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鐘の謎

 

 俺たちは一度、外縁部のパン屋の中へ退いた。屋根は半分落ちているが、壁は残っている。広場の鐘楼からは少し距離がある。アンジェは窓際に立ち、村の中央を睨んでいた。

 

 「鐘で探してるってこと?」

 「まだ仮説だがな」

 

 俺は床に落ちていた小石を拾う。

 

 「最初は警報だと思った。次に、鐘楼から命令を送る通信装置だと考えた。だが、あいつらは鐘楼も指揮個体も見ていない。それでも、俺たちが接地した位置へ同時に向く」

 

 俺は壁際に落ちていた石を拾い、遠くへ放った。石が誰もいない路地の奥へ転がる。かん。石が石畳へ当たる。コーン。鐘が鳴る。直後、北側の屋根にいたゴブリンたちが、一斉に石の落ちた方角へ向いた。アンジェの顔から、冗談の色が消えた。

 

 「……今の石を敵だと思った? 音で判断して?」

 「たぶんな」

 

 俺は鐘楼を見た。

 

 「あの鐘は音を飛ばして走査する。壁や地面、人間に当たると、返ってきた音の違いで、そこに何があるかを探る」

 「そんなこと、できるの?」

 「恐らく、鳴らすたびに音へ魔力を重ねた共鳴波を村全体へ放ってるんだ。ゴブリンに作れるものじゃない。古代文明の遺産だ」

 

 鐘楼の足元に埋め込まれた金属板。あれは鐘を飾るためのものではない。反響を拾うための受信板だ。そして、ゴブリンたちの首や耳に下がっている、欠けた青銅片。あれは鐘が拾った情報を、振動として受け取るための欠片だろう。

 

 「じゃあ、ゴブリンたちは……」

 「俺たちを見て動いているんじゃない。鐘で得た情報を、群れで共有している」

 

 ゴブリンは遺跡から拾った青銅片を通信札として使い、危険方向や味方位置を振動として受け取っている。アンジェは静かに息を吐いた。

 

 「だから、何度も冒険者を追い返せた」

 「ああ。過去の冒険者たちは、鐘を警報装置だと思っていた。鐘を鳴らされる前に倒す。煙幕を張る。屋根から回り込む。囮を出す。だが、全部失敗する。なぜなら、ゴブリンはすでに冒険者の位置を把握しているからだ」

 

 ゴブリンの個体能力は低い。しかし村の中では、索敵、通信、味方識別を持つ小隊になる。

 「じゃあ、この装備は不利?」

 アンジェが自分の靴を見た。薄い真鍮の制動環。

 

 「使い方次第だ。大きな反響を出せるなら、偽の位置も作れる」

 俺は答えた。

 「鐘は鳴った瞬間に周囲を走査する。だが、鳴った直後は反響が強すぎる。どうしても近くの情報は荒れる」

 

 俺は鐘楼の周囲を指した。

 「壁。金属板。鐘楼の石。全部が反響する。鐘の足元だけは、音が多すぎて、本物か幻影か見分けられない」

 「なら、鐘が鳴った瞬間に近づくチャンスがあるってこと?」

 

 「ああ。だが一拍だ。一拍の間に鐘楼の指揮個体に接近して刺す必要がある。簡単に出来ることじゃない」

 アンジェの口元に笑みが浮かぶ。

 

 「あたしを誰だと思ってるの? 幻影剣士よ。一拍なんて永遠に等しい長さよ」

 「そうだったな」

 

 彼女は立ち上がった。そして、足元の制動環を見た。

 

 「ところで、これって名前はあるの?」

 「まだない」

 「止まるための靴なんて、格好悪いわ」

 「格好良くする必要はない」

 「あたしはある」アンジェは少し考えた。「……錨みたいね」

 

 「錨?」

 「船を止めるためのもの。重くて、邪魔で、でもないと流される」

 

 俺は少しだけ目を見開いた。前の人生で、この部品がそう呼ばれるようになることを、俺は知っている。だが、それを最初に口にするのは、俺ではなかったのかもしれない。

 

 「《錨踏み》」

 俺が呟く。アンジェはその響きを確かめるように繰り返した。

 

 「錨踏み……悪くないわね」

 「まだ試作品だ」

 「でも、名前くらいはあってもいいでしょ」

 「好きにしろ」

 

 アンジェは笑った。

 「じゃあ、行くわよ。ロイド」

 俺は盾を持った。アンジェは細剣を抜いた。そして、二人で廃村の中央へ戻った。

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