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鐘鳴きゴブリン掃討

 広場へ戻ると、鐘楼の前にはゴブリンたちが集まり始めていた。

 

 指揮個体が鉄槌を持ち上げる。コーン。鐘が鳴る。ゴブリンたちの首や耳に下がった青銅片が、淡く震えた。その瞬間、全員がこちらへ顔を向ける。

 

 「来るぞ!」

 

 俺は叫んだ。アンジェが右の屋根へ上がる。俺は正面へ出た。敵の数は多い。

 だが、鐘楼までの通路は広場の中央を通るしかない。俺は崩れた荷車の陰へ回り、残った車輪を蹴り飛ばした。木材が転がる。ゴブリンの進路を塞ぐ。

 次に、石壁へ立てかけられていた鉄板を、盾で叩き落とした。がん、と大きな音が響く。

 

 音は、鐘楼の周囲で乱反射した。指揮個体が一瞬、鐘を鳴らす手を止める。鐘の表面に走っていた青い線が、わずかに乱れた。

 

 「ロイド、何してるの!?」

 「目潰し、いや耳つぶしだ」

 

 俺は地面へ刺さっていた投槍を抜く。戦気を肩へと流して投げた。槍は鐘楼の足元へ飛ぶ。金属板の一枚へ突き刺さり、火花が散った。青い光と共に鐘が鳴る。

 だが、今度の音は濁っていた。今度はゴブリンたちが一斉に北側の空き家へ顔を向けた。だが、そこには誰もいない。アンジェが初めて笑った。

 

 「騙せてる!」

 「今だけだ!」

 

 先頭の角持ちゴブリンが飛び込んできた。短剣を振り下ろす。俺は盾を左へ傾ける。刃を滑らせる。同時に、足裏へ戦気を流して踏み込む。

 

 相手の胸が潰れ、身体が後ろのゴブリンへぶつかる。群れが詰まった。俺はその中心へ、剣を振るった。一閃。二体の武器腕が落ちる。返す。二閃。

 

 前へ出かけた一体の膝が折れる。倒れる。その背を踏み越えようとした別の一体の喉へ、剣先を突き入れる。

 

 敵を全て受ける必要はない。前へ出られる場所を一つにして、その一つを潰す。それだけで、数は意味を失う。

 屋根の上で、アンジェの影が走った。《残像歩法》。金髪の残像が一つ、二つ、三つ。

 

 ゴブリンの投槍が、幻影へ飛ぶ。本体は、すでに別の屋根へいる。

 だが、鐘楼の近くへ入った瞬間。鐘の音が変わった。低く、短い音。屋根の上のゴブリンたちが、一斉に顔を上げる。

 

 アンジェの幻影ではなく、本体へ投槍が向いた。音だ。鐘の指揮個体は、足音と戦気の流れを聞いている。

 幻影だけでは誤魔化せない。投槍が飛ぶ。アンジェは屋根の端へ走る。

 だが、次の屋根まで距離がある。止まれば狙われる。飛べば、着地の衝撃で崩れる。赤黒い線が伸びる。

 

 「アンジェ! 右へ二歩跳べ!」

 俺が叫ぶ。彼女が屋根の上で、わずかに軌道を変える。

 「何があるの!?」

 「そこだけ屋根の板が残ってる!」

 

 アンジェは跳んだ。空中で身体を捻る。着地の瞬間、足裏へ戦気。《錨踏み》が青く光った。どん、と屋根が鳴る。

 彼女の足元で、木板が沈む。だが、崩れない。衝撃は散った。《錨踏み》から、三枚目の破断片が砕ける。

 

 アンジェは止まらず、鐘楼の外壁へ向かった。あと少し。鐘楼の下に、指揮個体がいる。

 

 俺は広場の中央へ踏み込んだ。指揮個体の護衛が四体、鐘楼の前へ並ぶ。

 二体がアンジェへ投槍を構える。俺は石柱へ盾を叩きつけた。がんッ!響いた音が、鐘楼の周囲で乱反射する。

 

