旧友との再会
「久しぶりだな、ロイド」
男は酒杯を指で弾いた。マロニエ。戦場では、物資より先に噂を運ぶ男だった。
敵の補給路、味方の撤退命令、上官が隠した損耗数。兵士が知りたいことと、知らない方が眠れることを、どちらも拾ってくる。
「まだ生きてるとは思っていなかったぜ。しぶといな」
「お前もな」
「俺は生き汚いのが取り柄だからな。お前みたいに、死に場所を探す趣味はない」
アンジェが眉を上げた。
「誰、この失礼な人」
「マロニエ。軍時代の同期だ」
「戦友って、もっと感動的な再会をするものじゃないの?」
マロニエが肩をすくめた。
「感動的な戦友は、だいたい墓の下だな。生き残った戦友ってのは、たいてい、口が悪いか、性格が悪い」
「あなたは両方ね」
「お嬢さん、初対面なのに容赦がないな」
アンジェの目が細くなる。セラはその横で、マロニエをじっと見ていた。マロニエはそれに気づくと、にやりと笑った。
「そっちの小さいのは、こっちの懐を数えてる目だな」
「……懐ではありません」
セラは少しだけ視線を落とした。
「机の下に、紙筒が三本あります。全部、同じ太さなのに、一本だけ重さが違う音がしました」
空気が一瞬止まった。マロニエの笑みがわずかに深くなる。
「ロイド。面白いのを拾ったな」
「拾ってない。組んでる」
「なるほど。失礼した、お嬢さん」
セラは困ったように首を振る。
「いえ……」
マロニエは机の下から紙筒を一本引き出した。古い革紐で縛られた筒だ。表面には雨染みと擦り傷があり、何度も開け閉めされた跡がある。
「旧監視塔区域へ行くんだろ」
「ああ」
「やめておけ」
即答だった。アンジェが腕を組む。
「それ、情報屋の助言?」
「いや、元兵士の本音だ」
マロニエは紙筒の紐を解きながら言った。
「情報屋としてなら、こう言う。行くなら、普通の救助依頼だと思うな」
卓の上に、古い地図が広げられた。羊皮紙は黄ばんでいる。端は焼け、いくつかの部分には墨で塗り潰された跡があった。山道、旧街道、監視塔、補給兵舎跡、崩落した橋。
地図そのものは、ギルドで見たものとほぼ同じだった。ただ、一点だけ違う。旧監視塔の地下部分に、薄い灰色の線が引かれている。
それは正式な通路ではない。記号も番号も振られていない。まるで書きかけの線を、後から消し損ねたように見えた。
「これは?」
俺が聞く。
「戦時中の工兵用地図だ。表向きには監視塔地下は第一層まで。物資倉庫、雨水槽、避難壕。それで終わり」
マロニエは指先で、灰色の線を叩いた。
「だが、こいつには消し残しがある」
セラが身を乗り出した。
「線が……下に続いています」
「ああ。そこが面白い。何かがあるんだろうな。下に」
マロニエは別の紙片を取り出した。それは地図ではなく、古い工兵の覚え書きのようだった。かすれた文字が並び、いくつかの単語だけが読める。
《下層管理廊》《冷却循環部》《地図記載外》《進入禁止》
「何よ、これ」アンジェが顔をしかめた。
「地図にない地下だ」
マロニエが軽く言った。
「旧監視塔の下には、少なくとももう一層ある。そう考えた方がいい」
ガノンがカウンターの奥で黙り込んでいた。店のざわめきが、少し遠くなる。
俺は地図を見る。監視塔。地図にない灰色の線。嫌な感覚が、胸の奥に落ちた。
「資源局は知っていると思うか?」
「知らないなら、資源局は無能だし、知っているなら、嘘つきだ」
マロニエは酒杯を持ち上げた。
「まあ、最近の資源局なら後者に銀貨一枚だな」
「最近?」
俺が聞き返す。マロニエの笑みが薄くなった。
「知らないのか?」
酒杯を卓へ置く。
「ここ一年くらいだ。あいつら、昔なら封鎖して終わりだった旧坑道や遺跡へ、やたら調査隊を送り込んでる」
アンジェが首を傾げる。
「どうして?」
「鉱山や資源が不足してるからさ」
マロニエは簡単に言った。
「南の鉱区も、西の魔晶坑も、完全に枯れたわけじゃない。まだ掘れる。だが昔より深くて危険だ」
ガノンがカウンターの向こうで鍋を混ぜながら言った。
「この店の燃料炭も上がったぞ。去年より二割だ」
「二割?」
アンジェが目を丸くする。
「それでも安い方だ」
マロニエが言った。
「魔導炉を使ってる工房なんかもっと酷い。同じ量を作るのに、昔より結晶を食う。結晶を掘るために、さらに結晶を食う」
俺は黙って聞いていた。嫌な構図だ。戦争でも見た。前線へ物資を運ぶための補給隊にも物資は必要だ。前線が遠くなればなるほど、届く量は減る。
「それで、古い遺跡まで調査し始めたんですか?」
セラが聞く。
「そうだ」
マロニエが頷いた。
「今や、帝国は同じ灯りを一つ点けるために、以前より多くの金と人を使っている。だから昔なら『危険だから封鎖』で終わった場所が、今じゃ『何か使える資源が残ってないか調べろ』だ。」
地図の灰色の線を指先で叩く。
「旧監視塔も、その一つかもしれん」
俺は地図を見る。資源局。地図にない地下。冷却循環部。そして、救助依頼。線が少しずつ繋がる。
「つまり、救助隊の目的が救助だけとは限らない」
「ああ」
マロニエはそう言って、もう一本の紙筒を開いた。中から出てきたのは、依頼物資の写しだった。
俺はそれを見て、目を細める。携行食。治療包帯。簡易照明符。予備ロープ。測量杭。そこまでは普通だ。だが、その下に妙な品目がある。
《層間封鎖札》三枚。《魔力漏出防止封印》二式。《冷却反応保存筒》一基。
アンジェが眉を寄せる。
「層間封鎖札って何?」
セラが先に答えた。
「通路や階層の魔力の流れを止める札です。普通は……危険な魔導施設や、汚染区域を封じる時に使います」
「つまり、入口を塞ぐ道具?」
「はい。内側の魔力を外に出さないためのものです」
マロニエが愉快そうにセラを見た。
「やっぱり面白いな。ロイド、お前にはもったいない」
アンジェの表情が険しくなる。
「ちょっと待って。救助に行くのに、入口を塞ぐ道具を持っていくの?」
「ああ」俺は答えた。「中の人間を助けるためではなく、中の何かを外へ出さないための道具だ」
「じゃあ、調査隊は……」
アンジェはそこで言葉を切った。言いたいことは分かる。もし、救助対象がまだ中にいるなら。もし、資源局が封鎖を優先したなら。中の人間はどうなる。
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