契約の修正
「言葉を選びたまえ。ロイド君。君は今、帝国の機関と話している」
「選んでいるつもりです」
「そうは見えん」
「なら、あなたも選ぶべきでしょう。現場で人を殺す契約か。帰す契約か」
カイルの口元から笑みが消えた。オルディンは眼鏡を押し上げる。
「必要な措置だ。帝国の資源管理は、個人の感情で決められるものではない」
「人が死ぬことも、個人の感情じゃありません」
俺の声は低かった。
「記録に残る事実です」
エルナは手にした書類を見て、ゆっくり言う。
「ギルド側としても、契約条件の修正を求めます。未帰還者の救助を第一目標と明記すること。現場での判断は、戦術指揮を担う者へ委ねること。依頼情報の虚偽・欠落が判明した場合、損害責任を受託者へ一方的に負わせないこと。以上三点を求めます」
オルディンが眉をひそめる。
「受付補佐が判断することではないのでは?」
暖炉の薪がぱちりと爆ぜる。その言葉に俺の腹の奥が冷えた。非正規の受付補佐。権限がない。そうやって、正しい仕事をしている人間を黙らせる。やがてノーマンが顔を上げた。
「三点とも、ギルドとして要求する」
オルディンの眉間に皺が寄った。
「どうしても、その条件が必要なのかね?」
エルナは一瞬だけ緊張したように背筋を伸ばした。だが、声は崩れなかった。
「救助依頼である以上、生存者の扱いは明記されるべきです。また、地図にない区域、あるいは依頼書に記載されていない魔導施設が確認された場合、依頼危険度の再査定は規定上可能です」
「規定上、可能というだけだろう」
「はい。ですので、事前合意として残します」
マロニエが小さく笑った。
「いいねえ。書類はこう使うもんだ」
オルディンはしばらく黙っていた。その沈黙は、怒りではない。計算だった。
ここで拒めば、資源局が救助より自身の権限を優先しているように見える。時間もない。調査隊の消息が途絶えてから三日。救助を遅らせた責任は、資源局にも跳ね返る。
カイルが、長い沈黙の後に口を開く。
「……修正は妥当なのでは?」
オルディンが彼を見る。
「ヴァーレン卿」
「現場の判断を、戦闘経験のない者が縛るのは危険です。私が隊長を務める以上、救助対象と同行者の安全を守る責任があります」
カイルは丁寧に言った。だが、目はオルディンから逸らさない。
「権限を持たない隊長など、責任だけ負わされる飾りでしょう」
マロニエが、小さく口笛を吹いた。
「坊ちゃん、今日は少しだけまともだな」
「黙っていただけますか」
「丁寧に怒るんだな。育ちがいい」
カイルの眉が動いたが、言い返さなかった。オルディンが眉をひそめる。
「君たちは報酬を吊り上げたいのか」
「違います」俺はオルディンを正面から見据えた。「俺たちは使い捨てにされない権利が欲しいだけです」
オルディンが笑みを浮かべる。
「冒険者は危険を承知で依頼を受けるものだろう?」
「危険を承知することと、曖昧かつ非合理的な命令で死ぬことは違います」
空気が少し冷えた。俺は机の上の地図を指した。
「旧監視塔区域は、戦争時代の構造物と魔力異常が重なっています。未帰還調査隊が地下へ入った可能性もある。現場で依頼票と違う状況が出た場合、柔軟な判断が必要です」
資源局の役人が眉をひそめる。
「全面的な指揮権を冒険者側に認めるわけにはいかん。任務放棄の口実になる」
「なら参加しません」
俺は即答した。
「強気だな。Eランクの立場で」
「立場と命は別です」
「その態度では、昇格は難しいのでは? ロイド君」
懐かしい言い回しだった。一度目の人生のカイルも、こういう言い方をした。
こちらの年齢、ランク、期限、立場。自分が握っているわけでもない制度を、自分の武器のように使う。
腹の奥に、古い怒りが灯る。だが、今の俺は三十四歳ではない。あと二週間で終わるCランクでもない。ここで怒鳴る必要はない。
「無理な昇格のためだけに死ぬつもりはありません。死んだ冒険者は、査定を受けられない」
アンジェリーナが小さく笑った。セラは青い顔で俺とカイルを見比べている。オルディンの目が、値踏みするように俺達を見た。Eランク退役兵。貴族のお坊ちゃん。本来なら彼にとって扱いやすい駒だったのだろう。
「分かった。救助を円滑に進めるため、一定の条件を確認書へ追記しよう」
結局、契約書は修正された。救助優先。指揮判断は現場隊長の意見も聞く。資源局情報に重大な欠落があった場合、受託者の責任を免除。
見れば当たり前の条項だ。だが、当たり前のことほど、誰かが書かなければ消える。