 護衛の視線が迷う。俺は一体目へ近づく。短剣を盾で弾く。剣を振らせない。

 手首を盾の縁で押さえ、脇腹へ軍用剣を突き入れる。抜かない。死体ごと横へ押し、二体目の進路を塞ぐ。

 

 三体目が俺の肩を狙う。俺は剣を離した。代わりに、盾の縁へ戦気を集中する。

 短い踏み込み。盾打ち。顎が跳ね上がる。腰の投げ杭を抜く。至近距離から、喉へ叩き込む。

 

 四体目が後ろへ下がる。逃げるなら、それでいい。俺の仕事は、アンジェが届く一本の道を作ることだ。

 

 その時、指揮個体が、鉄槌を高く持ち上げた。青銅片が首元で震える。こちらの偽反響。壊れた受信板。乱れた群れ。状況が読めない。

 

 だから奴は、村全体をもう一度見ようとした。これまでより強い一打。全力の走査鐘。

 

 「鳴るぞ!」

 俺は叫んだ。指揮個体が鉄槌を振り下ろす。コーン! 鐘の音が、広場を貫いた。

 村全体へ共鳴波が走る。鐘楼の周囲は、音で満たされた。青い光が溢れる。反響が重なり、鐘の足元だけが白く潰れた。今だ。

 

 「アンジェ! 鐘が鳴った直後は、あいつらが一番見えない!」

 

 アンジェが走る。《風踏み》で石畳を蹴り、《錨踏み》で、加速の反動を支える。

 金髪の残像が、鐘楼の正面へ伸びた。指揮個体は、鐘の情報を失っている。近すぎる。反響が強すぎる。だから、目で見えた影へ鉄槌を振った。正面のアンジェへと。だが鉄槌が叩き潰したのは、淡い光の残像だった。

 

 《影剣》。胸を刺すように見えた細剣も、そこにはない。幻影が正面で防御を縛る。

 

 本体は、鐘楼の左側。反響に紛れた死角から、低く滑り込んでいた。次の鐘が鳴るまで、あと一瞬。指揮個体が振り向く。肩、首、胸。青い導線が右鎖骨の下へ集まり、耳元の青銅片へ伸びている。白い崩壊点。

 

 「右鎖骨の下! そこが弱点だ!」

 俺は叫んだ。アンジェの声が返る。

 

 「任せて! 《ファントム・スラスト》!」

 身体はぶれない。細剣だけが、一点へ走る。本体の刃は、防御の外から右鎖骨の下へ、深く沈んだ。

 青い導線が、肉の中で切れる。指揮個体の目が見開かれた。鉄槌が落ちる。鐘は鳴らない。喉から漏れた声は、音にならなかった。

 

 次の瞬間。鐘楼の周囲に残っていた青い光が、ぷつりと消える。ゴブリンたちの首元で、青銅片が震えを止めた。群れが、固まる。誰がどこにいるのか。どこへ回り込めばいいのか。誰を追えばいいのか。もう分からない。統率を失ったゴブリンたちは、初めてただの小型魔物へ戻った。

 

 「目標達成! 北水路は空けたままにしろ!」

 俺は叫んだ。

 

 「前列だけ崩せ! 逃げる敵は追うな!」

 アンジェが鐘楼から戻る。

 

 「掃討しないの?」

 「村から追い出せば十分だ。指揮個体を失ったゴブリンはもうここを占拠する力はない」

 

 俺たちは広場側の敵だけを押し崩した。統率を失ったゴブリンたちは、やがて北の水路へ殺到する。誰も後ろを守らない。互いを押しのけ、ただ逃げる。

 

 敵が村の外へ消えるまで、俺は鐘楼、屋根、北水路、アンジェの位置を見続けた。最後の一体が水路の向こうへ消えた時、赤黒い線はようやく薄れた。

ブクマ、感想等々、励みになりますのでよろしくお願いします。

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