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セラの加入

 

 セラは椅子に座ったまま、俯いていた。

 「あの……」

 

 彼女が小さく言った。

 「すみません。私のせいで……」

 「謝る必要はない」

 

 俺は向かいの椅子に座った。アンジェリーナも隣に立つ。

 セラはおそるおそる顔を上げた。灰色がかった茶色の瞳。気弱そうだが、完全に折れてはいない。自分の中にあるものを、どう扱っていいのか分からない目だった。

 

 「お前がセラだな」

 彼女は小さく頷いた。

 「はい……セラです。環境術師です」

 

 その言い方には、ほんの少しだけ諦めが混じっていた。まるで、それを名乗ること自体が申し訳ないかのように。俺はセラに向き直る。

 

 「お前は敵を倒せないかもしれない」

 セラの表情が暗くなる。だが、俺は続けた。

 「だが、敵が正しく戦えない状況を作れる」

 

 「正しく……戦えない?」

 「敵の目をずらす。耳をずらす。足場を変える。魔力の流れを乱す。敵が見ている戦場と、実際の戦場を食い違わせる」

 

 俺は卓の上に置かれた木杯を少し動かした。

 「たとえば、この木杯が敵だ。アンジェリーナは速いが、敵が正確に彼女を見ていれば、いつか読まれる」

 

 次に、木杯の横へ小さな硬貨を置く。

 「だが、お前が敵の視界や音をずらせば、敵はこの硬貨をアンジェリーナだと思う。ほんの一瞬でいい」

 

 俺は硬貨を弾いた。木杯の横を通り過ぎる。

 「その一瞬で、本物のアンジェリーナが斬る」

 

 アンジェリーナが腕を組む。

 「ちょっと待って。足音をずらすとか、光をずらすとか、それで本当に戦えるの?」

 

 「戦える」俺は答えた。「お前の速度なら、敵の認識が一秒遅れれば十分だ」

 アンジェリーナは少し考え、これまでの戦いを思い出したように眉を寄せた。

 

 「……敵がこっちを見るのが遅れるなら、確かにやりやすいかも」

 セラは自分の杖を見下ろしていた。指先が震えている。

 

 「でも、私……火力がありません」

 「いらない」

 

 即答した。セラが顔を上げる。

 「え……?」

 「火力は役割の一つだ。全部ではない」

 「でも、ギルドでは……火力がないと、評価が……」

 「評価が間違っている場合もある」

 

 セラは黙った。その言葉を、簡単には信じられないのだろう。当然だ。今までずっと、自分の魔術は役に立たないと言われてきた。

 何をしているか分からない。火力不足。地味。討伐数ゼロ。そう言われ続けた人間に、一度声をかけたくらいで自信が戻るはずがない。だから、言葉だけでは足りない。実戦で見せる必要がある。

 

 「セラ。これから、依頼を受ける」

 「……依頼?」

 「洞窟内の小型魔物討伐。お前向きの場所だ」

 

 セラの顔が一気に不安で曇った。

 「あの、私、さっきも洞窟で失敗して……」

 「失敗したのは、お前だけじゃない。配置も悪かった」

 「でも……」

 

 アンジェリーナが腕を組んだまま言った。

 「怖いなら、無理にとは言わないけど」

 

 その口調は少し硬かった。だが、突き放す響きではない。彼女なりに、相手の意思を確認しているのだろう。

 セラは俯いた。ギルドホールのざわめきが、少し遠く聞こえる。雨が窓を叩く音。受付で羽ペンが紙を擦る音。誰かが笑う声。セラはその全部に押し潰されそうな顔をしていた。

 

 「あの……」彼女は小さく言った。「私でも、役に立てますか?」

 その言葉は、ほとんど祈りだった。俺はその声を知っている。

 

 一度目の人生で、何度も聞いた。戦争から帰ってきた仲間が、仕事を探す時。片足を失った兵士が、まだ働けるかと聞く時。ガノンが、片腕でも料理ができるかと笑って誤魔化した時。

 

 俺自身も、心のどこかでずっと同じことを聞いていた。俺でも、まだ役に立てるか。だから、曖昧に答えることはできなかった。

 

 「役に立つかどうかじゃない」

 俺は言った。

 「お前がいないと、この戦い方は完成しない」

 

 セラの目が揺れた。アンジェリーナも、少し驚いたように俺を見た。

 「……やります」

 

