家は、個人だけでは守れん」

 「個人を燃料にする国家は、存続する価値を失う」

 

 オルディンの手が、補助認証片にかかった。

 「綺麗事だな」

 「綺麗事で済ませたいなら、最初から汚い手順で始めるな」

 

 俺は剣を構えた。

 「帝国のためと言えば、確認書も命令系統も死体も飛び越えられると思うな」

 

 カイルが息を呑んだ。オルディンは、ほんの少しだけ目を伏せた。だが、手は止まらなかった。

 「私は、帝国を凍らせるわけにはいかない」

 「その炉は、お前一人で背負える重さじゃない」

 「それでも、私の使命なのだ」

 「違う」

 

 俺は低く言った。

 「それは使命じゃない。越権だ」

 

 沈黙。次の瞬間、オルディンは補助認証片をさらに奥へ押し込んだ。

 「ならば、結果で証明しよう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。