回想3
転移2日目、森のキャンプ拠点。
目覚めたリクは、ゆっくりを目を開ける。
テントの中も充分に明るいので、無事に朝を迎えられたようだ。
身体を起こす前に、自らを注視する意識でステータスと念じる。
昨日も表示されたあのウィンドウが、変わらず視界に表示された。
どうやら異世界に飛ばされたのは、夢じゃないらしい。
テントを出て辺りを見渡しても、周囲は昨晩のままだし、依然としてこの場所は森に囲まれている。
他のキャンプ客も、キャンプ場にあった施設も、やはり一切見当たらない。
こうなれば、日本にはしばらく帰れないことも想定するしかないだろう。
——すまない、店長とみんな。忙しい日も頑張ってくれ!
こうなれば悩んでも仕方ないので、ひとまず状況を整理する。
まず持ち込んだ生鮮食材のほとんどは、明日明後日でほぼ食べてしまうだろう。
日持ちする食材もあるが、それだけで食い繋ぐには味気ないので、周囲を散策して食べられる物を確保したい。
薪になる木材も探した方が良いだろう。
袋買いした着火剤はしばらく持つが、炭や薪はそうもいかない。
そうなると、これからすべきは周囲の森の探索だ。
『神眼』なる便利スキルもあるので、使えそうだったり食材になりそうな物が見つかれば御の字。
と言った具合に、トーストを頬張ってコーヒーを流し込みながら思案していた。
不安が無いと言えば嘘になるが、なぜかワクワクしている気持ちもある。
リクは最後のひと口を飲み込んで立ち上がり、リュックを背負ってナイフを持った。
何かあってもお守り程度にしかならないが、採集するにも刃物はあった方が良いだろう。
大丈夫、夜も安全だったのだから。
己にそう言い聞かせて、リクは森の中へと足を踏み入れる。
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拠点に程近い森の中。
しばらく散策して、森のことがある程度分かってきた。
木々の密度は樹海と言うほど濃いものではなく、探索を妨げる程ではない。
その辺に落ちている枝や葉もあるので、火にはしばらく困らなさそうだ。
あくまで地球と同じような星であると仮定してだが、日の登り具合で今は午前中。
太陽の方向を東としたら、北の方に大きな山脈がうっすらと見えた。
この場所を離れる時は、おそらく山のある北には向かわない方が良いだろう。
更に拠点から歩いて数分のところに川もあった。
見た目ではそのまま飲めそうなほど綺麗なので、火にかければ飲み水として十分だろう。
さすがにこの状況で生水を飲む勇気はない。
朗報なのは、目立つ魚影がちらほら見えることだった。
釣り上げなければ神眼で見られないが、実はちょっとした釣具セットも用意してある。
元のキャンプ場にも近くに川があったので、本来なら今日から釣りに興じるつもりだったのだ。
今は森での散策と採集に集中したいので、釣りは明日から挑戦しよう。
リクは川から離れ、拠点に戻る過程で使えそうな諸々を採集していく。
その中には香草も含まれていた。
それらしいものに視線を向けてみると、雑草以外にも使えそうな食材もあある。
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『シトラリーフ』
特徴:潰すと柑橘類のような香りを発する。
用途:香り付け。
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『ティーモ』
特徴:熱を通すと爽やかな風味を発する。
用途:香り付け。
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さすがにスパイスなどは見つからなかったが、散策範囲を広げればどこかにはありそうだ。
見つけた香草もこの場所独自のものであったため、可能性は無限大とも言える。
お昼はこれらの風味を実際に確かめたかったので、拠点に戻って豚バラ肉の炒め物を作った。
ここまでで『神眼』の情報を疑うことは無かったが、ちゃんと説明通りの風味が感じられた。
食が豊かなことは、気分を上げるのに大事なことなのだ。
そうして周辺の散策と昼食を済ませたリクは、釣具を持って川魚と勝負をしに行く。
時折当たりもあったが、この日は釣り上げることが出来なかった。
結果は敗北だが、反応があると分かっただけ十分な前進だろう。
明日リベンジを果たす決意を胸に、リクは夕飯を控えめなメニューで済ませて就寝する。
異世界での2日目は、こうして穏やかに過ぎていった。
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転移3日目、近くの川。
「食った! きたきたきたきた!」
獲物が針にかかって竿が曲がる。思いがけず良いサイズの相手に苦戦するリクの表情には、同時に笑みも浮かぶ。
昨日はずっと思わせぶりな態度で、勝負もさせてもらえなかったのだ。
この瞬間だけでアドレナリンが脳内を駆け巡るのが分かる。
そして、リクは勝った!
どうにか足元の川岸まで、獲物を引き上げることに成功した。
ここまで来れば多少暴れられても勝利は揺るがない。
パッと見でも40cmくらいはあるだろう。素人の釣りとしては上々過ぎる釣果だ。
すぐさまリクはその魚体を注視する。
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『フットヒルパーチ』
特徴:川に生息する肉厚な白身魚。
用途:食用。
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肉厚な白身魚。
これはもう美味しいに違いない!
これだけのサイズがあれば、今日のメインディッシュとしては十分だろう。
粘ればもっと釣れるかもしれないが、食べきれず傷んでは勿体ない。
リクはその場でエラにナイフを入れて血抜きを済ませ、拠点へと持ち帰ることにした。
拠点に戻ったリクはフットヒルパーチをまな板に載せ、探るような手付きで捌いていく。
もし地球の魚と構造が大きく違ったらと危惧していたが、その辺は杞憂だった。
少しばかり骨の処理が面倒だが、店で捌いてきた魚と大差ないようである。
三枚におろしながら不必要な部分は除けていって、切り身にした状態で一旦手を止めた。
「そういや、せっかく食べるなら香草は追加で欲しいよな~」
釣れた魚を自ら捌くシチュエーションに高揚していたリクは、浮かれた顔で一旦その場を離れる。
すぐそこの茂みに、昨日見つけた香草と同じ物がいくらか生えていたはずだ。
時間にしてほんの数分程度のことだっただろう。
拠点を離れていたリクが香草を手に戻って来たところで、これまでにない光景を目にする。
——ほんのり紫がかった銀髪と、白の衣をまとった少女。
テーブルに置いていたフットヒルパーチの切り身をじっと見つめている。
リクの存在に気付いていないのか、分かってなお切り身に夢中なのか。
その人形のように無機質な表情からは読み取れなかった。
何にしても、この世界に転移してから初めて見た人間だ。
ここまで人はおろか、獣とすら遭遇しなかったのだから、人恋しくなっていたのだろう。
声をかけようと一歩踏み出した瞬間、リクの身体は急に動かなくなった。
手足に力を入れて、どうにか逃れようと試みた時には、もう少女が目前まで迫っていた。
そして彼女は、リクの胸辺りに鼻先が触れそうなほど顔を近付けて……
——すん、すん。
こうしてラフィーネとリクは出逢い、共に料理を食べることとなったのだ。




