出発
カイルが腕を組んだ。
「聞きましょう」
「そうだな。まず、アンジェを先頭に置くべきではない」
「え、そこ?」
アンジェが目を丸くする。カイルも眉を寄せた。
「アンジェリーナ殿の速度は、先頭でこそ活かせるのでは?」
「速い奴を先頭に置くと、隊列が伸びて危険だ」
俺は言った。
「彼女の速さは、崩れた場所への即応、突出した敵の処理に使うべきだ」
「それってつまり、私は切り札ってことよね?」
軽い調子で言ったつもりなのだろう。だが、その声は少しだけ上ずっていた。俺は雪の上に、側面遊撃の位置を示す印をつけた。
「ああ。切り札だ。火力と速度を両立しているのはお前しかいない」
「……っ」
アンジェが一瞬、言葉を詰まらせた。いつもなら、そこで胸を張って「当然ね」と言うはずだった。だが、今は違った。頬が、ほんの少し赤い。北門の冷たい風のせいにするには、目が泳ぎすぎていた。セラがそれに気づき、口元を押さえる。
「アンジェさん、嬉しそうです」
「う、嬉しくなんかないわよ」
アンジェは慌てて外套の襟を直した。
「戦術的に当然の評価を受けただけでしょ。私は速いし、強いし、優秀なんだから」
「そうだな。予備戦力としては理想的だ」
俺が頷くと、アンジェはさらに固まった。
「……そういう時だけ、素直に肯定しないでくれる?」
「事実だ」
「だから困るのよ!」
フェイが後ろで小さく吹き出し、ダグラスが肘で小突いた。カイルは咳払いをして、無理やり話を戻す。
「では、アンジェリーナ殿は遊撃。側面警戒を担当していただきます」
「分かったわ」
アンジェは細剣の柄に手を置き、少しだけ顔を背けた。
「切り札らしく、働いてあげる」
その横顔は、まだ少し赤かった。次に俺はセラを見た。
「セラの配置もあまりよくない」
カイルが言う。
「後方に置いて守るべきでは?」
「環境術師は後ろから火球を撃つ職じゃない。音と地形を観察し欺瞞する役だ。前方の音、魔力の流れを拾えなければ意味が薄い。後ろに置けば、前衛が死んだ後に警告が来る」
セラが小さく息を呑んだ。俺は続ける。
「セラは前衛のすぐ後ろだ。最前列には出さず、だが最初に異常を拾える場所に置く。フェイもセラのすぐ後ろに置く。異常があればセラが拾い、フェイが土の魔術で支援する形だ」
フェイが眉を上げた。
「俺は後衛じゃないのか?」
「後ろすぎると、土壁の発動が間に合わない。火を撃つ場面より、地形操作をする場面の方が多いはずだ。今回のような依頼ではな」
「地味だな」
「地味な仕事ほど、人を生かす」
フェイは不満そうに口を曲げたが、完全には反論しなかった。カイルは黙って聞いていた。納得はしていない。だが、無視もできない。
「オルディンとミレアを二列目に置くのも危ない」
「守る対象を早めに保護するためですが」
「前列が崩れた瞬間、二人が食われる。それに、オルディンは守るだけじゃない。見張る対象でもある」
オルディンの微笑が少しだけ薄くなった。
「私を信用していないようだな」
「していません。あまり」
アンジェが小さく笑った。セラは困った顔をした。俺は構わず続ける。
「だから中央に置く。守るためでもあるし、勝手に動かないように見える位置に置く。ミレアも中央だ。治癒術師は前後どちらにも手が届く場所がいい」
ミレアは静かに頷いた。
「その方が動きやすいわ」
次に、ダグラスを見た。
「ダグラスを最後尾に置くと、前列の安定感が落ちる。カイルの横だ」
ダグラスが片眉を上げる。カイルが少し驚いた顔をした。
「僕の横に?」
「正面から来る圧力を、一人で受けるな。ダグラスが横にいれば、お前は指揮判断に集中できる」
ダグラスは盾を軽く叩いた。
「俺は構わんぜ」
「そして、ノアは後方側面。尾根と横道を見ろ。雪原で前方だけ見てもまずい。敵はだいたい、死角から来る」
「了解」ノアが短く頷く。
カイルが目を細める。「では、ロイドさんは?」
「最後尾につく」
カイルの眉が寄った。
「殿ですか。ですが、ロイドさんには中央で全体を見てもらった方が」
「前を見る奴は多い」俺は言った。「だが、後ろで危険を見る奴が足りない」
俺は北門の外へ視線を向けた。しばらく、誰も口を開かなかった。ノアが小声で呟く。
「……なんか、本当のリーダーみたいだな」
ダグラスがそれをたしなめるように見た。だが、俺は気にしなかった。
カイルは地面を見下ろしていた。自分が出した隊列を、目の前で組み替えられた。面白いはずがない。それでも、彼は隊列の上に指を置き、ゆっくりと言った。
「いいでしょう……行軍隊列は、ロイドさんの案を採用します」
フェイが驚いた顔をする。アンジェも少しだけカイルを見直したような顔をした。カイルは続ける。
「ただし、全体指揮は僕が取ります。ロイドさんには、あくまで危険判断について助言を求めるだけです」
面子を残した言い方だった。だが、それでいい。現場では、完璧な言葉より、生き残る配置の方が重要だ。俺は頷いた。
「それでいい。俺は死に場所を指摘する。命令にするのはお前だ」
カイルの顔に、わずかな緊張が戻った。自分が何を引き受けたのか、改めて分かったのだろう。オルディンが穏やかに言った。
「ずいぶんと慎重な隊列だな」
「不満ですか」
俺が聞くと、オルディンは微笑した。
「いや。救助隊として、慎重さは美徳だ」
嘘ではない。だが、全部でもない。この男は、慎重さが自分の目的を遅らせる時、どう動くか。それを見ておく必要がある。
エルナが北門の内側から歩いてきた。手には、昨日の確認書の写しと、依頼票。
「出発前の最終確認です」
彼女はカイルと俺の両方を見た。
「救助対象は帝国北方資源局の調査隊。現地到着後、生存確認を最優先。地図外構造、記載外施設、封鎖判断が必要な場合は、確認書に従い、現場責任者と冒険者側代表の合意が必要です」
「確認しました」
カイルが答える。俺も頷く。エルナは一瞬だけ、俺たち全員を見た。
「必ず戻ってください」
受付職員としての言葉ではなかった。少しだけ、個人の声が混じっていた。
「戻る」俺は言った。「そのために準備してきた」
エルナは小さく頷いた。北門が開く。重い木と鉄の軋む音。外には、白く曇った街道が伸びていた。
「出発します」
カイルの声に、全員が動き出す。俺たちは北へ歩き出した。救助依頼がついに始まった。




