第1話
転移から4日目、森の拠点。
「「いただきます」」
——がぶり。
リクが大口を開けてかぶりついたのを見て、ラフィーネも小さな口を頑張って開ける。
フットヒルパーチの切り身をこんがり焼いて、刻みキャベツとマヨネーズをパンで挟み込んだ『満足フィッシュサンド』だ。
「リク、これおいしい」
「もぐ……むぐ。だろ?」
出会った頃より少し表情が和らいだラフィーネは、嬉しそうな顔をリクに向ける。
リクは頬張ったサンドを飲み込みながら、得意げな笑みを浮かべていた。
この光景だけ見れば、仲の良い男女がキャンプを楽しんでいる様子に見えるかも知れない。
そんなささやかな幸せに浸りたい気分もやまやまだが、考えなければいけない事もある。
森の中で補充の難しいパンはもう残りが少ないし、マヨネーズやキャベツを惜しみなく使ったのも、その内傷んでしまうからだ。
塩コショウはしばらく困らないと思うが、醤油やスパイスみたいな調味料は、あまり量を持ち込んでいない。
要はこのまま拠点に長居するのも、段々と厳しくなるのだ。
そうなれば、今目の前にいるラフィーネも含めた現状を考える必要があるだろう。
ラフィーネとはいろんな話をしてみて、能力の一端が分かった。
彼女と初めて出会った時、気付いたら強靭な糸に拘束されていたあの能力である。
今朝のこと。
「こっちに、手を出してみて」
向き合って座るラフィーネの言う通りに、リクは彼女に向かって手を伸ばした。
途中で止まる。
まだ腕は伸びきってない。ラフィーネまでの距離もある。だが腕ごと微動だにしなくなった。
気付けば、先ほどまで何もなかったその空間に糸が出現して、リクの腕と指を絡めとっていたのである。
リクは改めて、その不思議な糸を『神眼Lv.1』で注視した。
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『アラクネ=ロードの糸』
特徴:太さ、強度、弾力性など自在。
状態:高強度、低弾力。
用途:対象の固定や拘束。
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うん、とんでもない能力ってことは分かる。
ラフィーネにとって、その気になればリクをどうにかすることなど容易いのだ。
とは言っても、彼女からはリクを恐怖で従わせようとか、威圧的な振る舞いは見受けられない。
出会ってから今に至るまで、彼女はどこまでも自然体だった。
糸ははらりと解かれて、空中へ溶けるように消えていく。
「すごいなこれ」
少しだけ畏怖も混じったリクの賞賛に、当のラフィーネは首を傾げる。
ほとんど予備動作もなく出せるのだから、きっと彼女にとって普通のことなのだろう。
現状を見れば、ラフィーネが仲間(仮)になってくれたことは心強い。
実際、今食べたフィッシュサンドの具材こと『フットヒルパーチ』は、ラフィーネの糸で捕獲された物である。
「もっととらなくて良かったの?」
「いいんだよ。ランチには十分だったし、獲りすぎていなくなったら困るだろ?」
「ん、たしかに」
ラフィーネは首を傾げつつも、納得した様子である。
近くの川で魚を獲りきっても移動すれば問題ないが、まだこの拠点を出発する予定はない。
周辺にある食材も今はストックとして考えるなら、飢えない程度に消費していくのが最善だろう。
「そう言えば、ラフィーネってこの森に住んでたの?」
ふるふる。
「あっちから来た」
彼女がそう指した先は、木々の間に覗く視界からでもハッキリわかるほど雄大な北の山脈だった。
「あの山で生まれた?」
ふるふる。
「もっと向こう。ニンゲンはたしか、魔族領って」
どうやらあの山脈を越えた先には、ラフィーネが言うところの『魔族』が治める領地らしい。
今のところ普通の魔物には遭遇していないわけだが、人の姿で会話も出来るラフィーネは、十中八九で魔族なのだろう。
「それじゃあさ、人間の住んでる街ってこの近くにある?」
リクにとってはこっちが本題だ。このまま異世界サバイバルを続けるにも、一生ここで自給自足と言うわけにはいかない。
ラフィーネはまた宙を見つめて思案する。だんだんと首の確度も深まっていく。
これは望み薄だろうか……
「行ったことないけど、あっちにあるかも」
思い出したように指で示した方角は、ここから西にあるようだった。
森を中心とした大体の位置関係が掴めてくる。
北にあるのは雄大な山脈と、その先の魔族領。
西には人の住む街、ラフィーネも行ったことがないので規模なども未知数だ。
そして森の東と南についてもまた未知数。行ってみなければ分からないだろう。
もしくは街で地図でも手に入れば、分かるかも知れない。
そうなれば、まずは西の街を目指すのが目標となった。
もう1つ。藪蛇かも知れないが、リクには聞かなければならないことがある。
自分とラフィーネの関係にも関わることだし、これから街にも向かうならなおさらだ。
「ラフィーネは……人を食べたり、しないよな?」
少しだけ顔が引きつっている自覚はある。
きっと聞いても大丈夫とは思いつつも、答えが少し怖かった。
「——?」
ラフィーネの反応は、心底「なぜ?」と顔に書いてあるような表情だった。
「ほら最初に会った時! 匂いを嗅いで来ただろ? てっきり喰われるんじゃないかって……」
「へんなこと言うんだね。あれはキケンがないか確かめただけ」
「だって! ラフィーネ多分めっちゃ強いし、魔族?とかなんだろうし」
「んー、たしかに魔族だと思うけど、ニンゲンを食べるために襲ったりしないよ。ぜったい」
いつもの表情のままで、当たり前の常識を話すようにラフィーネは"絶対"と言った。
「魔族にも法律みたいなものがあったり?」
「ほーりつ? は分からないけど、ダメって言われてる」
誰に? と追及したくなったが、リクはその後の言葉を待つ。
「ニンゲンはおいしそうじゃないし、リクのごはんは私を幸せにしてくれる」
「ラフィーネ……!」
リクはその言葉を聞いて、絵文字のぴえんみたいな顔になっていた。
その顔を見たラフィーネは微かに笑って、これまで見たことがない朗らかな表情をしていた。
それを見て上せてしまったのだろうか? 純粋に嬉しかったのか?
リクの中に様々な感情と、この先の情景が浮かぶ。
ラフィーネにはもっと美味しい料理を食べてもらいたいし、食卓を一緒に囲んで欲しいと思った。
この世界に転移してきたリクにとって、誰かと嬉しい瞬間を共有できるのは喜びだった。
「じゃあ、もっといろんな料理を食べてもらわないとな」
「うん!」
ラフィーネの表情に期待が浮かぶ。
ランチを済ませたばかりだと言うのに、きっと彼女は次に食べる料理のことで頭が一杯なのだろう。
午後はその準備も大切なことではあるが、ここを出発するための準備とかも始めなければならない。
慌てずひとつひとつこなしていこう。
リクは決意を新たに、ゆっくりと立ち上がった。




