教本通り
翌朝、俺たちは約束の時刻より少し早く北門へ着いた。北へ向かう街道は、門の外でゆるやかに下り、やがて灰色の丘陵地帯へ続いている。そのさらに先に、旧監視塔区域がある。
アンジェは短い外套の襟を留め直しながら、門の外を見ている。腰の細剣はいつも通りだが、足元には、昨日までより薄い形に改良された制動環が付いている。フィンが夜のうちに調整したらしい。真鍮の外環は小さくなり、革の固定具も、以前より足首へ馴染んでいた。
「フィンは?」
俺が聞くと、セラが門の外を指した。
「さっきまでいました。反響針の使い方も、もう一度説明してくれて……それから工房へ戻りました」
「寝てないのか」
「たぶん、寝ていません」
セラは少し困った顔をした。
「でも、すごく元気そうでした」
想像できる。未知の地下設備。古代の魔導機構。フィンにとっては、眠る理由より起きている理由の方が多い。
だが、今回は連れて行けなかった。俺たちは救助へ行くのであって、好奇心のために職人を死地へ連れて行くわけではない。
俺は北門の脇に立ち、装備を確認した。槍。盾。剣。予備の革紐。治療布。簡易照明符。地図にない場所へ入るなら、万全の準備をしておく。
「来たわ」
アンジェが門内へ視線を向けた。カイルが歩いてくる。
銀細工の入った鎧。磨かれた剣。貴族の三男らしい整った装備だが、過剰な飾りはない。少なくとも、今回の依頼が見栄でどうにかなるものではないことは理解しているらしい。
その後ろに、四人の冒険者と、資源局のオルディンが続いていた。
一人目の冒険者は剣士だった。背は高く、肩幅もある。装備は華美ではないが、よく手入れされている。中型盾と片手剣、そして鎧。だが、歩き方に僅かだが癖があった。
二人目は魔術師。自分の杖を大事そうに抱えながらも、視線はやや上にある。火力に自信があるタイプだ。
三人目は弓使い。痩せた青年だった。濃い灰色の外套をまとい、背には長弓。無口そうだが、目だけはよく動く。門の上、屋根、街道の曲がり角。こちらが見ていることに気づくと、すぐに視線を外した。
四人目は治癒術師。淡い緑の短衣の上に防寒用の外套を重ねた女性だった。。腰には薬瓶と包帯袋。杖は短く、戦闘用というより治療用のものだ。だが足取りは落ち着いている。怪我人の隣で取り乱すタイプではなさそうだった。
カイルは俺たちの前で足を止めた。
「お待たせしました。早速紹介しましょう。今回、僕が連れてきたメンバーです」
彼はまず剣士へ手を向けた。
「ダグラス・レイ。Dランク剣士。防衛戦と護衛依頼の経験があります」
ダグラスは短く頭を下げた。
「ダグラスだ。よろしく頼む。斬るよりも守る方が得意だ」
声は低く、余計な飾りがない。俺は頷く。
「もしかして、足に力を入れて受ける癖はないか?」
ダグラスは一瞬だけ足元を見て、それから低く笑った。
「分かっている奴の言い方だな。そうだ、ある。直している途中だ」
正直だ。悪くない。次にカイルは魔術師を示す。
「フェイ・ミルド。火と土の魔術を使います。中距離火力として期待できます」
フェイは得意げに笑った。
「火力なら任せてくれよ。群れが出ても、まとめて焼ける」
「今回の依頼では、火球を使うべきでない場面があるかもしれない」
俺が言うと、フェイの笑みが少し固まった。
「雪がある場所で急加熱すれば、崩落、あるいは煙で視界が落ちるかもしれない」
「いや、でも魔物相手なら火力は必要だろ」
「必要な時にはもちろん使う。だが必要でない時に撃てば、敵より先に味方を殺す」
フェイは不満げに口を開きかけた。だが、カイルが先に言う。
「フェイ。火術の使用判断については僕に従って下さい」
フェイはカイルを見て、それから渋々頷いた。
「……分かったよ」
カイルは次に、弓使いを見た。
「ノア・セルク。弓使い。索敵と遠距離支援」
ノアはそれだけ言って、彼は北門の上と、外の稜線を見た。
「高所を見るのが癖か」
俺が聞くと、ノアは短く答えた。
「上から来るものは、地面を見る奴には見えない」
「いい癖だ。セラの指示で撃てるか」
ノアの視線がセラへ向いた。セラは少し驚いたように瞬きをする。
「環境術師の?」
「そうだ。見えない相手の位置を、音で拾うことがある」
ノアは少しだけ考えた。
「位置を言ってくれるなら撃てると思う」
「見えなくてもか」
「外したら、次を修正する」
これも悪くない。感情より手順で動ける。セラが小さく頭を下げた。
「できるだけ、分かりやすく伝えます」
ノアは短く頷いた。最後に、カイルは治癒術師を紹介する。
「ミレア・ノルン。治癒術師です。負傷者対応と状態管理を担当します」
ミレアは落ち着いた所作で会釈した。
「ミレアです。重傷治療は一日二回まで。軽傷なら回数は増やせますが、冷却障害や魔力汚染は専門外です」
「負傷者が出た時、まず何を見る」
俺が聞くと、彼女はすぐに答えた。
「治せるかどうかより、どこへ下げるかです。治療場所が悪ければ、治癒中に二人目が出ます」
俺は頷いた。「いい」
ミレアは少し意外そうな顔をした。
「何がですか」
「治す前に、悪化させない手順がある」
「治癒術師なら当然です」
「当然をやれる人間は少ない」
ミレアはほんの少しだけ表情を和らげた。アンジェが小声で言う。
「あなた、治癒術師には優しいのね」
「治癒術師を雑に扱う奴から死ぬ」
「現実的すぎるわ」
「現実だからな」
カイルが軽く咳払いをし、雪の上に隊列を書いた。
「では、隊列を決めます。先頭は、僕とアンジェリーナ殿。正面からの接敵に対応します」
アンジェが少し眉を上げる。
「私が先頭?」
「はい。アンジェリーナ殿の速度なら、斥候と初撃対応を兼ねられます」
カイルは続けた。
「その次に、オルディン殿とミレア。護衛対象と治癒術師を早めに保護できる位置です。後方にフェイ、ノア、セラさん。魔術、弓、支援職をまとめて配置します。ダグラスは最後尾。追撃や背後からの接敵に備えてください」
「殿か。任せておけ」ダグラスは腕を組んだ。カイルは最後に俺を見る。
「従軍経験のあるロイドさんには中央の守りをお願いしたい。オルディン殿とミレアを守りつつ、全体を警戒してください」
悪くはない。教本通りだ。前衛であるカイルとアンジェリーナを前に置き、突破力を確保。護衛対象であるオルディンと治癒術師のミレアを中央の重装で守り、支援職のセラと遠距離攻撃が出来る術師と弓を後方へ置く。最後尾に剣士のダグラスを置けば、背後からの襲撃にも対応できる。
平地の街道護衛なら、それでいいだろう。だが、今回行くのは北の旧監視塔区域だ。雪、崖、崩落地形、視界不良。加えて、資源局の調査隊が消息を絶った場所。何が起こるかわからない。俺は雪の上の隊列を見下ろし言った。
「悪くない。正面から敵が来るならな」
カイルの表情が少し固くなる。
「問題がありますか」
「ある」