 セラは小さく言った。声は震えていた。だが、消えてはいなかった。

 「私、やってみます」

     

     

 依頼を選んだのは、エルナだった。彼女は掲示板から一枚の依頼票を持ってきて、卓の上に置いた。

 

 【洞窟内小型魔物駆除・素材回収】

 【対象:薄羽蝙蝠】

 【場所:南西採石場跡】

 【推奨:Eランク以上、または複数名】

 【注意:暗所、音響反響あり】

 【追加査定:完全な薄羽膜の回収】

 

 アンジェリーナが、最後の一行を指で叩いた。

 「素材回収?」

 「ええ」

 

 エルナが説明する。

 「薄羽蝙蝠の羽膜は、状態が良ければ魔導具の素材になります。火傷や大きな裂けがあると、査定額が下がります」

 

 「魔物の羽に、そんな価値があるの?」

 アンジェリーナは怪訝そうに首を傾げた。俺は依頼票を見ながら答えた。

 

 「ただの羽じゃない。薄羽膜には、目に見えないほど細い魔力紋が走っている」

 「魔力紋?」

 「乾かして張ると、音や弱い魔力の揺れに反応する。魔導灯の遮光膜、聴音器、簡易通信器の振動膜。細工師や魔導工房が買う」

 

 セラが依頼票を覗き込んだ。

 「音を……拾う膜、ですか」

 「ああ。洞窟の中で反響を読むための器官が、そのまま素材になる」

 

 アンジェリーナが納得したように頷く。

 「じゃあ火球で焼いたら駄目ね」

 「駄目だ。熱で縮み、魔力紋が死ぬ。翼を大きく裂いても価値が落ちる」

 「倒すだけなら火で終わるのに」

 「終わる。だが、それじゃ報酬の半分を燃やすようなものだ」


  エルナが小さく笑った。

 「普通の討伐より少し手間はかかりますが、完全な膜を持ち帰れれば追加報酬が出ます。火力のある魔術師がいるパーティーほど、案外、損をしやすい依頼なんです」

 

 セラは、依頼票と自分の杖を交互に見ていた。音に反応する魔物。膜を傷つけずに倒す必要がある。

 

 洞窟内での戦闘。彼女の能力が、最も活きる条件だった。

 「この依頼なら、セラさんの音響欺瞞と視界歪曲が活きると思います」

 

 エルナはそう言った。俺は少し驚いた。

 「分かるのか」

 「報告書を読んでいますから」

 

 エルナはさらりと答えた。

 「薄羽蝙蝠は音に反応します。なら、音をずらせる方がいれば戦闘を有利にできます。火を使わず、羽膜も残せるはずです」

 

 やはり、彼女は見ている。ギルドの受付に座りながら、依頼内容と冒険者の能力を照らし合わせている。ただ判子を押すだけの人間ではない。

 

 「ただし」

 エルナは少し表情を引き締めた。

 「洞窟内での戦闘です。負傷リスクは低くありません。ロイドさん、無理はしないでください」

 

 その言葉に、胸の奥が少しだけ反応した。一度目の人生、三十四歳の最後の日。

 エルナは同じように言った。無理、しないでくださいね。その言葉を守れず、俺は雪山で死んだ。だが今度は。

 

 「無理はしない」俺は言った。「無理をしないために、三人で行く」

 エルナはしばらく俺を見て、静かに頷いた。

 「では、仮パーティー契約書を作成します。報酬分配は三等分でよろしいですか?」

 

 アンジェリーナが一瞬、セラを見た。セラは慌てて手を振る。

 「あの、私は少なくても……まだ、役に立てるか分からないので……」

 「三等分だ」

 

 俺は即答した。セラが驚く。

 「でも……」

 「役割が違うだけだ。報酬を下げる理由にはならない」

 

 アンジェリーナは少し考えてから、肩をすくめた。

 「いいわ。あたしも三等分で」

 

 セラは戸惑ったまま、二人を見ていた。エルナは小さく微笑み、契約書へ羽ペンを走らせた。

 

 紙に名前が並ぶ。ロイド。アンジェリーナ。セラ。一度目の人生にはなかった並びだった。俺はその文字を見ながら、静かに息を吐いた。これで、三人。まだパーティーと呼ぶには脆い。

 

 信頼も浅い。能力も噛み合い始めたばかりだ。だが、形はできた。速さ。環境。戦場を見る目。ようやく、戦い方の輪郭が見えてきた。

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