第2話
森の拠点。
満足フィッシュサンドを食して、少しだけ語らったリク達は、午後の活動に入ろうとしていた。
今更ながら疑問に思った点がある。
「ラフィーネって、夜寝る時どうしてた?」
昨晩は夕食を済ませてから疲れて眠くなったリクは、いつものように無意識でテントに戻って寝ていた。
失念していたと言えばそうだし、そもそもラフィーネの安全をリクが心配する必要もないと言えばそうだが、少し気がかりではある。
「そこにぶら下がって、寝てた」
「ぶら下がる?」
近くの木を指さして言うラフィーネに、少し困惑を覚える。
蜘蛛系の魔族だからか、やはり吊られていると落ち着くのだろうか?
「こんな感じ」
そう言ってラフィーネはおもむろに自らの両足を糸で縛って、先ほど指さした木に向かって指をクイッと引いた。
すると彼女の体は引っ張り上げられて、逆さ吊りの状態に……
「ストォォッッップ!!!!!!」
リクは叫んですぐさま顔を逸らした。
白と薄紫が基調になったワンピースを纏っているラフィーネが、何の躊躇もなく自らを逆さ吊りにしたのだ。
この先の光景は火を見るより明らかである。詳細が気にならないと言えば嘘になるが!
「昨日と同じようにしたよ?」
質問してきたのにどうして見ないのだろう? と、心底分からなそうな表情をしているのだろう。
無論リクはその表情も目に入れることは出来ないが。
「分かった! 大体分かったから、一旦降りてくれ」
「へんなリク」
少々不服そうだが、蜘蛛系魔族美少女は、飲み込んで地に降りて来てくれたようである。
そう、今更だがラフィーネは人間ではないのだ。
魔族の生態はラフィーネの言葉からイマイチ掴めなかったが、彼女は蜘蛛としての特徴も併せ持っているようだ。
普通の人間なら、逆さ吊りになって一晩過ごすなど拷問も良いところである。
しかし蜘蛛であれば、糸で上から逆さに吊られているイメージが湧く。
彼女にとっては快適な姿勢だったのかも知れない。
リクの中に疑問が浮かんだ。
そう言っても人型なわけだから、人と同じ寝方も快適なのでは?
「なぁラフィーネ、これでちょっと寝てみない?」
リクが指さしたのは昼寝に使っていたハンモック、ここに転移していた時も熟睡していた魔性の寝床だ。
これなら魔族様と言えどもリラックスできるのでは? と、少々試して欲しくなったのだ。
「んと、こう?」
ラフィーネはゆっくりその曲線に身体を預けて横になる。
最初は慣れない体勢にそわそわしていたが、次第に表情もリラックスしてきた。
「わるく、ないかも」
1つ思いついた!
「ラフィーネの糸って、出した後そのまま残したり出来る?」
「ん、できるよ」
「ならさ! このハンモックと同じ形に編んで、こうちょっとだけ伸び縮みするみたいな感じは?」
”伸び縮み”のところで両掌を広げたり狭めたりするジェスチャーをしながら語ると、ラフィーネは大体分かってくれた様子だった。
「やってみる」
近くの木に向かって、ラフィーネは掌を向ける。
一瞬だけ指が小刻みに動いたような気がして、最後は握るように閉じてから手を引いた。
まるでゆるく形作った結び目を引っ張るような、そんな動作。
手が止まると、そこには純白の糸で編まれたハンモックが出現していた。
再び見ても原理は分からない。
ラフィーネがそうあれと手を動かせば、そこには望んだ質感の糸が出現するのだ。
もはや見るのは癖になってきているが、リクは『神眼Lv.1』で注視する。
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『ハンモック』
特徴:アラクネ=ロードの糸で編まれた逸品。
用途:休息用。
それはまるで、永遠の眠りを体験するような。
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うん、フレーバーテキストみたいなのが恐ろしい。
とにかく見るからに綺麗で、寝心地も最高級そうなハンモックが出来上がったのだ。
リクはひとしきり目を丸くしてからラフィーネの方を向くと、彼女は得意げな表情を滲ませている。
「やっぱすごいな、ラフィーネ」
「とうぜん。寝てみてもいいよ」
薄っすらドヤ顔のラフィーネさんのお言葉に甘えて、リクはその純白の曲線に身を預けてみた。
……
一瞬、視界がぼやけたところまでは記憶している。
ラフィーネが細い指でつんつんと、リクの頬を突いていた。
我に返る。寝ていたのだ。ほとんど自覚もないほどぐっすりと。
確かに頭は横になる前よりもスッキリしている。
「俺、寝てた?」
「うん。すごい気持ちよさそうだったから、私もちょっとだけ寝てた」
無機質な中にも少しだけ、やれやれみたいな表情が浮かんでいる。
拠点の上に広がる空模様を見るに、寝たのは1時間程度だろう。
昼寝にはちょうどいい塩梅だった。
リクは起き上がる。
改めて『神眼』でハンモックを注視してみたが、先ほど表示された内容から変化はない。
つまりはラフィーネが言っていた通り、出現させた糸は残すことも出来るとこれで分かった。
そうなればこのハンモックを量産してもらって売ったり……なども過ったが、気の早い話だろう。
思えば、この世界に来てからサバイバル+αくらいの生活しかしていない。
人の暮らす街ではどんな文明レベルなのか、全く情報がないのだ。
地球にだって電波の通じない秘境はあるし、逆にこの世界の街が高度な情報社会を形成している可能性もある。
あと気になるとすれば、魔法が存在するかどうか。
少なくとも不思議なスキルは眼に宿ったし、目の前には暫定めっちゃ強い魔族の女の子もいる。
もし魔法もあれば……と想像したリクの頭の中でいろんな可能性が広がった。
火の魔法なら火起こしが楽になるのは勿論、工夫次第で料理に応用出来たり。
土の魔法があれば、火と組み合わせて調理の幅は広がるし、クラフトに応用出来そうな気もする。
水や風もそうだ。使い方次第で、アウトドアを楽しむ可能性は無限大になる。
もし覚えて使いこなせたらの話ではあるが。
そう物思いに耽っていると、横からラフィーネが顔を覗き込んでいるのに気が付いた。
言われなくても分かる。これはそろそろお腹が減って来たと言う顔だ。
「夕飯作るか~」
「うん!」
飯の話をすると、分かりやすく笑顔が咲いた。
ラフィーネは一緒に時間を過ごすほど、表情が柔らかくなってきている。
さて、真っ暗になってしまう前に暖かいご飯を食べよう。
明日のことは食べ終わってからゆっくり考えれば良い。
拠点の夕暮れには、焚火がパチパチする音と、食材を刻む小気味いい音が満ちていた。




