↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
13/61

アンジェリーナ

 訓練場は冬の朝にも関わらず熱気に満ちていた。ギルド裏手の石造りの広場。地面には無数の剣傷。砕けた石。乾ききらない血痕。

 

 ここは冒険者たちが模擬戦や戦術訓練を行う場所だった。依頼への出発前、各冒険者の力量確認が行われることがある。事故防止。建前はそうだ。実際には、新人たちの品評会に近い。

 

 「次!」

 教官の男が怒鳴る。元帝国兵らしい巨漢だった。頬に古い裂傷が走っている。

 

 「アンジェリーナ・ヴァーミリオン!」

 

 空気が揺れた。観客席代わりの石段で若い冒険者たちが身を乗り出す。

 「来たぞ。噂の高速剣士」「貴族学校の首席だっけ?」

 

 俺は腕を組みながら、その中心へ視線を向けた。アンジェリーナがゆっくり前へ出る。

 

 軽装革鎧。腰のレイピア。重装主体のこの時代では、明らかに異質な装備だった。

 盾がない。胸甲も薄い。代わりに、脚部の装備だけが妙に洗練されていた。彼女の靴底に埋め込まれた魔力導線は、安物ではない。銀の細線が幾重にも重なり、踏み込みと加速に特化した術式が組まれている。《風踏み》と呼ばれる高級加速具だろう。

 

 「対戦相手!」

 

 呼ばれて現れたのは、若い重装兵だった。大型盾。厚い胸甲。軍用長剣。俺と同じ典型的な旧式前衛。

 

 戦争帰りだろう。まだ二十代前半だが、目の奥には既に疲労が沈んでいた。男はアンジェリーナを見るなり、露骨に眉をひそめる。

 

 「……女かよ。触っただけで吹っ飛びそうだな」

 

 周囲で小さな笑いが起きた。アンジェリーナは気にした様子もない。ただ退屈そうに首を傾げる。

 

 「始め!」

 教官が叫んだ。次の瞬間だった。アンジェリーナが消えた。

 

 「——は?」

 重装兵が間抜けな声を漏らす。いや、消えたように見えただけだ。速かった。異常なまでに。

 

 アンジェリーナは低く滑るように踏み込み、一瞬で相手の側面へ回り込んでいた。剣閃。乾いた音。重装兵の肩当てが吹き飛ぶ。

 

 「なっ——!」

 

 男が反応する前に、二撃目。すかさず三撃目。

 盾の死角だけを正確に突く。まるで水流だ。硬い岩へぶつかるのではなく、隙間を縫うように流れ、そして刺す。

 

 それが今のアンジェリーナの戦い方だった。周囲が沸く。

 

 「速え!! 全然見えなかったぞ!?」

 

 俺は黙って彼女を見ていた。胸の奥に、冷たいものが落ちる。完成している。軍事革命というトレンドを無意識のうちに先取りしている。

 

 避ける。流す。当たる前に殺す。それが次世代戦術。アンジェリーナは、それを既に体現していた。重装兵が怒鳴りながら踏み込む。

 

 「ちょこまかと!!」

 

 大振りだ。戦場帰りらしい実直な斬撃。だがアンジェリーナは半歩で避ける。本当に半歩だった。無駄がない。そして避けざま、膝へ一撃。重装兵の体勢が崩れる。次の瞬間、細剣の切っ先が喉元へ突き付けられていた。

 

 「……終わりかしら?」

 

 アンジェリーナが小さく言った。静寂。その後、一気に歓声が爆発した。

 「すげぇぇぇ!!」「完封だ!」「マジで速すぎる!」

 

 若い冒険者たちの目が輝いている。新しい英雄を見つけた目だ。一方で、石段後方のベテランたちは苦い顔をしていた。

 

 「……一発貰えば終わりだろ、あんな軽装」「実戦じゃ長生きできねえよ」

 

 古い兵士たちの反応は冷たい。だが俺は、そのどちらにも与しなかった。若手は正しい。だが旧世代も完全に間違っているわけではない。そこが厄介なのだ。

 

 アンジェリーナは歓声を浴びながら訓練場を降りる。その途中、彼女は俺の前で足を止めた。

 

 「……あなた、さっきから変な顔してるわね」

 青い瞳が真っ直ぐこちらを見る。

 

 「私の戦い方、嫌い?」

 

 俺は少し考えた。それから正直に答える。

 「いや、強いと思ってる。まさに新時代の戦い方だ」

 

 アンジェリーナは一瞬きょとんとした。予想外だったらしい。周囲のベテランたちは露骨に否定していたからだ。

 

 「……ふうん? でも、あなたの装備は真逆じゃない」

 彼女は探るように俺を見る。

 

 「ああ」

 「なら、なんで?」

 

 俺は訓練場を見ながら言った。

 

 「保険だ。戦場ってのは、作戦通りに進むとは限らない」

 アンジェリーナが眉をひそめる。

 

 「お前の戦い方は正しい。だが、事故が起きた時に脆い」

 「事故なんか起こさなきゃいいでしょ」

 

 即答だった。若い。俺は苦笑する。昔の自分たちもそうだった。訓練で上手くいけば、実戦でも上手くいくと思っていた。

 

 だが現実は違う。戦場は壊れる。視界不良。乱戦。誤認。不意打ち。そういう事故が起きた瞬間、回避主体は一気に脆くなる。俺はその未来を知っていた。

 

 「……そのうち分かるさ。俺の言葉の意味が」

 俺はそれだけ言った。アンジェリーナは不満そうな顔をする。

 

 「変なの。まあ、いいわ。精々あなたも頑張って」

 

 彼女が立ち去ると教官の声が響いた。次の試合だ。周囲の視線がこちらへ集まった。

 「次、ロイド・クレイヴァー!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。