突撃
村へ一歩踏み入れた瞬間、鐘が鳴った。コーン。高い音が、崩れた家々の壁へぶつかる。石壁。屋根。地面。井戸。音が村中へ広がり、遅れて細かな反響が返ってくる。
耳で聞こえるほどではない。だが、空気が一瞬だけ震えた。その直後、右の屋根から投槍が飛んだ。
「右だ!」
俺は盾を上げる。投槍は盾の縁を掠め、後ろの石壁へ刺さった。
右の路地から、三体。正面の荷車の陰から、三体。タイミングが良すぎる。こちらが村へ入った位置を、最初から知っていたような動きだ。
「ロイド!」
アンジェが叫ぶ。
「右の二体だけだ。三体目は無理しなくていい」
「分かってる!」
アンジェが颯爽と駆け出す。《風踏み》が石畳を噛み、彼女の身体が右へ走った。
金髪の残像が、一瞬だけ遅れて残る。ゴブリンが残像へ短剣を振る。
本体は、すでに別の場所にいた。細剣が一閃する。一体目の喉。二体目の膝裏。綺麗な二撃だった。
だが、三体目を追おうとした瞬間。コーン。また鐘が鳴った。
屋根の上にいたゴブリンが、アンジェへ向けて投槍を放った。幻影ではない。本体にだ。アンジェは驚いたように身を捻る。投槍が彼女の外套を裂き、石壁へ突き刺さった。
「どうして!? 今の、見えてたの!?」
「何かがおかしい! 戻れ!」
俺は叫んだ。アンジェが不満そうに、だが即座に引く。その間に、正面のゴブリンたちが俺へ飛びかかってきた。
先頭の一体は、額に短い角を生やしている。短剣を頭上から振り下ろしてくる。俺は盾で受けない。半歩だけ左へずれ、盾の縁を相手の手首へ当てた。角度を変える。
短剣が石畳へ落ちる。そのまま肩から踏み込み、相手の胸を押し込む。体勢を崩したゴブリンの喉へ、軍用剣を短く滑らせた。
二体目が横から来る。だが、通路は狭い。倒れた荷車。崩れた石壁。俺が立っている場所。敵がこちらへ来る道は、一つしかない。
「来るなら来い。一列でな」
俺は低く言った。戦気を腰から肩へ、肩から腕へ流す。体がみなぎる。次の一体が飛び込んできた。俺は盾で受け流し、剣を横へ振る。
首。腕。前へ出ていた二体の急所を、一本の横薙ぎで断つ。血が散る。だが、剣を止めない。
刃を返し、後ろにいた一体の脛を斬る。転んだ頭へ、盾の縁を落とす。鈍い音。
鐘がまた鳴った。コーン。今度は、屋根の影からゴブリンが増えた。だが、増援は一直線にこちらへ向かってくる。
敵は俺を囲みたい。だが、狭い通りではうまく囲めない。俺は荷車の車輪を蹴った。壊れかけた荷車が横へずれ、道幅がさらに狭くなる。
ゴブリンたちの足が止まる。前へ出る者。詰まる者。後ろから押す者。ほんの少しだけ群れの陣形が崩れる。だがその一瞬で十分だ。
「アンジェ! 屋根の上だ、投槍持ちを落とせ!」
「任せて!」
アンジェが飛び上がる。だが今度は、鐘が鳴るより早く、屋根の上のゴブリンが動いた。彼女が飛び込む位置を知っている。投槍が、アンジェの進行方向へ突き出される。
アンジェは空中で軌道を変えた。着地。制動環が光る。屋根へと衝撃が逃げる。
彼女は止まり、投槍を避け、そのまま細剣を投げ手の首へ刺し込んだ。だが、顔が険しい。
「ロイド! こいつら、あたしがどこへ行くか分かってる! 幻影が効いてない!」
「俺も見た」
「鐘が教えてるの?」
「まだ通信の可能性がある。鐘楼のどこかに、こちらを見ている奴がいるのかもしれない」
俺は鐘楼上部、崩れた窓、屋根の隙間へ視線を走らせる。見張りはいない。指揮個体も鐘楼下から動いていない。屋根上のゴブリンたちは鐘楼を見ず、それでも同じ瞬間に向きを変える。
視線も手信号もない。鐘楼から何らかの情報が、耳元の青銅片へ伝わっている。だが、誰が俺たちの位置を見ている?
俺をあざ笑うかのようにまた鐘が鳴った。鐘楼周辺の金属板が外側から内側へ、今度は逆順に光った。
その時、細い路地の奥に、片足を引きずるゴブリンが現れた。背を向け、逃げるように見せている。絶好の獲物。誰もがそう思うだろう。アンジェの身体が、すでに前へ出かけていた。あの速度ならすぐ届く。届いてしまう。だが、路地の先は狭い。上には崩れた屋根。左右には窓。足元には瓦礫。奥には敵。進めば、止まれない。赤黒い線が頭の中で一気に重なった。
「危険だ! 戻れ!」
俺が叫ぶ。アンジェが急停止した。足裏へ戦気が流れる。制動環が、青く光った。
石畳が低く鳴る。彼女の身体が大きく前へ流れる。だが、靴底が地面を掴む。止まった。次の瞬間。屋根が落ちた。窓から投槍が飛んだ。
瓦礫が地面を叩き、土埃が上がる。止まらなければ、アンジェはその下にいた。彼女は数歩後ろへ下がり、飛んできた槍を細剣で弾いた。
俺は前へ出て、路地から飛び出してきたゴブリンを、盾で壁へ叩きつける。そのまま剣を振り抜く。追撃に来た二体を、一歩も下がらずに斬り伏せた。
アンジェの呼吸は少し乱れていた。靴の踵から、白い煙が上がっている。
「……助かったわ。でも今のは何?」
「罠だ。敵は思った以上に準備をしている」
「そうじゃなくて」
彼女は路地の奥を睨んだ。
「どうして、あんなふうに叫べたの?」
「今は聞くな」俺は言った。「後で必ず説明する」
アンジェは一瞬だけ不満そうにした。だが、すぐに頷く。
「優先順位を変えよう。まずはここから離れる。そして鐘の仕組みを確かめる。掃討はその後だ」
俺は北ではなく、来た道へ盾を向ける。
「俺が殿をやる。アンジェは先行して退避できそうな場所を探してくれ。鐘が鳴るタイミングにも注意しろ」
「分かったわ。次の鐘まで、たぶん一、二分ね」
「よし、行こう」
俺たちは交互に下がった。俺が敵の進路を狭め、アンジェが次の遮蔽物まで走る。アンジェが振り返り、俺の退路を示す。
「ロイド、左のパン屋。壁が残ってる!」
「そこへ入るぞ。三、二、一――鐘だ!」
コーン。俺たちが壁の陰へ入った直後、投槍が入口を横切った。




