天才剣士
「次、ロイド・グレイヴァー!」
俺はゆっくり立ち上がる。革鎧。中型の盾。使い込まれた軍用剣。重くて古い。この時代ですら既に野暮ったい。若い冒険者たちの間から、くすくす笑いが漏れた。
「軍崩れって感じだな」
俺は気にしなかった。正確には、気にする段階を過ぎていた。未来ではもっと露骨になる。 重装兵は鈍重。旧式。時代遅れ。そう笑われる。だからこの程度、慣れている。
訓練場中央へ出ると、対戦相手の若者が軽く会釈した。細身の二刀流。アンジェリーナほどではないが、やはり軽装型だ。
「始め!」
教官の声。直後、ためらいもなく若者が踏み込んできた。速い。だが実践基準で言えば、まだ荒い。右の短剣が俺の喉元を狙う。俺は半歩だけ下がり、盾の縁で刃を外へ滑らせた。
若者は止まらない。二撃。三撃。連撃主体の組み立て。
右で防御を崩し、左で刺す。左を防がせ、右で首を取る。相手に考える暇を与えず、二本の刃を途切れなく繋ぐ。重装相手には、理にかなった戦い方だった。
「どうした、重装! 対応出来てないぜ!」
その通りだ。二刀流の怖さは、剣が二本あることじゃない。二本の剣が、切れ目なく前へ出てくることだ。
右を防げば左。左を避ければ右。一撃一撃なら対処できる。だが、次が来ると分かっているから、防御する側は自分から動きを狭めてしまう。周囲が沸いた。
「いいぞ!」「完全に押してる!」
若者が右の剣を振るう。俺は盾で受けた。左が来る。剣で逸らす。
次の右が肩へ伸びる。半歩だけ下がる。俺はひたすら、若者の剣を見ていた。いや、剣だけではない。
右腕を振り切った後、左の剣へ繋ぐまでの腰の動き。左を突いた後、右足を踏み直す癖。
肩が開き、呼吸が一度だけ浅くなる瞬間。どんな連撃にも、次の一撃を運ぶための道がある。
腕を戻す時間。腰を切り返す時間。足を置き直す場所。戦争でいえば、前線へ弾薬を送る補給線だ。
前の剣を止めても、次の剣が来るなら意味はない。だが、その次の剣が届くまでの道を断てば、攻勢は止まる。
俺が狙ってるのは刃じゃない。刃が次に届くまでの、その道だ。右。左。右。若者の攻めは速い。
だが、同じ型を四度繋いだ頃から、わずかに右足の踏み替えが深くなった。連撃を維持するために、地面を強く蹴りすぎている。
もう一撃。あと一撃だけ多く繋げようとしている。狙い通りだ。
俺はわざと、盾を少し遅らせた。右の剣が盾の縁を叩く。若者の目が光る。崩れた。そう思ったのだろう。
「終わりだ!」
右剣を振り抜いた勢いのまま、若者が左の剣を俺の喉元へ走らせる。
その一撃は速かった。だが、速すぎた。右腕を戻し切る前に左を出したせいで、腰が開いている。次の右へ繋ぐための右足も、まだ踏み直せていない。
攻勢の補給線が、切れた。俺は初めて前へ出た。
「——っ!?」
若者の目が見開かれる。俺は左の剣を剣の腹で外へ流し、そのまま肩から若者の胸元へ踏み込んだ。
右の剣はまだ戻っていない。左の剣は流された。腰は開き、足は止まっている。二本の刃がある。だが、次の一撃だけが来ない。
俺は若者の腕を盾で押さえ、訓練剣の切っ先を喉元で止めた。静寂が落ちた。
「……勝者、ロイド・クレイヴァー」
教官の声が響く。若者は数秒、動かなかった。やがて、ゆっくりと剣を下ろす。
「……なんで、ずっと、押してたのに」
悔しそうな声だった。若者だけじゃない。周囲も納得できない顔をした。派手さがないからだ。俺の勝ちは、火力や速さで圧倒したわけじゃない。ただ相手の連撃を妨害しただけ。あまりにも地味だ。
