↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
36/61

契約の修正

 「言葉を選びたまえ。ロイド君。君は今、帝国の機関と話している」

 

 「選んでいるつもりです」

 「そうは見えん」

 「なら、あなたも選ぶべきでしょう。現場で人を殺す契約か。帰す契約か」

 

 カイルの口元から笑みが消えた。オルディンは眼鏡を押し上げる。

 「必要な措置だ。帝国の資源管理は、個人の感情で決められるものではない」

 「人が死ぬことも、個人の感情じゃありません」

 

 俺の声は低かった。

 「記録に残る事実です」

 

 エルナは手にした書類を見て、ゆっくり言う。

 「ギルド側としても、契約条件の修正を求めます。未帰還者の救助を第一目標と明記すること。現場での判断は、戦術指揮を担う者へ委ねること。依頼情報の虚偽・欠落が判明した場合、損害責任を受託者へ一方的に負わせないこと。以上三点を求めます」

 

 オルディンが眉をひそめる。

 「受付補佐が判断することではないのでは?」

 

 暖炉の薪がぱちりと爆ぜる。その言葉に俺の腹の奥が冷えた。非正規の受付補佐。権限がない。そうやって、正しい仕事をしている人間を黙らせる。やがてノーマンが顔を上げた。

 

 「三点とも、ギルドとして要求する」

 

 オルディンの眉間に皺が寄った。

 「どうしても、その条件が必要なのかね?」

 

 エルナは一瞬だけ緊張したように背筋を伸ばした。だが、声は崩れなかった。

 「救助依頼である以上、生存者の扱いは明記されるべきです。また、地図にない区域、あるいは依頼書に記載されていない魔導施設が確認された場合、依頼危険度の再査定は規定上可能です」

 

 「規定上、可能というだけだろう」

 「はい。ですので、事前合意として残します」

 

 マロニエが小さく笑った。

 「いいねえ。書類はこう使うもんだ」

 

 オルディンはしばらく黙っていた。その沈黙は、怒りではない。計算だった。

 ここで拒めば、資源局が救助より自身の権限を優先しているように見える。時間もない。調査隊の消息が途絶えてから三日。救助を遅らせた責任は、資源局にも跳ね返る。

 

 カイルが、長い沈黙の後に口を開く。

 「……修正は妥当なのでは?」

 

 オルディンが彼を見る。

 「ヴァーレン卿」

 「現場の判断を、戦闘経験のない者が縛るのは危険です。私が隊長を務める以上、救助対象と同行者の安全を守る責任があります」

 

 カイルは丁寧に言った。だが、目はオルディンから逸らさない。

 「権限を持たない隊長など、責任だけ負わされる飾りでしょう」

 

 マロニエが、小さく口笛を吹いた。

 「坊ちゃん、今日は少しだけまともだな」

 「黙っていただけますか」

 「丁寧に怒るんだな。育ちがいい」

 

 カイルの眉が動いたが、言い返さなかった。オルディンが眉をひそめる。

 「君たちは報酬を吊り上げたいのか」

 「違います」俺はオルディンを正面から見据えた。「俺たちは使い捨てにされない権利が欲しいだけです」

 

 オルディンが笑みを浮かべる。

 「冒険者は危険を承知で依頼を受けるものだろう?」

 「危険を承知することと、曖昧かつ非合理的な命令で死ぬことは違います」

 

 空気が少し冷えた。俺は机の上の地図を指した。

 「旧監視塔区域は、戦争時代の構造物と魔力異常が重なっています。未帰還調査隊が地下へ入った可能性もある。現場で依頼票と違う状況が出た場合、柔軟な判断が必要です」

 

 資源局の役人が眉をひそめる。

 「全面的な指揮権を冒険者側に認めるわけにはいかん。任務放棄の口実になる」

 「なら参加しません」

 

 俺は即答した。

 「強気だな。Eランクの立場で」

 「立場と命は別です」

 「その態度では、昇格は難しいのでは? ロイド君」

 

 懐かしい言い回しだった。一度目の人生のカイルも、こういう言い方をした。

 

 こちらの年齢、ランク、期限、立場。自分が握っているわけでもない制度を、自分の武器のように使う。

 

 腹の奥に、古い怒りが灯る。だが、今の俺は三十四歳ではない。あと二週間で終わるCランクでもない。ここで怒鳴る必要はない。

 

 「無理な昇格のためだけに死ぬつもりはありません。死んだ冒険者は、査定を受けられない」

 

 アンジェリーナが小さく笑った。セラは青い顔で俺とカイルを見比べている。オルディンの目が、値踏みするように俺達を見た。Eランク退役兵。貴族のお坊ちゃん。本来なら彼にとって扱いやすい駒だったのだろう。

 

 「分かった。救助を円滑に進めるため、一定の条件を確認書へ追記しよう」

 

 結局、契約書は修正された。救助優先。指揮判断は現場隊長の意見も聞く。資源局情報に重大な欠落があった場合、受託者の責任を免除。

 見れば当たり前の条項だ。だが、当たり前のことほど、誰かが書かなければ消える。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。