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確かな評価

 新装備の実戦の機会は、思ったより早く来た。《灰灯商会》から出ていた峡谷街道の精密貨物護衛。積荷は魔導炉用の導線、魔力結晶粉、精密加工部品。敵は、崖上から石を落として荷車の車輪や馬を狙う《岩投げ猿》。

 前回の護衛隊は猿を七体倒した。そして、荷車を一台横転させた。討伐数だけ見れば勝利。依頼としては失敗だった。俺たちは、その依頼を受けた。そして――三日後。

     

 ◇◇

 「……もう一度、確認します」

 冒険者ギルドの受付で、エルナが報告書を見直していた。羽ペンの先が、途中で何度も止まっている。

 

 俺たち三人は、カウンターの前に並んでいた。アンジェの外套には薄く土埃がついている。

 セラの杖先に張られた《反響幕》には、小さな傷が一つ。俺の盾の縁も少しへこんでいた。だが、それだけだった。

 

 「灰灯商会の荷車、二台」

 エルナが読む。

 「到着予定時刻内に目的地へ到着」

 

 羽ペンが動く。

 「馬、二頭。負傷なし」

 さらに一行。

 

 「御者、商会員。負傷なし」

 もう一行。

 

 「積荷損耗……なし」

 

 そこでエルナが顔を上げた。

 「本当に、ゼロなんですか?」

 「ああ」

 

 俺は答えた。

 「荷車も?」

 「車輪に小さな傷はある。通常走行で付く程度だ」

 「魔力結晶粉は?」

 「容器の封印に異常なし。荷主が確認してる」

 

 エルナはしばらく俺の顔を見ていた。それから、報告書へ視線を戻す。

 「岩投げ猿は?」

 「四体が戦闘不能。三体は逃げた」

 

 アンジェが横から答えた。

 「逃がしたんですか?」

 「追う必要がなかったもの」

 

 アンジェは当然のように言った。その言葉に、俺は僅かに彼女を見る。最初に会った頃なら、たぶん追っていた。目の前の敵。届く距離。倒せる相手。それだけで、十分な理由になっていた。だが今は違う。

 

 「石を投げられなくなった時点で、あたしの仕事は終わり」

 エルナが少し驚いたように眉を上げる。

 

 「戻る位置も、最初から決めていたんですよね?」

 「ええ」

 

 アンジェは一瞬だけ俺を見る。

 「ロイドに言われる前に」

 

 少し得意げだった。俺は何も言わない。だが、それでいい。敵へ届く場所だけではない。刺した後に戻る場所まで考える。《錨踏み》を付けた意味が、ようやく身体に染みつき始めている。エルナが次の欄を見る。

 

 「環境術師による索敵・欺瞞支援……」

 今度は、セラへ視線を向けた。

 

 「《反響幕》は?」

 「使えました」

 

 セラが答える。声はまだ小さい。けれど、以前のように自分の言葉を引っ込めるような弱さはなかった。

 

 「崖上にいた猿の位置を、先に見つけられました。石を持ち上げる音も、少しだけ」

 「投石位置の予測まで?」

 「はい。それと……」

 

 セラは一度だけ俺を見る。

 「荷車の音を、実際より少し前へずらしました」

 

 エルナが瞬きをする。

 「音を?」

 「光もです」

 

 アンジェが楽しそうに口を挟んだ。

 「何もないところに石を落とさせたの。三回くらい」

 「四回です」

 

 セラが小さく訂正した。アンジェが笑う。

 「四回だって」

 

 エルナの羽ペンが再び動き始めた。《環境術による投石誘導》 《反響索敵》《輸送対象への攻撃回避》

 以前なら、依頼報告書に書かれなかったような言葉だ。討伐数ではない。傷を与えた回数でもない。何を防ぎ、何を壊さずに済ませたか。そういう結果が、一つずつ文字になっていく。

 

 「それで、灰灯商会の方から、追加の報告が来ています」

 エルナが次の書類を取り出した。

 

 「苦情?」

 アンジェが聞く。

 

 「逆です」

 エルナは紙をこちらへ向けた。商会印が押されている。

 《同種輸送案件発生時、可能であれば同一パーティーを優先希望》

 

 セラの目が少し大きくなる。

 「……次も、ですか?」

 「はい」

 

 エルナが微笑んだ。

 「荷主の方から、『敵を何体倒したかは知らないが、荷物が全部届いた。それで十分だ』と」

 

 俺は少しだけ笑った。商人らしい。そして、正しい。

 

