新人訓練
朝の冒険者ギルドは、昨日より騒がしかった。
掲示板の前では若い冒険者たちが肩を寄せ合い、依頼票を覗き込んでいる。戦争帰りの元兵士たちも多い。古い鎧。磨き直した盾。軍支給品の外套。傷痕だらけの顔。
だが、彼らの目はまだ死んでいなかった。復興需要。戦功者優遇。再出発。そんな言葉が、安酒よりも軽く、広間のあちこちで交わされている。
「西区の城壁補修、日当出るらしいぞ」
「俺は護衛依頼だな。戦争で鍛えた盾さばき、ようやく金になるぜ」
「ギルドも人手不足だろ? 今なら上へ行けるって」
俺は黙ってその声を聞いていた。胸の奥が鈍く痛む。彼らはまだ知らない。すぐに補償は打ち切られ、復興景気は一部の商会と官僚が吸い上げる。戦功者優遇など、書類の上だけで終わる。そして、戦争で青春を失った自分たちは、いつしか氷河期世代と呼ばれるようになる。
俺は掲示板へ貼られた依頼票を見た。
【新人合同依頼】
【廃坑区域・低級魔物間引き】
【推奨戦術:盾列前進、後衛火力支援】
【危険度:低~中】
推奨戦術の欄を見て、俺は思わず苦笑した。盾列前進。後衛火力支援。固定陣形。まさに旧時代の標準戦術だ。
氷河期戦争中、帝国軍はこれで耐えた。盾を並べ、槍を突き出して耐えている間に、後衛の魔術で敵を削る。動かず、崩れず、時間を稼ぐ。泥臭く、重く、鈍い戦い方。
だが、その戦術はこの先、少しずつ死んでいく。高位魔物による貫通攻撃、範囲破壊。盾で受けるという思想そのものが、時代遅れになった。
広間を見回すとまだ大半は重装だ。厚い鎧。鉄板を重ねた胸当て。大型盾。
だが、端の方に極少数だけ違う装備の若者がいた。軽い革鎧。短いマント。細身の剣。戦争中には珍しかった装備だ。
俺の目が細くなる。始まっている。まだ誰も気にかけていないだけで。重さより速さ。防御より回避。固定より流動。戦場の価値観は、もう少しずつ傾き始めていた。
その時、ギルド奥の鐘が鳴った。乾いた金属音が広間に響く。
「注目!」
受付横の壇上に、ギルド職員が立った。若い男だ。胸元の職員章が新しい。広間の冒険者たちが一斉に振り返る。
「これより、ギルド主催の新人強化訓練を実施する! 内容は、模擬戦を中心とした合同訓練だ。参加条件はEランク以上。元軍属は優先参加可。戦後復興に必要な冒険者確保の第一段階とする!」
広間の若者たちが沸いた。
「合同訓練か!」「評価点つくよな?」「模擬戦なら楽勝だろ」
軽く、若い声。未来を疑わない声だ。
「参加希望者は受付へ!」
職員が声を張る。冒険者たちが列を作り始めた。俺もその最後尾へ向かった。その途中、背後から聞き慣れた声が飛んできた。
「ロイド!」
振り返ると、ダラスがいた。左手には訓練用の包帯が巻かれていた。
「お前も出るのか?」
「ああ」
「合同訓練なら腕慣らしにちょうどいいな」
ダラスは笑った。俺はその笑顔を見るだけで胸が詰まる。未来のダラスは、こんなふうに笑わない。笑っても、そこには諦めが混じっていた。
「……ダラス。無理するなよ」
ダラスは一瞬きょとんとし、それから豪快に笑った。
「お前に言われたくねえよ。無茶するのはお前の方だろ」
「そうだったな」
俺は苦笑する。その時、列の前方で小さな騒ぎが起きた。若い冒険者たちが道を開ける。空気が変わる。視線が一点へ集まっていく。俺もそちらを見る。
列の中を颯爽と歩く少女がいた。年齢は十七、八。腰まで届くハニーブロンドの髪。上質な外套。整った顔立ち。貴族の娘を思わせる華やかさがある。だが、俺が目を引かれたのは外見ではなかった。
歩き方だ。軽くて、無駄がない。優雅ですらある。重装兵の歩き方ではない。あれは、避けるための身体だ。少女は堂々と受付へ向かい、依頼票を指で弾いた。
「これ、参加するわ」
声は明るく、少し高慢だった。受付のエルナが慌てて書類を出す。
「アンジェリーナさんですね。幻影剣士候補の……」
「候補じゃないわ。もう剣士よ」
少女——アンジェリーナは、不満げに言った。周囲の若者たちがざわめく。
「おい、あれが噂の」
「模擬戦で重装兵を倒したっていう?」
「幻影みたいに動くらしいぞ」
アンジェリーナはふと俺の視線に気づいたようだ。青い目がこちらを向く。使い込まれた革鎧。背負った盾。払下げの軍用剣。その口元に、わずかな笑みが浮かんだ。
「……ずいぶんと重たそうね。そんなので戦えるの?」
挑発に近い声だった。ダラスが眉を上げる。だが俺は気にしなかった。
「出来るさ。お前が思っているよりもな」
「ふうん」
アンジェリーナはつまらなそうに肩を竦めた。
「ま、足引っ張らないでよね」
周囲の若者たちが小さく笑う。俺は怒らなかった。彼女が間違っていないからだ。重装は遅い。新しい戦場では不利になる。それは事実だ。
俺はアンジェリーナの細い背中を見やった。戦場は、必ずアクシデントが起こる。その時、速いだけでは生き残れない。