「押していたな。だが、最後の一撃を急ぎすぎた」
若者が顔を上げる。
「二本あれば、攻め続けられるだろ」
「ああ。だが、連撃は少しでも組み立てが狂うと機能しなくなる。次の一撃には、足がいる。腰がいる。腕を戻す時間がいる」
若者は自分の右足へ視線を落とした。
「お前は剣だけを前へ出していた。だから、剣を支える方がおろそかになった」
しばらく、若者は黙っていた。やがて小さく、悔しそうに息を吐く。
「……精進する」
「それでいい」
訓練場の空気が、少し変わっていた。さっきまで重装を笑っていた若い連中も、今は俺の盾と鎧を見ている。重い装備は、遅いだけではない。近づけば、そこには別の強さがある。
「面白いじゃない」
高く澄んだ声が、石段の上から落ちてきた。アンジェリーナが、腕を組んでこちらを見下ろしていた。
彼女は訓練場へ降りてくる。金髪が朝日に光った。青い目が真っ直ぐこちらを見る。
「ねえ、ロイド。あなた」
彼女は口元を少し吊り上げた。
「今のやり方、あたしにも通用すると思ってる?」
訓練場の空気が変わった。ざわめきが広がる。若い冒険者たちが石段へ詰め寄り、見物しやすい位置を奪い合っている。
「やるのか!? アンジェリーナと!?」「重装野郎終わったな」
好き勝手な声が飛ぶ。俺は小さく息を吐いた。面倒な流れになった。所詮、模擬戦だ。別に勝ち負けへ拘りはない。
だがアンジェリーナは、明らかに試したがっている。新世代の才能と旧世代の遺物。自分とは真逆の戦い方をする男との戦い。
俺は彼女を見る。アンジェリーナは笑っていた。自信に満ちた笑み。自分が速いと知っている人間の顔だ。
「どうする?」
「……やる意味あるか?」
「あるわよ」即答だった。「私、あなたの戦い方嫌いなの」
周囲が沸く。俺は苦笑した。
「初対面で随分と言ってくれるな」
「だって古いもの。重いし、鈍いし、非効率」
彼女は指を折りながら数える。
「今の時代、当たらなきゃいいのよ。避けて、速く倒す。それが一番合理的じゃない。あたしの正しさを証明する。そのための戦いよ」
俺は否定せず、代わりに提案をした。
「だったら、こちらにも条件がある。俺が勝ったら一回でいい。共同依頼を受けてくれ。腕のいい冒険者を探していてな」
彼女の眉が、分かりやすく動いた。
「悪いけど、あたし、足の遅い重装はいらないわ」
周囲の若手たちが、こちらをちらちら見る。面白がっている顔だ。俺は気にしなかった。
「安心しろ。俺も、勝手に突っ込んで死ぬ前衛はいらない」
一瞬、訓練場の空気が止まった。アンジェリーナの目が細くなる。
「あなた、あたしの戦いを見ただけで分かったつもり?」
「分かったつもりじゃない。分かった」
彼女は笑った。冷たい笑いだった。
「へえ。退役兵って、ずいぶん偉そうなのね」
「戦場帰りは大抵そうだ。悪い癖だな」
「自覚があるなら直したら?」
「あんたもな」
周囲から小さな笑いが漏れた。アンジェリーナはそちらを睨んだ。若手たちは慌てて視線を逸らす。
「いいわ。あなたが一回でもあたしに勝てたら、話くらいは聞いてあげる」
そう言って、アンジェリーナは細剣を抜いた。軽い。やはり構えに無駄がない。重装兵相手へ最適化された姿勢。一目で理解する。間違いなく強い。教官が間へ入る。
「模擬戦だ! 殺すなよ!」
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