 護衛の目的は、敵を倒すことではない。荷物を目的地へ運ぶことだ。戦う必要がなければ戦わない。逃げる敵を追う必要もない。倒さなければならない敵だけを倒す。

 

 「こういう評価って、珍しいの?」

 アンジェが聞いた。

 

 「指名依頼そのものは珍しくありません」

 エルナは答える。

 

 「ただ、低ランクのパーティーが商会から再指名を受けるのは、めったにありません」

 「どうして?」

 「代わりがたくさんいるからです」

 

 あっさりした答えだった。FやEランクは交換可能。一人が駄目なら次。一つのパーティーが駄目なら別のパーティー。

 それが下位冒険者の扱いだ。だが、依頼主の側から、あの連中に頼みたい、と言われれば事情が変わる。交換可能な人員から、名前のある仕事人へ変わる。小さい。だが、確かな変化だった。

 

 「そういえば、皆さんに見てほしいものがあるんです」

 エルナは机の上に、俺たちの依頼記録を並べた。彼女が指差したのは、単なる討伐数ではなかった。表になっている。依頼名。想定危険度。討伐数。負傷者数。物資使用量。素材損耗率。依頼主評価。環境術支援記録。戦術指示記録。

 

 アンジェリーナが目を丸くした。

 「何これ。すごく細かい」

 「通常の査定表ではありません」

 

 エルナは言った。

 「私が独自に整理したものです」

 

 セラが恐る恐る尋ねる。

 「こんなことをして、大丈夫なんですか?」

 「公式書類ではありませんから。ただ、上席に評価申請を出す時の補助資料にはできます」

 

 俺は表を見た。数字になっている。俺たちがやってきたことが、初めて目に見える形になっている。

 

 負傷者数、ゼロまたは軽微。物資使用量、平均以下。素材損耗率、低い。依頼主評価、高い。予定時間内達成率、高い。

 討伐数だけを見れば目立たない。だが、損害率まで含めると、明らかに優秀だった。

 

 「これなら」

 エルナは少し声を低くした。

 「ロイドさんたちの戦い方は、低損耗・高安定型の戦術として説明できます」

 

 アンジェリーナが腕を組む。

 「低損耗・高安定型……なんか地味ね」

 「地味でいい」

 

 俺は言った。

 「戦場では生き残る戦い方だ」

 

 エルナは頷いた。

 「はい。特に護衛依頼や採掘護衛では、討伐数より損害率の低さが重要です。この実績が積み上がれば、通常の討伐型とは別の評価軸を主張できます」

 

 セラが小さく呟く。

 「別の評価軸……」

 

 その言葉は、彼女にとって眩しいものだったのかもしれない。今までの評価軸では、セラは火力不足だった。

 何をしているか分からない支援職だった。だが別の評価軸では、彼女は戦場を安定させる要になる。

 人間の価値は、測り方で変わる。それを、俺は痛いほど知っている。氷河期世代も同じだった。

 

 戦争中は、若い身体と命に価値があった。戦後は、学歴がない、職歴がない、古い戦術しか知らないと言われた。

 同じ人間なのに、時代が変わるだけで値札が変わる。なら、測り方そのものを変えなければならない。

 

 「エルナ」

 俺は表から目を離さずに言った。

 「これは、武器になる」

 

 エルナは少しだけ驚いた顔をした。

 「武器、ですか」

 「ああ。剣より強い場面もある」

 

 彼女は一瞬、言葉を失った。それから、静かに微笑んだ。

 「そう言っていただけると、作った甲斐があります」

 

 アンジェリーナが表を覗き込みながら言う。

 「ねえ、これ、あたしの無理な突撃未遂まで記録されてない?」

 「されています」

 

 エルナが即答した。

 「何で!?」

 「改善記録として必要です」

 「そんなの恥ずかしいじゃない!」

 「怪我の予防に役立ちます」

 「ロイドみたいなこと言わないで!」

 

 セラが口元を押さえて笑った。記録室の空気が少し柔らかくなる。

 俺はその光景を見ながら、妙な気分になった。ここは戦場ではない。洞窟でも森でもない。ただのギルドだ。

 

 それでも、ここにも戦いがある。価値を消されないための戦い。俺たちは、まだ小さい。Fランクと、問題児の幻影剣士と、火力不足の環境術師と、非正規の受付補佐。

 ギルドの中心から見れば、取るに足らない歯車だろう。だが、その歯車が噛み合い始めている。

ブクマ、感想等々、励みになりますのでよろしくお願いします。

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