仮定の質問
「監査官」
契約書への署名を終えた後、セラが、初めて口を開いた。声は小さい。だが、震えていなかった。
「質問があります。資源局の封印具を見せてもらえますか」
オルディンは眉を寄せた。
「なぜだ」
「魔力の向きが気になります」
「魔力の向き?」
アンジェが聞き返す。セラは頷いた。
「封印具には、外から内へ押さえるものと、内から外へ漏れないようにするものがあります。依頼書の説明では、外部からの二次被害防止と書かれています。でも……」
セラの視線が、オルディンの足元に置かれた革鞄へ向いた。
「その鞄から漏れている魔力の流れは、外側ではなく、内側へ向いています」
マロニエが口笛を吹いた。
「おいおい。見ただけで分かるのか」
「見たわけではありません。音が……少し、吸われているので」
セラは控えめに答えた。オルディンは一瞬だけ沈黙した。その一瞬は、短い。だが十分だった。
「封印具は規格品だ。専門外が不用意に触れるべきものではない。機密装備だぞ」
「救助隊に持ち込む装備が、救助隊に見せられないんですか」
オルディンの指が、机の上で一度だけ止まった。カイルが革鞄を見る。
「オルディン殿。確認だけなら、問題ないのでは」
オルディンはカイルへ視線を向けた。
「ヴァーレン卿まで、そのような」
「現場責任者は僕です」
その言い方はまだぎこちない。だが、自分でその言葉を使った。
「持ち込む装備の内容を知らずに責任は取れません」
オルディンはため息と共に革鞄を机の上に置いた。金具を外す音が、やけにはっきり響く。中には、黒い封札が三枚、銀色の円筒が二本、そして青白い結晶粉の入った小瓶が並んでいた。セラが一歩近づく。
彼女は触れない。ただ、杖先をわずかに傾け、空気の揺れを聞くように目を細めた。
「これは……外から閉じるだけじゃありません」
「どういうこと?」
アンジェが聞く。
「封じた内側の魔力反応を、保存するようになっています。消すのではなく、漏れないようにして、状態を保つ」
セラは銀色の円筒を見る。
「これも、救助用ではありません。中の反応を保ったまま、持ち帰るための筒です」
《冷却反応保存筒》。依頼物資の欄にあった品名。俺はオルディンを見た。
「救助のために、反応を保存する必要があると?」
オルディンは鞄を閉じた。
「未知の冷却反応が確認された場合、その性質を調べる必要がある。資源局として当然の備えだろう」
「つまり、最初から未知の冷却反応があると想定していた」
「あくまで、可能性だ」
「地図にない地下構造も?」
「そのような報告は受けていない」
言い切った。だが、早すぎる。知らない人間は、もう少し疑問を持つ。知っていて隠す人間ほど、言い切る。マロニエが机に肘をついた。
「なあ、オルディンさんよ。地図にない地下があった場合、あんたは驚くのか?」
「仮定の質問には答えかねるな」
「便利だな。今度使わせてもらう」マロニエは笑った。「借金取りに聞かれたら、仮定の返済には応じかねますってな」
アンジェが呆れた顔をした。オルディンは何も言わずに書類をまとめ、外套を羽織る。扉へ向かう直前、彼は振り返った。
「ロイド。北の塔は、君たちが考えているような場所ではない」
「そうでしょうね」
「余計なことを考えるな。私の指示を聞き、必要な任務だけを果たせ」
オルディンはそう言って、扉を閉めた。暖炉の火だけが残る。最後に、ノーマンが言った。
「本件は高危険度案件だ。現在のランクでは、この任務への正規参加資格が足りない」
セラの表情が強張る。
「では……」
「だから、緊急任務規定を使う」
ノーマンが、三枚の金属板を卓へ置いた。銅色の小さな板。俺たちが持っているEランク札とは、縁の刻みが一つ違う。
「ロイド、アンジェリーナ、セラ。三名を、本任務に限りDランク相当として仮認定する」
アンジェリーナが目を丸くする。
「仮認定?」
エルナが説明する。
「緊急任務参加資格です。正式昇格ではありません。ただし、任務達成後の査定に反映されます」
セラは、自分の冒険者証を見た。まだFランクの小さな板。それが一段上の認定札へ変わる。
「私たちが……Dランク」
「札が変わるだけだ」
俺は言った。
「中身が変わるわけじゃない」
アンジェリーナが、少し不満そうにこちらを見る。
「そういう時くらい、もう少し喜びなさいよ」
「帰ってから喜べ」
「ほんと、夢がない」
「生きて帰る方が先だ」
セラが、少しだけ笑った。




